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第22話 鈴音の厄払い |
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閉じられたカーテンを眺めながら、一樹は喉を押えた。 ベッドに腰を下ろしたまま、体温計を腋に挟んでいる。喉の腫れと痛みはほとんど引いているし、頭痛や倦怠感もほとんど消えていた。医療用の薬は効果が強い。 傍らに座った鈴音が見上げてくる。 「元気になったのですか? 一樹サマ」 「病院から帰ってから一日ずっと寝てたし、だいぶ良くなったよ。医者で貰った薬も効いてるし、もう大丈夫だよ」 一息ついてから、一樹は笑った。軽く鈴音の頭を撫でる。いつもと変わらぬ柔らかな黒髪。特に手入れをしている様子はないが、髪質は変わらない。 「それはよかったのです」 安心したように、鈴音が息を吐き出す。朝から随分と心配していたのだ。 ピピピ、という音に、一樹は腋に挟んでいた体温計を見る。36.7℃ 「ほぼ平熱。明日は大学行けそうだ。思ったよりも早く治った」 体温計をケースにしまい、ベッドの小物入れに置く。このまま一晩寝れば、元通りに回復しているだろう。ただ、普段よりも回復が早いように思える。 すっとその場に立ち上がり、鈴音が静かに口を動かした。 「やはり、ワタシの厄払いの舞が効いたのです」 「厄払いの舞?」 普通に意味が分からず訊き返す。 「そうなのです。一樹サマが眠っている間に、ワタシが一生懸命踊っていたのです」 得意げに胸に手を当て、鈴音が宣言した。 一樹は眼鏡を動かしてから、視線を持ち上げる。白い天井と蛍光灯。十秒ほど考えてみたが、よく分からなかった。鈴音に目を戻し、 「どういうの、それ?」 「よくぞ訊いてくれたのです」 得意げに答えてから、鈴音はベッドから飛び降り、床を駆け抜け、パソコンデスクへと跳び上がった。いつもながら小動物的な身軽さである。 机の上に仁王立ちしたまま、鈴音は白衣の左袖に手を入れ、一本の棒を取り出した。二十センチくらいの細い木の棒に、折った紙――神垂を四枚貼り付けたものである。神社でお払いなどに使われる、祓串だった。 袖に収まるようなものではないが、何らかの方法で収納していたらしい。 「払いたまえ〜、清めたまえ〜。病よどこかへ飛んでゆくのです〜」 神妙な面持ちでそんなことを口にしながら、踊るように身体を動かし、祓串を左右に振っている。足の動きに合わせて、緋袴の裾が跳ねていた。胸元で揺れるお守り。 神楽に似ているものの、神秘さは感じられない。子供のお遊戯を思わせる。 「それが厄払いの舞?」 「そうなのです」 一樹の問いに踊りを止め、鈴音は重々しく頷いた。祓串を持ったまま両手を腰に当て、得意げに背筋を伸ばしている。 「一樹サマが眠っている間に頑張ってお祈りしていたのです」 祓串を真上に掲げ、そう告げた。神垂が微かに紙擦れの音を立てる。 何と言うべきか迷ってから、一樹は思ったことを率直に尋ねた。 「それって効果あるの? 病気を治すような術は使えないって言ってたと思うけど」 午前中に鈴音を連れて病院に行った時に、病気を治すような難しい術は使えないとこぼしていた。厳密には少し違うが、言っていることは同じだろう。 鈴音は祓串を袖にしまいながら、 「これは穢れを払って清浄を呼び込む舞いなのです。病気を治す力は無いのですけど、多分一樹サマが元気になる手助けになると思ったからやってみたのです」 「それは、ありがとう」 一樹は軽く頭を下げて礼を言った。 今回の風邪は治りが早いのは事実である。病院の薬が効いたのかもしれないし、鈴音の舞いが効いたのかもしれない。どちらにしろ、鈴音の好意はありがたかった。 「福の神として当たり前のことなのです」 大きく頷く鈴音。その口元は自慢げな微笑みを見せている。最近は福の神としての力を使っていなかったので、久しぶりに自分の力を見せられて嬉しいのだろう。 一樹はこっそりと苦笑してから、時計を見る。午後九時過ぎ。 「そろそろ寝た方がいいかな?」 「もうお休みの時間なのですか?」 不思議そうに首を傾げる鈴音。九時過ぎに寝ることはまずない。疲れている時は九時前に寝てしまうこともあるが、鈴音が来てから早寝するのは今日が初めてだった。 一樹は一度背伸びをしてから、 「体調悪い時は早く寝るものだよ。昼間ずっと寝てたけど、寝る気になれば寝られるものだから。もう寝る」 「そうなのですか。確かに、早寝早起きは身体にいいのです」 納得したように首を動かし、鈴音は机から飛び降りた。フローリングの上に着地してから、早足に部屋を横切り、草履を脱いでベッドに跳び上がる。 「では、一緒に寝るのです」 両手を持ち上げながら鈴音が言ってきた。抱き上げてほしいという合図。 鈴音が自分の所に来てから、そろそろ一ヶ月が経つ。その間、夜はずっと一樹と一緒に寝ていた。ほとんど抱き枕のような状態であるが。 一樹は鈴音を右手で抱き上げた。人形のように軽い身体でありながら、ちゃんと生き物特有の柔らかさと暖かさを持っている。 鈴音を抱きかかえたまま、一樹は布団へと潜り込んだ。 「そういえば、鈴音って自分用の布団とか欲しいと思わない?」 一樹の問いかけに、鈴音は少し考えるような仕草を見せた。左手で前髪を軽く払ってから、枕代わりにしている一樹の右腕に触れる。微かに頬を赤くしたまま、 「ワタシは一樹サマと一緒に寝るのがいいのです」 「そか。ありがと」 一樹は軽く鈴音の頭を撫でた。 |