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第40話 琴音と一緒に |
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家の近所にある児童公園。 「じゃ、そういうわけだから、後は上手いことやってくれたまえ」 手を振りながら去っていくスーツ姿の仙治。頭には三角耳が生え、腰の後ろでは尻尾がゆらゆらと揺れている。本人の言葉では、狼神として本来の姿らしい。仕事でこちらに来たついでに一樹に声を掛けたようである。その用事は今終わった所だ。 「上手いことね……」 一度眼鏡を動かしてから、一樹は自分の手元に目を落とした。 両手に握られた赤いお守り袋。たった今、仙治から渡されたものだった。鈴音や琴音がいつも付けているのと同じ形だが、文字は記されていない。 「時間はあるから気長に考えよう」 お守りをポケットにしまい、一樹はココアの空き缶を近くのカゴに放り込んだ。 暖房の効いた暖かい部屋の空気。十二月にもなり、空気は冷たくなっている。もう暖房無しでは生活できなくなっていた。冬は苦手な季節である。 「まだ、鈴音に戻らないの?」 ベッドの上に座っている琴音を見ながら、一樹は尋ねた。 一昨日からずっと琴音のままである。以前は一日ほどで元に戻っていたが、今回は三日も琴音の姿を維持していた。もっとも、鈴音と琴音が入れ替わるのはまだ二回目なので、今の状態が異常なのか正常なのかは分からない。 琴音が不服そうに白い眉を内側に傾け、腕組みをする。 「む。失礼なことを言うのだ、小森一樹。オレでは不満だというのか? やはり、厄神より福神の方がいいというのか? やはり、人間は身勝手なのだ」 「そういうわけじゃないけど」 眼鏡を外しながら答える。外した眼鏡はベッドの近くに置いた。 組んでいた腕を解き、琴音が両足を伸ばして座った状態から立ち上がる。白い髪をポニーテイルに結い上げていた赤いリボンを取って、袖口にしまいながら、 「安心するのだ。明日くらいには元に戻るのだ。あいつとオレとはそのうち表に出ている時間が半々くらいになるのだ。それが元々福神と厄神の釣り合いなのだ」 答えながら、両手を差し出してくる。抱き上げろという合図だった。 一樹は琴音の両脇に手を差し入れ、その身体を抱え上げた。ぬいぐるみのように柔らかく、軽い身体。しかし、生き物特有の暖かさを持っている。 「随分と素直になったよね? 前はかなり反抗的だったのに」 「ヒトにトラウマ植え付けておいて、よく言うのだ……。お前は大人しそうな顔して、かなりのサディストなのだ。下手な事すれば何されるか分かったもんじゃないのだ」 琴音がジト目で呻いていた。赤い瞳に映る呆れの感情。 数学について一時間ほど難解な話を聞かせ後、立ち直りかけた所に灰羽連盟のアニメを見せて泣かせている。仙治の手紙の通り、琴音を屈服させるを実行したのだ。効き過ぎたかもしれないが。 一樹は琴音から目を逸らしつつ、布団をめくった。 「あれは、まあ……その場の勢いというもので」 「まあいいのだ」 琴音の呟きを聞きながら、布団に身体を入れる。まだ冷たい布団の中。抱えた琴音の体温が心地よい。ちょうど両手で抱えられる大きさで、暖かく柔らかい。鈴音と琴音は抱き枕としても、優秀だった。 ふと琴音が見上げてくる。少し真面目な表情だった。 「やっぱりお前はオレより鈴音の方が好きなのか?」 「いきなり何を……」 一樹の戸惑いには構わず、琴音は独りで続ける。どこか神妙な面持ちで、 「お前がオレと鈴音のどっちを好きかなんて考えたこともないのは分かるのだ。でも、鈴音に比べるとオレの方が扱いが悪いように感じるのだ」 「普段の態度のせいじゃない?」 「さすが小森一樹……。歯に衣着せぬ物言いなのだ……」 自然と口に出た言葉に、琴音が戦いたように呻いていた。目蓋を少し下ろし、頬に冷や汗のようのものを浮かべている。それは当たり前の反応かもしれない。 それでも口元を引き締め、言葉を続けた。 「でも、オレにも少し優しくしてほしいのだ」 「優しくしてって言われてもな。何をすればいいのか」 左手で琴音を抱えたまま、一樹は右手で頭を掻く。 琴音の答えは簡単だった。 「とりあえず頭を撫でて欲しいのだ」 「それでいいのなら」 頷いてから、右手でそっと琴音の頭を撫でる。白い滑らかな髪の毛。鈴音よりも少し髪質が硬いようだ。体格などだけでなく、細かい部分まで変化は現れるようだった。 頭を撫でられ、琴音が安心したように力を抜き、目を閉じる。 「やはりお前はいいヤツなのだ。お前の元で暮らせて、オレは幸せなのだ」 独り言のように、そう呟く。 目を開いてから、顔を上げて目を向けてきた。 「ちなみに、こういう態度をツンデレというのだ。実物を見られたことを感謝するのだ」 得意げに言ってくる琴音。 一樹はふと頭で揺れているアホ毛を摘んでみた。 「の!」 両目を見開き身体を強張らせる。以前も摘んだことがあったが、どうやら何故か敏感な部分なようだった。指先で弄ると、ぱくぱくと口を動かしている。 一樹が指を離すと、琴音は慌てて両手で頭を押さえた。顔を真っ赤にしたまま。 「な、の……どこを、触っているのだ!」 「いや、アホ毛を……」 自分に向けられた怒りの眼差しに、戸惑いながら答える。 琴音は目元にうっすらと涙を浮かべ、睨み付けてきた。 「女の子には触っていい場所と悪い場所があるのだ。それくらいわきまえるのだ!」 「ごめん……」 理不尽さを覚えつつも、一樹は素直に謝った。 |