Index Top 第5話 平穏な旅路

第2章 無力と切り札


 キャンピングカーから少し離れた場所で、クキィとリアは向かい合っていた。吹き抜ける風に、リアの緑色の髪の毛と水色の聖職衣が少し揺れている。
「簡潔に事実を言います」
 左手を上げ、リアが口を開いた。静かに、だがきっぱりと。
 その右手には教杖を握り締めている。リアが杖を手放すことは滅多にない。両手を使う時でも、専用のベルトで背負っていた。
「これから現れる可能性のある敵……。その敵に、クキィさんの力は通じません。相手を倒すような戦闘訓練は役に立ちません。十年以上過酷な訓練を積めば、少しは変わってくるかもしれませんけど。まずは、自分の無力を自覚してください」
「言うわね……」
 手加減無しの発言に、クキィは半眼で苦笑いを見せた。
 頭に浮かんだのは、三人。ディスペア、ヴィンセント、カラ。短い間に出会った、常識から外れた者たち。これからクキィたちの前に現れる者も、同じような人外の輩なのだろう。リアの言う通り、クキィではどうしようもない。
 キャンピングカーの横では、タレットが携帯コンロでスープを煮ている。
 ガルガスはキャンピングカーの屋根の上からクキィとリアを眺めていた。
「私に向けて魔術を放ってみて下さい。最大威力で」
 リアが自分に手を向ける。
 何も言わぬまま、クキィは胸の前で両手を向かい合わせた。クキィの放つ魔術を受け止める。単純な実演。リアの法術ならば、クキィの全力の魔術を受け止めることも十分可能だろう。しかし、リアの予定通りに進むのは、癪だった。
 数十秒かけて意識を集中させ、ありったけの魔力を引き出し、術を構成する。
「灼熱の牙よ、我の手に現れ、敵を食い尽くせ――。闇を貫く閃光よ、我が刃となりて敵を打ち払え――。全てを薙ぎ払う怒りよ、我が意志に応え、敵を滅せよ――。輝きは星となり、全てを消し去らん!」
 呪文とともに、魔術が構成される。周囲の空気がパチパチと音を立てていた。クキィの知っている中で一番威力の大きな魔術。まともに撃つのはこれが初めてだが。
 右腕をリアに向け、左手で右腕を掴み、クキィは発動の呪文を叫ぶ。
「閃星砲!」
「遮れ、硬空の盾」
 正方形のガラス板のような法術障壁が、空中に現れた。
 クキィの右手から撃ち出される破壊の光弾。空気を引き裂き、地面を引き剥がし、生い茂る草を焼き、一直線にリアへと伸びた。破壊力の代償として、魔力と体力が凄まじい勢いで消耗していく。高熱と雷撃の連打が、リアの作り出した障壁に激突し、爆裂した。
 タレットが素早く鍋の蓋を閉めている。
 赤い炎と青白い稲妻が飛び散った。轟音を響かせ、大気が震える。
 数秒で魔術の効果が収まり――
「全然効いてないわね……」
 肩で息をしながら尻尾を下ろし、クキィは無傷の法術障壁を睨み付ける。
 無茶な術を無理に使ったせいで、過剰な反動が全身にかかっていた。体力と魔力の半分以上を失い、手足も痺れてまともに力が入らない。しかも、全力で放った魔術は、完全に防がれている。少しは驚かせると思ったのだが、それすら達成できていない。
「単純な出力の差から、技術の差、術力としての方向性と質。色々違いますから」
 手の一振りで障壁を消すリア。
 攻撃術を封じ、防御と回復、補助に重点を置いた法術。元々高い術力に、教会で専門の訓練も受けてきたのだろう。半ば独学のクキィの魔術とは、雲泥の差があった。
「加えて体術ですが――」
 リアが地面を蹴る。
 砕けた地面を飛び越え、流れるような動きで間合いを詰めてくる。
 舌打ちして、クキィは前進した。消耗は激しいが、数秒全力で動くことはできる。
 妖霊系亜人と獣人系亜人。身体能力ではクキィに圧倒的な分がある。だが、それを知った上でリアは体術を選択してきた。つまり、クキィに対して殴り合いで勝機がある。
「ふんッ!」
 リアとの間合いが消える一拍前に、クキィは思い切り踏み込んだ。尻尾を動かしバランスを取りながら、右足の蹴り込みで前進し、リアの顔面めがけて右拳を振り抜く。相手が女だからとか、そんな考えは微塵も無い。ただ、全力で相手を打ち倒すという意志。
 リアの左腕がクキィの拳を受け止めた。
 そして、リアが踏み出す。同時に伸びる右手。
「――ッ!」
 避ける暇も無く、リアの掌底がクキィの腹へと打ち込まれる。
 きれいに連動した突きだった。
 それほど重くは見えない。しかし、その威力は本物だった。腹筋を貫き、内蔵を駆け抜け、背骨まで達する重い一撃。一瞬で足腰を砕かれ、その場に膝を突く。
 打たれた腹を右手で押さえながら、クキィはリアを見上げた。
「この通りです」
 勝ち誇るでもなく、淡々とクキィを見下ろしている。
 薄々分かってはいたが、その技術は本物だった。
「リアって……さ。やっぱりかなり特殊な訓練積んでるでしょ? 軍事訓練の類、しかも一般兵士が受けるようなヤツじゃなくて、もっと強力なの……」
「それは秘密ですよ」
 リアはにっこり微笑む。
 震える足に力を入れ、クキィは立ち上がった。両手を腰に当て、鼻息を吐く。
「でも、アタシが弱いってのは大体理解できたわ。気に入らないけどさ。あっちじゃ獣人系亜人ってだけでも強みだったけど……怪物連中相手にするのは、分が悪いわよね」
 人間の街であるルート市では、獣人系亜人というだけでも、それなりの利点となった。しかし、常識の外にいる者には、種族など無意味である。
「そこで、この魔銃なのですが」
 リアの手に左手に握られた魔銃。
 長さ一メートルほどの細長く四角い板。中心に溝が彫られている。幅は二センチくらいで、高さは五センチほど。展開していない状態なら、小さな枕木に見えなくもない。
「いつの間に……」
 半眼で見つめるが、リアは気にしない。
 後ろを斜めに動かすと、グリップとストックが展開される。構造を簡素にしたライフル銃のような外見。実際のところ、クキィは小銃として扱っている。非常によく重心調整がしてあり、片手でも十分に扱うことができた。
 杖を左手に持ち替え、右手で魔銃を構えるリア。
「どうやら、術式を弾丸に乗せられる機構が組み込まれているようです」
「?」
 意味が分からず、無言で促す。
「簡単に言うなら、術発射装置ですね。"魔"銃とは、よくできた名前だと思います。火でも水でも雷でも、銃弾並に細く絞って撃ち出せます。複雑な術はさすがに無理と思いますが、火力型の術式と魔力があれば、相当な貫通力になりますよ」
 術を撃ち出す銃。
 クキィはそう簡単に認識する。今までは装填する魔力の量で、威力の変わるライフルとして扱ってきた。どうやらクキィの想像よりも、応用の利くものらしい。
「それがあれば、アタシでも少しは戦えるってこと?」
「気休め程度には」
「気休め程度なのね……」
 リアの台詞に耳を伏せ、肩を落とす。
「そして、これの面白い部分は――」
 薄く不敵な笑みを張り付け、リアは右手で魔銃を持ち上げた。その銃口を、草地にある切り株に狙いを定める。軽く開かれた両足と、しっかりと伸びた背筋。拳銃の片手撃ち姿勢に似ていた。
「防御系の術でも、射出可能なことです」
 リアがトリガーを引く。
 薄い口笛のような音。銃口から螺旋の硝煙が細く伸びる。続いて鈍い轟音。
 切り株が真っ二つに裂けた。四角い透明な板が、斧のように切り株を割り、地面に突き刺さっている。さきほどの防御障壁を小さくしたような板。防御法術を魔銃に乗せて撃ち出したのだろう。それは立派な"弾丸"だった。
 クキィは唾を飲み込む。
 契約によって攻撃系の術を封じ、もっぱら攻撃は銃器に頼っているリア。だが、魔銃を使えば防御術を破壊力の大きな攻撃に転用できるだろう。
「凄いわね……。ていうか、何でそんな事知ってるのよ」
「術式写し取って調べてみました」
 隠すこともなく、答えるリア。今まで何度かリアは魔銃に触れている。その時に魔銃の術式を写し取り、どこかで解析したようだった。
「ガルガスさん。この魔銃は一体どこで手に入れたのですか? ここまで高度な空弾錬成機構は、私も始めて見ました。オーバーテクノロジーと表現しても、それは過言ではありません。一体、どこの誰が作ったのですか?」
 リアは魔銃を持ち上げ、キャンピングカーの上に座るガルガスに声を掛ける。
 クキィも釣られてガルガスを見た。
 非常識な技術の組み込まれた魔銃。それをクキィに渡したのはガルガスであり、ガルガスはその出所を知っているのかもしれない。
 座ったまま腕組みをして、ガルガスは首を捻った。
「さあ? 俺は知らん」
「なら仕方ないですね」
 あっさりと。本当にあっさりと、リアは追求を諦めた。

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閃星砲
火炎と雷撃を圧縮した魔力弾を連射する魔術。一発一発の破壊力も大きいが、連射性が特徴で、広範囲に貫通力のある弾丸をばらまける。クキィが使用できる最大の魔術。
クキィは術式は知っていたものの、技術が追い付かず使用したことはなかった。無理をして使用したため、体力と魔力の半分以上を消耗する。


遮れ、硬空の盾
二メートル四方の法力の障壁を作り出し、攻撃を防ぐ。
クキィの閃星砲を無傷で受け止める。
11/9/1