Index Top 第1話 初めての仕事 |
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第4章 青い領域から |
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男は顎髭を撫で、感慨深く呟いた。 「そうか。あいつにもとうとう書記士が付くようになったか」 書記士が付くということは、重要な仕事をしているという証拠である。名誉と感じるものは多いが、クラウのように邪魔と感じる者もいる。 男はアイディに目を戻した。 「しかし、この年で書記士とはお前も見掛けによらず優秀だな。ふむ、守護機士の書記士を務めるには、並の者にはなれぬということか」 「あのあの」 軽く右手を上げつつ声を掛けるアイディ。 風が頬を撫でる。焦げ茶の髪の毛の先が揺れた。 ポケットから取り出した身分証明手帳を見せながら、眉を内側に傾け告げる。 「私、普通に二十六歳ですけど」 「………」 一瞬動きを止める男。 それから手帳に顔を近づけ、まじまじとその内容に視線を這わせる。書かれている名前や年齢、経歴や所有資格などを何度か黙読してから、顔を離した。 「……天空都市には、半年を一年と数える風習でもあったか?」 小首を傾げて明後日の方向に問いかけている。 アイディは自分の胸に手を当て、きっぱりと答えた。 「ありません! 私はごく普通に二十六です!」 「ふむ――」 一応納得したのか男は頷いて目を動かす。 青い空を背景に立ち並ぶビル。滅多にあることではないが、ビルの屋上を無許可で走るのは不法侵入罪になるのかもしれない。 「というか、クラウさん大丈夫ですか!」 我に返り、アイディは声を上げた。 数百メートルも吹っ飛び、さらに剣を投げつけられビルの隙間に落ちていった。人間なら生きてはいられない。 「大丈夫に決まっているだろう」 あっさりと男が言ってのけた。 「あいつは守護機士だ。この程度でどうにかなるほどヤワではない。元々頑丈だし、多少穴が開いても数秒で自己修復はできるし、ワシもキマイラにブッ叩かれるよりはマシな力で撃ったしな」 守護機士は核部分を除いて、無数のナノマシンとマイクロマシンで構成されている。生物の細胞のような機械の集合体であり、機械の強度と性能を持ったまま生物の柔軟さを併せ持っていた。素の状態で鋼鉄のような強度を持ち、また高い再生能力も持っている。 「そうです、か……?」 冷や汗を流す。 キマイラの打撃よりもマシ。それはつまりキマイラ並、もしくはそれ以上の力を出せるという言い方だった。冗談なのか事実なのか、訊く勇気は無かった。 「あなた、そもそも何者なんです?」 代わりに根本的な問いを口にする。 いきなり現われたこの男。まだ誰であるかを聞いていなかった。クラウは知っているようだが、アイディは知らない。 「ワシか?」 一度瞬きをしてから、男は少し考えるような仕草を見せる。 「ふむ、自己紹介が遅れてしまってすまない、お嬢さん。ワシはアルベル。ブルーフィールドグループ専務理事兼クレセント市支局長だ」 そう名乗ってから、軽く会釈をする。 「ブルーフィールドって――確か、水源管理局では?」 「まさしくそうだ」 緩く腕を組み、アルベルは威風堂々と頷いた。 地下大河から水を汲み上げ、それを浄水し街に供給する。また街で発生した下水を処理し、浄化してから再利用したり地下大河に戻したり。そのような水の管理を行っている組織だった。都市機能の要のひとつである。 ブルーフィールドグループはこの周辺を担当している水源管理局だ。 「それが何で、そんなへんてこな覆面しているんです?」 覆面たちがどこからか取り出した箒で散らばったBB弾を掃き集めている。おそらく管理局の職員だろう。その光景はひどくシュールだった。 アルベルの口元に薄い笑みが浮かぶ。 「こやつらはB級エージェント。素性が知られた場合、その相手を確実に始末できる力はない。だから素顔がバレないように覆面と外套の着用を義務づけている」 「何怖い事言ってるんですか!」 「はっはっ」 慌てて言い返すアイディに、気楽に笑ってみせた。 ふっと息を吐き、箒を動かしている覆面を視線で示す。 「ま、業務外のワシの遊びに付き合わせているのだ。知合いに顔を見られたら困るだろうし、中のヤツが変わっても覆面してれば分からぬからな」 「うー」 アイディは肩を落とした。 つまり趣味という事なのだろう。管理局内で手の空いている者を私用で引っ張り出しているようだ。毎回同じ者を呼べる保証はなく、顔を見られたら変な噂が立つ可能性もあるだろう。覆面をさせているのは前者が主な理由だ。 職権乱用にも見えるがそこは今は考えないでおく。 「というか、さっきの攻防は何ですか? あれ、クラウさんじゃなかったら、粉々になってましたよね。人間業じゃないですよ?」 訊く。 アルベルに斬りかかり吹っ飛ばされたクラウ。アイディが同じ立場だったら、無事では済まない。実技が優秀という自負はあるが、それを軽く上回る動きと威力だ。理術による防御があるため死にはしないが、長期の入院は確実である。 「挨拶みたいなものだ」 「アレを挨拶とか言わないで下さい……」 涼しげに言い切るアルベルに、アイディは脱力する。 理術を乗せた斬撃を放ち、それを素手で受け止め、腕の一振りで発生させた衝撃波を叩き付け吹っ飛ばす。あまつさえ奪った剣を投げつける。完全に殺し合いだ。 顎髭を撫で、アルベルは顔をしかめる。 「クラウのヤツめ、ここ数ヶ月どこかに姿を眩ませていてな。あいつが前触れ無くふらっといなくなるのは、よくある事だが……。まがりなりにも守護機士、行方不明中に腕が鈍っていたら困るのだよ。あれは、あいつの腕が鈍っていないかの確認だ」 資料によると、クラウは時折どこかに姿を眩ますらしい。数日で戻ってくる事もあるし、数ヶ月いなくなることもある。行方不明になる理由は、機密と記されていた。 戻って来てから腕が衰えていない事を確認するために手合わせ。 言いたい事はわかるが。 おずおずとアイディは訊いてみた。 「えと……アルベルさんは、人間ですよね?」 「まごう事なき人間だ」 頷くアルベル。 アイディは続けた。根本的な疑問。 「さっきの動きは何なんですか? どう考えても人間の動きじゃないですよ、アレは。速さといい力といい、守護機士の武器を素手で受け止める頑丈さといい……。人間の限界なんて無視してますよね?」 キマイラを倒すために作られた戦闘用アンドロイドと武器。その動きを見きり、素手で剣を受け止め、超音速の腕の一振りで衝撃波を作り出す。人間業ではなかった。 ただ、全く以て不可能ではない。 「確かに大出力で強化術使えば、ああいう動きはできますけど、アルベルさんは理術使っていませんし、どういう仕掛けなんです? もしかしてこっそり理術使ってました?」 大出力で理術を使えば、アルベルのような動きは可能だ。しかし、アルベルは理術を使っていない。理術の動きを隠す穏行術というものもあるので、見えないように理術を使ったとも考えられる。 しかし、アルベルは腕組みをしてアイディの推測を否定した。 「ワシは理術は使わない主義でな。あれは純粋な身体能力だ。言うなれば力と技術の極致の一形態と言える。理術に頼らずとも、人間本気で鍛えれば色々できるようになるのだ。人間の底力を甘く見てはいけないぞ?」 黒い瞳に灯る不敵な輝き。本気である。紛れもなく本気である。 「底力とか、そういう領域ではない気がします」 頭を押さえ、アイディは呻いた。 人間の身体では鍛えても限界がある。ただ理術は使わなくとも、理力自体による身体能力の底上げは可能だ。おそらくアルベルは理力の単純な強化で、あの桁違いの身体能力を作り出しているのだろう。 一件理屈が通っているようで、この上なく無茶苦茶だが。 笑いながらアルベルが言ってくる。 「細かい事は気にするんじゃあない」 「細かい事じゃないですよ?」 アイディは力無く反論してみた。意味がない事は分かっていた。ただ、常識を守るためのささやかな抵抗だった。今までの経験や知識をあっさり踏み越えていく不条理。 泣きたい気分で、アイディはアルベルを見上げた。 「そもそも、何で水源管理局の人があんな動きできるんですか?」 水源管理局の仕事は水を管理する事であり、技術と事務が主である。当たり前だが、あのような非常識な動きは要求されない。重作業は機械が行うし、侵入者などが出た場合は警察や軍隊が管轄となる。 「あー。そうだな。一言で表すならば、趣味だ」 あっさりとアルベルは言ってのけた。 肩を落とし、大きくため息を付くアイディ。趣味で守護機士を押すほどの力を習得した人間。ここまで来ると、もはや何が何だか分からない。 タッ。 背後から聞こえた音。 アイディが振り向くと、クラウが呆れ顔で眺めていた。 「世間話は終わったか?」 |
ブルーフィールドグループ クレセント市含む西部地方一帯を管轄している水源管理局。 地下大河から水を汲み上げ浄水し、生活用水や工業用水などを作り、市内に供給している。また下水処理や排水の再利用なども行っている。都市機能の根幹である水を全面的に管理する組織。 アルベルはBF団と呼ぶことが多い。 上下水施設は、クレセント市から南に十キロほど離れた場所に作られている。 |
13/5/2 |