Index Top 第1話 初めての仕事 |
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第1章 守護機士クラウ・ソラス |
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空は青く澄んでいた。 上空には刷毛で払ったような絹雲が浮かんでいる。気温は約二十度。湿度は低め。テラフォーミングの結果、ある程度人間が住める環境にはなっている。それでもこの星は人が住むには過酷な環境だ。 遠くに見える街の影。世界最西の自治都市クレセント。 「うーん、やっぱりどきどきしますね」 緊張に高鳴る胸を押さえ、アイディは空港の敷地を歩いていく。 空港は街から南東に少し離れた所に作ってあった。白い四角い建物。あまり人の姿は見られない。都市間を移動する人間はそう多くないからだ。 目的地は空港の片隅にある街灯。そこが待ち合わせ場所だった。 「あ。いました、いました」 小走りでそちらへと走っていく。 一人の男が街灯に背を預けていた。 やや背の高い男。容姿は人間と変わらないが、微妙に違う雰囲気を纏っている。見た目の年齢は二十代前半くらいだが、実年齢は三百歳を越えていた。 守護機士クラウ・ソラス。 首の後ろで縛った長い髪の毛は褪せた黄色。服装は髪の毛と同色の半袖の上着と、ズボンという簡素なものだった。荷物などは持っていない。街灯に背を預けて緩く腕を組み、目を閉じている。眠っているようにも見えた。 その色合いから、砂色の剣士とも呼ばれている。もっとも、この星の砂はほぼ例外なく白色。褪せた黄色い砂は地球の砂の色だ。惑星開拓最初期の呼び名だろう。 アイディはそちらに足を進め、声をかけた。 「こんにちはクラウさん」 「ん?」 クラウが目を開けた。 その瞳をアイディに向け瞬きする。髪の毛などとは少し違う、金属的な色合いの金色の瞳。感情の映らない眼差しが向けられた。道端の石ころでも見るような視線。 何も言わぬまま視線を正面に戻し、目を閉じる。 そして二、三秒。 「ん!」 クラウは再び目を開き、アイディに向き直った。その顔は予想外のものを目にしたような驚きに強張っていた。視線もさきほどの淡々としたものではなく、驚きの感情がはっきりと映っている。 「どうしました?」 突き刺さる視線に戸惑いつつも、アイディは尋ねる。 クラウは一度息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。目を閉じ眉を寄せ、額を押さえてから、再びアイディに目を向ける。薄く冷や汗をながしながら、 「えっと、一応、念のため、確認しておきたいんだが。お前が……アイディか? 僕を担当することになったって書記士の……?」 人差し指を向けてくる。 自分の胸に手を当て、アイディは笑顔で頷いた。 「はい。わたしがアイディ・ライトです。これからクラウさんの担当になりました。どれくらいの期間担当するかはわかりませんが、よろしくお願いします」 ぽん。 と、クラウの手がアイディの頭に置かれる。 「どう見ても子供なんだが」 ため息混じりに言ってきた。 アイディの身長は約百四十五センチ。子供並に小さい事は自覚している。クラウとの身長差は三十センチ強。並んでみるとかなり大きい。 「うー……。確かにわたしは背も低いですし、童顔ですし、幼児体型ですけど、ちゃんと大人なんですよ。こう見えても二十六歳ですよ」 クラウを見上げ、きっぱりと告げる。 上着の内ポケットから取り出した手帳を開き、クラウの前に差し出した。書記士である事を示す身分証明手帳。年齢二十六歳と書き記されていた。 手帳を眺めてから、クラウはアイディの頭から手を離した。 「あー……、うん……」 二歩後ろに下がり、眉間を押さえる。目を閉じて何やら思索するように口を動かしていた。しかし、何を言っているかまでは聞こえない。 微かな風がアイディの頬を撫でた。赤いマントが僅かに揺れる。 アイディは手帳を懐に戻す。 クラウが目を開け、真面目な口調で言ってきた。 「お前の出身は天空都市だよな?」 「はい。いわゆる天空人です」 隠す理由も無い。アイディは素直に肯定した。 移民船の管理を行っていた者たちの末裔が住む空中都市。その名の通り、重力制御によって空中に浮かぶ都市だ。天空都市に住む者は天空人と呼ばれ、特殊な仕事に就いていることが多い。書記士もそのひとつであり、天空人しか就くことのできない職種だ。 特権階級とも言われるが、反面規律が非常に多く、それを破った罰も大きい。 ともあれ、アイディは天空人である。 クラウは緩く腕を組み、芝居がかった面持ちで首を縦に動かした。 「僕も守護機士だ。天空都市とも出所は同じだし、あそこの事はよく知ってる。最近はあんまり関わってなかったけど、いつの間に半年を一年って数える風習できたんだ?」 「できてませんから! わたしは普通に二十六歳ですよ!」 勢いよく人差し指を向け、アイディは反論する。アイディを十三歳として納得しようとしたようだが、それを認めるわけにはいかない。子供にしか見えないが、紛れもなく自分は二十六歳である。その部分は折れるつもりは無かった。 「あ……。そうか――」 肩を落とし、クラウは再び俯く。 「そう言う事か、うん……。うーむ……。あー……。うん……」 ぶつぶつと呻いていた。 眼鏡を指で動かし、アイディは肩を落とす。 「そう思い切り悩まれると凄く傷付くですけど」 「だってなぁ。はっきり言うが、何で子供なんだよ」 顔を上げ不満そうに眉間にしわを寄せる。 「確かにわたしは子供っぽいけど、本当に二十六歳ですよ。ちゃんと成人してるんです。それに、書記士資格も持ってますよ。まだ三級ですけど」 「書記士ってのは情報を正確に記録することが仕事だ」 「………」 背筋を撫でる淡い寒気に、アイディは息を止める。一瞬、刃物で斬り付けられたような感覚があった。クラウの声音と視線、眼に込められた力、口元は強く引き締められている。今までとは違う真面目な顔だった。 「改めて言うが、僕は守護機士だ。科学者とか技術者とか芸術家とか政治家とか、記録する情報量は多いけど、行動は普通って人間の類じゃない。主な仕事はバケモノ退治。それは理解してるよな?」 「はい」 頷く。 人間が移民した惑星ファンタジア。一面白い砂に覆われた星だが、過去には知的生命体による文明が栄えていたらしい。その痕跡が砂の下に眠っていた。およそ一億五千万年前に滅んだと推定される。滅亡の理由は定かではない。 「魔獣キマイラですよね?」 災厄の名を呟くアイディ。 だが、現在でも旧文明の作った兵器は稼働していた。おそらくは外敵を排除するための自動生成型であり、外敵と認識されている人間を攻撃する。時折現われる災害。キマイラと呼ばれる怪物を破壊するのが、開拓当初からの守護機士の仕事である。普通に人間の軍隊は作られているが、桁違いの力を持つ守護機士は重要な戦力だ。 「書記士なら当然その現場にも同行する事になる」 クラウが視線を遠くに向ける。 地平線まで広がる白い砂漠。空の青と地面の白。この砂も旧文明によって作られたものらしい。キマイラは砂漠から現われ、街を襲う。発生原理はいまだ謎な部分が多い。 キマイラの発生を察知したら、その場所に駆け付け破壊する。それが守護機士だ。 そして、書記士はその戦闘にも同行しなければらない。むしろアイディの仕事はそれが主目的だ。守護機士に同行し、キマイラ発生の調査を行う。 「普通なら大型兵器を使って戦うようなバケモノ相手の戦闘だ。僕も当然そういうバケモノをぶっ壊す攻撃を使う。お前はそれを間近で記録する事になる」 緩く腕を組み、クラウが見下ろしてくる。 「大丈夫か?」 「大丈夫です。こう見えても、実技は得意なんですよ。同期では一番でしたから」 背筋を伸ばしアイディは答えた。 身体が小さいが、身体能力は誰にも負けない。それがアイディの自慢だ。守護機士の担当を任されたのも、その能力を買われてだろう。 視線を下げるクラウ。 「確認させてもらってもいいか?」 「何するんです?」 アイディの問いに、クラウは一度視線を持ち上げ。 「とりあえず、鬼ごっこだな」 あっさりと言った。 |
自治都市クレセント 世界再西端にある街。 守護機士 人間が惑星ファンタジアに漂着した際に作られた高性能戦闘用アンドロイド。星に存在した旧文明残した自動生成兵器キマイラを破壊するのが主な仕事。 外見は人間と変わらず、人格などもほとんど人間と変わらない。 天空都市 移民船の管理者たちの子孫が住む都市。重力制御によって空中に浮いているため、天空都市と呼ばれる。そこに住む者は天空人〈テンクウビト〉と呼ばれ、特殊な仕事に就いている事が多い。また、天空人でないと就けない仕事も多い。 地上に住む人間からは、畏敬の対象となっている。 いわゆる特権階級であるが、反面非常に規律と制約が多く、それを破った時の罰も重い。 旧文明 およそ一億五千万年前に存在した、知的生命体による文明。かなり高度な文明水準を持っていたようだが、何らかの理由で滅んでしまった。遺跡は現在砂の下に眠っている。 キマイラ 惑星の旧文明が作った兵器。魔獣や怪物などとも呼ばれる。自動的に生成され、外敵と認識した者を攻撃する。何のために作られたのかは、よく分かっていない。また発生原理なども謎の部分が多い。 定期的に現われ、外敵と認識している人類を攻撃する。 強力な怪物であるが、人間の力で倒すことは十分可能。 多くの人間には災害のようなものと認識されている。 |
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