Index Top 第1話 初めての仕事 |
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第2章 簡単なテスト |
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瞬きをし、アイディはクラウを見上げる。 「鬼ごっこ?」 子供の遊びだ。鬼が逃げる子を追い掛け捕まえる。 クラウが右手を上げた。人差し指を街の方へと向ける。白い砂漠の中、市街地へと伸びる道路。空港から街までの距離は約三キロだ。移動手段は車かバスとなる。 「ああ。内容は簡単だ。僕が逃げるから、捕まえてみろ。実際に手合わせして大怪我されてもこまるし、このあたりが妥協点だ」 手を下ろし、アイディに目を戻す。 特殊な職業の者を担当すると、テストのような事をされるとはアイディも聞いていた。実際にそのテストを突きつけられると、緊張する。 「少なくとも僕を捕まえることもできないなら、仕事に付いてくるのは無理だ。天空都市の議会に交代要求送る。巻き込まれて死なれたんじゃ、さすがに気分が悪い」 連ねられる台詞をアイディは大人しく聞いていた。 守護機士には強い発言力がある。それは書記士であるアイディよりも強い。クラウが中央議会に交代要求を送れば、アイディは引き戻されるだろう。 クラウは本気でアイディを心配しているようだった。 アイディは分厚い眼鏡越しにクラウを見上げ、 「こう言ってはなんですけど、クラウさんって……人間みたいですよね」 守護機士とは、惑星開拓機に作られた戦闘用機械だ。本来戦闘用機械には自我や感情は不要なのだが、守護機士はほとんど人間と同様の感情と思考が組み込まれている。実際に対面してみると、予想以上に人間臭い。 「そういう風に作られているからな」 苦笑とともに、クラウは片目を瞑った。 そして。 「じゃ、テスト開始だ」 その瞬間、膨大なエネルギーがクラウの身体を駆け抜けた。 「理術ですか……。しかも物凄く強力な――」 クラウの身体を包む青白い輝きに、小さくアイディは呟く。 理術と呼ばれる力。かつて魔法や魔術などと呼ばれた力と仕組みを科学的に解析し、改めて体系化した、現実を書き換える特殊技術。理力を媒介に、多彩な現象を起こすことができる。この星に済む人間は例外なくその素質を持っていた。もっとも発動因子を持っているだけで、術を構成するには長時間の訓練が必要だ。 守護機士の持つ理力は人間の比ではない。 ダンッ! クラウが地面を蹴る。 アイディに背を向け、走り出した。縛った髪が跳ねる。 その背が見る間に小さくなっていった。その速度は時速百キロを軽く上回っているだろう。生身の人間に出せるものではない。だが、理術はその不可能を可能とする。 「……速いですね」 その力に驚きながらも、アイディは口元を引き締めた。 「でも、わたしだって負けませんよ!」 脊髄が痺れるような感覚が走る。 脳髄から神経を通り、全身まで流れ込む不可視の力。思考から構成された術式を使い、理力を原動力とし、一時的に現実を書き換える。理術。 そして、動きの加速を生み出す、瞬身の術。 「……ッ!」 急激な加速度に息を止めながら、アイディも走り出す。 頬を撫でる空気の流れ。身体能力の強化に加え、加速度そのものを作り出し、常人の限界を超えた速度での移動を可能としていた。 駐車場を駆け抜け、アイディは街へと向かう道を走る。舗装されたアスファルトの四車線道路。道の左右には砂避けのフェンスと街灯が並んでいた。 すれ違ったバスの乗客たちが、驚いているのが一瞬目に映る。 「…………」 構わず突き進むアイディ。 徐々に縮まる、クラウとの距離。だが、追い付いたからといって捕まえるのは無理だ。クラウは本気を出していない。 アイディは左手を前に差し出した。 「エルフィンボウ」 左手から放たれた理力が上下に展開し、一張の白い弓を作り上げる。長さはおよそ百二十センチ。アーチェリーで使われる競技弓のような見た目だ。理力を圧縮し具現化させた弓である。理力を強度の高い物質として具現化させるのは、かなり高度な技術だ。 「ストレートアロー」 右手に作り出した弓を弦につがえ、狙いを定める。 クラウの背中へと、迷わず。 ピッ! 風切り音を上げ、空を切る矢。強化術を乗せて放たれた矢の速度は亜音速に達し、破壊力は大口径の拳銃に匹敵する。流れ矢を避けるため、ある程度離れると消滅するように術式は組んであった。 見もせずに、横に跳んで矢を躱すクラウ。 二度、三度と矢を射るが、当たらない。 「当たりませんよね。やっぱり守護機士……凄いです」 感心しながら、アイディは弓矢を消した。怪物を倒すために作られた人型兵器。実技で優れているとはいえ、書記士が敵う相手ではない。 「でも、これくらいでは諦めませんよ!」 今まで習得した理術を頭に並べ、必要な戦法を探る。 タッ! クラウが地面を蹴った。 既に街の外輪まで来ている。街を囲むように作られた高さ三十メートルの防砂壁。正面には空港への門があった。その真上の高さまで軽々と跳び上がるクラウ。跳躍距離を高める飛跳の術である。 「クローショット!」 その時を狙い、アイディは右手を伸ばした。人差し指と中指を伸ばし、クラウを狙う。 手から放たれた理力が鉤爪のついたワイヤーを具現化し、撃ち出した。みっつの鉤爪が広がり、相手を捕まえる。 硬い音ともとに、クラウは空中を蹴って横に跳んだ。理力によって足場を作り、空中を蹴る空段の術だった。二度空中を蹴り、壁の上を蹴って街へと飛んでいく。 アイディの狙いはそれではない。伸びた鉤爪が防砂壁の天端を掴んだ。 「行きますよ!」 勢いよく縮むワイヤー。跳躍力を高める飛跳の術と、ワイヤーの縮む勢いを利用して、アイディは飛んだ。防砂壁を飛び越え、壁際の空き地を越える。百メートルを越える距離の飛翔だった。 頬を撫でる風。翻る赤いマント。 真下に見える緑地帯。市内には緑地や草木が普通に生えていた。 周囲に並んでいるのは、倉庫である。 トッ。 そのひとつの屋根に着地するクラウ。 一拍遅れて着地するアイディ。 倉庫の屋根やビルの屋上を飛び越え、市街地へと突き進む。 「む――」 不意にクラウが足を止めた。 その後ろで立ち止まるアイディ。 「どうしたんです……か……?」 口から出た言葉が、擦れて消える。 四階建てのビルの屋上だった。 コンクリート造りの平らな床。周囲には同じような高さのビルが並んでいる。 クラウの前に立っている四人の男――おそらく男だろう。 背丈は同じくらいで、頭から足元まですっぽりと暗い紺色の布を纏っている。目と口元だけが、切り抜かれていた。見るからに怪しげな出立である。 胸元には『BFG』と文字が書かれていた。 「探したぞ、クラウ・ソラス」 「まさかこんな所で油を売っているとはな」 覆面の男たちは、そう言うなり背後に手を回した。 おそらく背中に隠していたのだろう。その手には機関銃が握られていた。黒いグリップとストック、マガジン、そして銃身。この付近で流通しているM56アードゥルだ。主に特殊部隊などが市街地にて犯罪者の制圧に使う。 「へ?」 アイディは瞬きをした。 自分を置き去りに進む現実に、思考が追い付かない。書記士として急な状況にも対処できるように訓練は積んでいるものの、状況があまりに唐突すぎた。 「はぁ……」 クラウが右手を横に伸ばした。何かを掴むように。 |
理術 かつて地球に存在した魔法や術と呼ばれる力を科学的に解析し、改めて体系化した技術。理力を媒介し、現実を書き換える。その効果はかなり多彩。 この星に住む人間は例外無く発動因子を持っているが、大きな現象を起こすにはそれなりの訓練が必要となる。 また人間でなくとも、因子を組み込めば扱うことができる。 瞬身の術 身体の動きを加速させる強化術。理力をつぎ込めば加速割合は大きくなるが、反面身体の制御が難しくなる欠点がある。 飛跳の術 跳躍力を高める強化術。目的の方向に向けて、瞬間的に大きな加速度を作り出す仕組み。跳び上がるための術であり、着地は他の術を用いる必要がある。 エルフィンボウ 理力を圧縮し高い剛性を持つ弓を作り出す理術。 高強度の物質を具現化する理術は高度なもの。 ストレートアロー 矢を作り出す理術。 弓につがえて使用する。一定距離飛ぶと消えるように術式を調整してある。 クローショット 鉤爪付のワイヤーを作り出す理術。鉤爪は大抵のものに組み付く。ものを引き寄せたり、縮む勢いを利用して自分が移動したりできる。 |
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