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第6話 寝起き |
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窓から白い朝日が差し込んでいる。 僕はふと目蓋を開けた。現在の名前はハイロ。従者は妖精のイベリス。過去の記憶は無く、自分でも状況を理解できないまま、最果ての森に住むことになった。昨日の出来事を思い起こしながら、目を擦る。 「よく寝た……。ふぁ……」 身体を捻りながら、僕は軽く欠伸をした。幸い寝起きはいいらしい。 部屋を照らす朝の光。時計を見ると朝の六時十分だった。 「イベリス?」 寝ているイベリスに目を向ける。 ベッドテーブルの上に置かれた箱。その中で、イベリスは静かに眠っていた。横を向いたまま握った両手を顔の前に置いている。寝息は聞こえないけど、肩は微かに上下に動いていた。白い髪の毛が寝癖になっている。 なんか可愛い。 僕は人差し指でイベリスの頬を軽く突いた。小さいながらも、生き物特有の柔らかさと弾力のある頬。ついでに、かなりきれいな肌だと思う。 「んー?」 微かに眉を寄せてるけど、イベリスが起きる様子はない。 このまま頬を触っていてもいいけど、それじゃ先に進まないので。 「朝だよ。起きて」 僕はイベリスの肩を指で軽く叩いた。 微かに身動ぎしてから、イベリスが目を開けた。眠そうな赤い瞳をどこへとなく泳がせている。まだ思考は動いていないようだった。それから、僕の存在に気付く。 「おはよう……」 「おはよう、朝だよ」 僕はイベリスの寝ていた箱を持ち上げ、窓辺まで歩いて行った。 窓から見える、朝の森の風景。窓を開けると、澄んだ空気が入ってくる。寒いほどではないが、冷たさを含んだ朝の空気。深呼吸をするだけで、すっきりと目が冴える。 朝日に照らされた道や畑、他の家が白く輝いていた。 イベリスは布団から顔を出して、朝日を眺めてから、 「あと、二時間」 頭から布団を被った。 どうやら、寝起きのいい僕に対して、イベリスはあまり寝起きがよくないらしい。放っておくと昼過ぎまで寝ているような気がする。二時間って言ってるしね……。 僕はイベリスがかぶっていた布団を指で摘み上げた。手触りと見た目は長方形のハンカチである。しかし、ハンカチよりも生地の目が細かいようだった。身体の小さな妖精だと、人間には何も感じない布でも、粗いと感じてしまうのだろう。 「うーぅ……」 箱の中でイベリスは枕を両手で抱えて丸くなっていた。 ワンピースのような寝間着の裾が捲れて、褐色の太股が見えている。どこか華奢とも言える両足だ。色気とは違うような気がするけど、目のやり場に困る。 ともあれ、起きる気はないらしい。 僕は布団を再びイベリスに掛けてから、箱をベッドテーブルに戻した。起きないなら起きるまで待つしかない。ここで無理に起こす理由も無いしね。 「じゃ、朝食作ってるから。起きたら降りてきて」 「待って……」 階段へ向かおうとする僕をイベリスが引き留めた。 振り向くと、イベリスは枕を抱えたまま、起き上がっている。起き上がっているけど、目付きが起きていない。眠い状態で無理矢理意識を動かしているみたいだ。 「私も行く……。主と一緒にいるのは従者の仕事……」 金色の羽を広げてみるが、身体はほとんど浮かばなかった。五センチほど頼りなく浮かんでから、そのままテーブルの上に降りてしまう。人差し指で頬を掻きながら、背中の羽に目を向けるイベリス。眠気のせいで飛び上がる力も出せないらしい。 やれやれ、世話が焼ける。 「僕が連れて行くよ」 僕はイベリスの前に左手を差し出した。 「ありがとう……」 イベリスは倒れ込むように、僕の手の平に身体を寝かせた。 そして、目を閉じて再び眠りに落ちていく。 こうしてイベリスを手に乗せたのは、今が始めてかもしれない。小さな妖精の女の子。手にはその重さを感じるけど、思ったよりも重くない。人間をイベリスのサイズに縮めても、もう少し重いだろう。作りが違うのかも。 「それにしても、よく眠っているな」 僕は再び眠りについたイベリスの頬を、右手でつついた。 つつかれている感触はあるのか、眉を動かしているけど、やはり起きる様子はない。 朝の六時に起きる――僕にとっては平気だけど、イベリスにとっては辛いらしい。これからは朝は一人で何かしないといけないかな? イベリスが早く起きられるようにするか、僕が遅くまで寝ているかは、あとでイベリスと話し合って決めよう。 イベリスの上に布団をかぶせ、僕は階段へと向かった。 イベリスを起こさないように、静かに一階に下りていく。 「朝だなー」 部屋に漂う、冷たく心地よい朝の空気。 窓から差し込む日の光に、台所全体が淡い白色に染まっていた。清涼感漂う朝の空気というのは、実に心地よいものだ。心が洗われる、うん。 テーブルの横まで移動し、僕は左手のイベリスとそっとテーブルに下ろした。起こさないように優しく慎重に。それから、布団を掛けておく。 これで、起きるまでは平気だろう。 主から離れない、という従者の決まりも守っていることになるはずだ。従者としての決まりを破るのが嫌いらしいし。 さて、朝食の準備を始めよう。 |