Index Top 第2話 二日目のお買い物 |
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第1章 インダストリアルクラフト社 |
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乾いた風が吹き抜ける。 天気は晴れ。白い綿雲が浮かんだ青い空。 クレセント市の南地区にある第七公園に、アイディは立っていた。服装はいつも通りの赤い制服とマントである。時間は朝の八時だ。六時半に起床し、待ち合わせ通り公園に到着している。 遠くから歩いてくる人影。砂色の服の男。こちらも時間通りだった。 「クラウさん。おはようございます」 片手を持ち上げ、アイディは声を掛けた。 応じるようにクラウが右手を上げる。 「おはよう。よく眠れたか?」 「はい。わたし寝付きと寝起きはいいんですよ。子供の頃から」 場所や状況に寄らず素早く眠れ、目覚めもよい。子供の頃からの自慢だった。さすがに初仕事の時は緊張で眠れなかったが。 ふと気付いて尋ねる。 「ところで、クラウさんってどこに寝泊まりしているんです?」 書記士としての仕事は、クラウの仕事を記録する事だ。もっとも丸一日貼り付いているわけではない。アイディは昨日の夜にクラウと別れ、街のホテルに宿泊した。クラウがどこに泊まるかは聞いていない。 「大体野宿だな」 両手を広げ、あっさりと言う。 「あちこち動き回る生活してた名残だ。どこかに家借りようと思ったこともあるけど、こっちの方が気楽だからな。生身の人間みたいにきちっと休まないといけないわけでもないし。二時間くらい休めばほぼ体力も回復するし。ああ、ちゃんと風呂は入ってるぞ?」 惑星開拓初期の数十年、守護機士は一定の場所に留まらず、遊撃兵のようにあちこちを移動しキマイラを倒していた。その後人間の軍隊も編成され、キマイラの破壊も行えるようになり、守護機士の仕事は一段落した。 その当時の名残なのか、守護機士は一ヶ所に留まることを好まない。 ともあれ本題に入る。 「あの、今日はどこに行くんでしょう?」 今日はどこかに出掛けると聞いていた。 クラウが右手を上げる。指先は西を示していた。 「西の鉱山だ。少し金属の補充に行こうと思ってな。何分こういう身体だから、特殊な金属を定期的に補充しないといけない」 手を握り締める。無数のナノマシンとマイクロマシンで構成された身体。多くは有機物で構成されているが、金属も含まれている。 アイディはマントの内ポケットからノートタブを取り出した。左右に開き、ペンでページを開く。クレセント市西方にある施設。 「インダストリアルクラフト社。レアメタルの採掘加工屋さんですね。この付近は稀少鉱物が多く、都市の輸出資源となっている、ですか……」 大きな街には大抵ひとつある採掘会社。砂の下の岩石層から鉱石を採掘し、大抵は精製まで行っている。発掘した鉱石は都市内で消費することが多いが、輸出入も行われる。クレセント市付近では鉱石の種類が多いので、輸出も行っていた。 「代表取締役はエドガー・バァル=アンリミテッド……。アンリミテッド一族の末裔の方ですね。ちょっと会ってみたいですね」 惑星開拓黎明期にキマイラの研究をしていたとされる、アンリミテッド一族。名字というより称号の意味合いが強い。代表取締役であるエドガーはその末裔だろう。 公園入り口に向かい、クラウが歩き出す。 「あいつは普通だぞ。いつも仕事で忙しいから会う機会は少ないけど」 そう言ってきた。 その言い方に違和感を覚え、アイディはおずおずと尋ねてみる。 「他に普通じゃない人がいるような言い方ですね?」 「ここは色々あるからな。色々と」 そう空を見上げた。 クラウの横を歩きながら、アイディも視線を空に向ける。 「色々――」 この街は他の街と違う。昨日はキマイラを素手で殴り倒す人間という形で、常識をぶち壊された。今後も似たような無茶苦茶を見る事になるのだろう。 そう考えると少し憂鬱でもある。 バスは十五番道路を西に進んでいた。 「あのあの。これは何でしょう?」 アイディは隣に座っているクラウにそう問いかける。 インダストリアルクラフト社直通と記されたバスだった。公園を出てしばらくの所にあるバス停でバスに乗り込み、アイディはクラウと一緒に最後部座席に座っている。 他に乗っている人間は十五人ほど。背広などを着ている人は少なく、みな私服を着てわいわいと騒いでいる。遊園地にでも出掛けるような様子だった。 「坑道見学ツアーのバス。掘り終わった坑道に線路と簡単な列車引いて、見学できるようにしてるらしい。僕は見たことはないんだけど、そこそこ盛況みたいだぞ」 「そういう事もやってるんですか?」 クラウの説明に瞬きをする。 採掘会社が坑道見学をしているというのは聞いたことがない。しかし、普段見られない場所を観光として見られるのは、面白いかもしれない。 「でも、何でこのバス使うんです?」 いちいちバスを使う必要は無いように思えた。 クラウは小さく肩を竦める。苦笑いをしながら言ってきた。 「走っていけば簡単に着くんだけど、街中はあんまり走るなって言われるんだよ。危ないからって、急用じゃないなら公共機関使うようにしてる」 「そうなんですか。確かにそうですね」 アイディは頷いた。 冷静に考えれば当然である。 クラウの脚力なら街中でも時速二、三百キロで走れるだろう。だが、一般道路の制限速度は大体時速六十キロで、高速道路でも時速百キロくらい。そこを走るのは普通に危険な行為だった。 「坑道……」 呟く。 一度息を吸い込んでから、アイディはクラウを見た。 「昨日の地下大河よりも下ですよね?」 惑星ファンタジアの表面は厚さ約二千メートルの白い砂で覆われている。鉱石を採掘すする岩石層は、そのさらに下だ。坑道の主要部分は、砂層と岩石層の間にある地下大河よりも下に存在する。 イヤな予感がした。 「砂の層ぶち抜いて、その下の岩石層から鉱石やら何やら掘り返してる。地下五千メートルくらいをよく掘ってるって言ってるけど、場所によっちゃ基盤近くまで掘ってるぞ。稀少鉱物は深い所にあるみたいだし」 つらつらとクラウが説明してくる。それは書記士としての知識にもある事だった。多くの採掘会社は、地下五千メートル付近での採掘を行っている。 視線を下に向ける。見えたのはバスの床だが、その遙か下。 「基盤――というと、地下一万五千メートル以上……」 背筋を撫でる淡い寒気。 岩石層は地下二千メートルから一万五千メートルまで。それより下は基盤と呼ばれる非常に頑丈な岩盤層になっている。そして、基盤近くでは稀少鉱物が多く取れるため、大きな採掘会社は基盤近くまで坑道を伸ばしている。地下一万五千メートル付近。想像も付かない深さだ。 クラウはポケットから小さな手帳を取り出し、ペンで何かを書き込む。 それからアイディに笑いかけた。 「今回は金属買うだけだから、そこまではいかないと思うが、そのうちそのあたりまで行く機会があるかもしれないな」 「無い事を祈ります」 アイディは祈るように両手の指を組む。 単純に坑道を辿ってその深さに行くならまだいい。何か想像も付かないような方法で、基盤地殻まで叩き落とされるかもしれない。あり得ないと言い切れないのが、このクレセント市なのだ。 「でも、さすがに基盤は掘れないって愚痴ってたな」 「硬いですからね」 クラウの呟きに、同意するアイディ。 この星にあるものは大抵非常に高い硬度を持つ。旧文明が作った強化因子による影響と言われていた。基盤の岩はダイヤモンドの硬さとも喩えられ、並の採掘機械ではまともに歯が立たないほどだ。 「基盤の下ってどうなってるんでしょうね?」 単純な好奇心だった。 現在の技術では基盤を貫いてその下まで掘ることはできない。 クラウが片手を上げ、言ってくる。 「地質学で習ってるんじゃないか? 地下一万五千メートルから、地下二百万メートルまでが地殻基盤層で、その下がマントル層。この星は地殻層分厚いからな」 惑星ファンタジアは地球に比べ、地殻が分厚い。 頑丈で分厚い基盤だが、震動は普通に伝わるため、人工地震による調査は行われていた。マントル層は平均して地下二百万メートルもの地下にある。 いまいち想像も付かない世界である。 「マントルまで掘りたがってるヤツは何人か知ってるけど」 ぼそりと呟くクラウに、アイディは乾いた笑みを浮かべながら尋ねた。 「インダストリアルクラフト社の人ですか?」 「ああ……」 静かに、だがきっぱりとクラウは肯定した。 |
インダストリアルクラフト社 クレセント市西方にある採掘会社。岩石層から鉱石などを掘り、それを精製している。鉄や銅、アルミなどの一般的な金属から、レアメタルまで幅広く取り扱っている。 採掘する深さは地下五千メートル付近が多い。 アンリミテッド一族 惑星開拓初期にキマイラの研究をしていた者たちの末裔。称号の意味合いが強く、大抵は名前、苗字の後にアンリミテッドが付く。 |
13/8/1 |