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第28話 雨の日の朝 |
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朝、眼が覚めると部屋が少し暗かった。普段な窓から朝日が差し込んでくるのだけど、今日はそれがない。それにいつもよりも空気が冷える。 外を見ると雨が降っていた。 ここに来てから雨を見るのは、初めてか。 そんな事を思いながら、ベッドテーブルに置いてある小箱を眺めた。ハンカチのような布団にくるまっている小さな女の子。 「おはよう、イベリス。朝だよ」 「ん……」 イベリスが小さく肩を動かし、片目を開ける。 黒い薄手のワンピースを纏った妖精。身長は二十センチくらいで、見た目の年齢は十代前半か。腰辺りまである長い銀髪と褐色の肌、薄く開いた目はきれいな赤色だった。背中からは四枚の金色の羽が伸びている。 「おはよう……」 淡々とした声で、挨拶をした。 イベリスは一度両目を閉じて再び開く。いつもと違う空気を感じたようで、眠そうな瞳を空に漂わせていた。でも、起き上がって周りを確認しようとする気力は出ないらしい。イベリスは朝に弱い。 僕は左手でイベリスを持ち上げ、右手に下ろす。窓の外に指を向けながら、 「昨日から雲行きおかしかったけど、やっぱり今日は雨だよ。雨脚はそんなに強くないけど、出歩けるほど弱くもないかな?」 窓から見える灰色の空と、雨粒の軌跡。耳を澄ますと雨音が聞こえる。雨脚はそれほど強くない。でも出歩くには傘が必要だろう。あいにく手元に傘がないので、外に出たら濡れてしまう。街で傘を買うか、自分で作るかする必要があるだろう。 小さな布団にくるまったまま、イベリスが窓の外を見ている。 「なら、今日は一日家で大人しくしているのがいい……。多分、夜まで降ってるから」 それだけ言って、身体を丸めた。両目を閉じて、寝息を立て始める。違和感の理由を確認して眠気を思い出したのだろう。 その肩を指でつつきながら僕は呟いた。 「いつもの事だけど、イベリスって朝弱いよね」 「んー」 イベリスが目を覚ましてから動き出すまで一時間くらい掛かる。目覚めのいい僕とは対照的にイベイスは目覚めが悪い。もっとも寝付きがわるいわけでもなく、寝る時は普通に寝ている。 テーブルの上に寝かせてあるイベリス。布団にくるまったまま、赤い瞳を僕に向けていた。目蓋を七割くらい下ろした、眠そうな顔で。 いつもの朝の風景だった。 主と従者は常に一緒にいる。その仕事をイベリスは、生真面目にこなそうとしているのだ。ほとんど一日中イベリスは僕の側にいる。しかし、この朝の時間だけは例外だった。イベリスが動けない。 「何食べよう?」 僕は冷蔵庫や棚を長めながら、朝の献立を考える。 栄養バランスとかは、考える意味あるんだろうか? よくそんな事を考える。ここに住人は文字通り雑食な構造をしていた。主食が本とか、石を好んで食べる人とか、生木囓る人もいる。そこに栄養バランスも何もないと思う。 「コーヒーが欲しい……」 イベリスの声に振り向くと、イベリスが宙に浮かんでいた。 四枚の金色の羽を広げて、テーブルの二十センチほど上に浮かんでいる。妖精であるイベリスは自由に空が飛べる。しかし、今は頼りなく揺れながら浮かんでいるのが精一杯のようだった。眠気で浮力の制御ができない様子。 「大丈夫か?」 僕はイベリスに近付き、両手でその身体を支えた。無理に浮かぶのを止め、素直に僕の手に降りるイベリス。意志と眠気の入り交じった赤い瞳で僕を見上げた。 「大丈夫……。私も少ししっかり起きられるように、努力する」 「無理はしない方がいいぞ」 僕は左手にイベリスを乗せ、右手で背中を軽く撫でる。 「主と一緒にいるのは従者の仕事……。眠いからといって、従者の仕事を疎かにしてはいけない。多少の無理は行うべき」 そう断言して、イベリスは赤い瞳を僕に向ける。眠気や維持、真面目さ、無感情、それらが混じり合って、異様な迫力を持った眼差しとなっていた。 思わず、僕が仰け反るほどに。 「私はあなたの……従者だから」 伏せられていた四枚の羽が広がった。羽が淡い金色の光を放ち、身体を空中へと浮かび上げる。魔法とは違うが、何か不思議な力とはアルニの言葉である。 ふらふらと浮き上がるイベリス。気合いとは裏腹に、身体が付いてきていない。 「わかったよ」 僕は両手でイベリスを捕まえた。逃げるわけでもなく、ただ浮かんでいるだけなので、捕まえるのは造作もない。その小さな身体を、僕の左肩へと下ろす。 「これは?」 イベリスは器用に僕の肩に腰を下ろした。座ったまま、金色の羽を後ろに広げている。こういて肩に座る時は、羽でバランスを取っているらしい。 「従者は主と一緒にいる。これなら一緒にいられるだろう? すぐに寝起き良くなることもないから、ゆっくり身体慣らしていこう」 イベリスは、自分が寝惚けている間に僕がどこかに行ってしまわないか不安らしい。こうして、肩に乗せていれば、その不安は無くなるだろう。 ……食事の準備がちょっと大変になるけど。 「分かった。ありがとう」 イベリスはそう答え、僕の頭に身体を預けた。 |
11/9/26 |