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第17話 鈴音のリベンジ 後編 |
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「イッツア、キーアイテームなのです……!」 鈴音はベッドの傍らに置いてあった黒くて四角い板を頭上に掲げて見せた。 大きさは手帳ほどだが、手帳ほど厚みもなく、材質はプラスチック製。かなり使い込まれているのが、一目で分かった。 「関数電卓! これがあれば難しい計算もあっというまに解けるはずなのです。あってよかった文明の利器なのです」 きらりと黒い瞳を輝かせてから、鈴音は得意げに断言した。 あれから何度か確認キー入力を試みてみたものの、出てくるのは不必要に手間のかかる問題ばかり。最初は一樹が暗算で解いているのかとも考えてみたが、さすがにそれは無理と判断。とりあえず、三十秒以内に答えを出す方法が無いものかと考え、関数電卓の存在を思い出す。 「でも、もう四時半なのです……」 この答えを閃くまで、現実逃避したり諦めて本を読んだりしている間に、随分と時間が経ってしまった。それは仕方がないだろう。 昼過ぎまで降っていた雨も上がり、今は薄日が差している。 鈴音は布団の上に腰を下ろし、関数電卓を開いた。普通の電卓よりもキーの数が二倍以上もある。以前、一樹に使い方を教えて貰っていたので、使えないことはない。 「確か、これがONで……。これがシフトで、ええと、ルートに二乗、三乗……。ふむふむ。そんなに難しい仕組みではないのです……」 キーを押しながら、一樹に教えられた使い方を思い出してから、鈴音は力強く頷いた。黒い髪が跳ねる。多分、大丈夫だろう。根拠は特に無いが。 「では、リベンジなのです」 素早く立ち上がってから、関数電卓を脇に抱えたままベッドから飛び降り、置いてあった草履に両足を通す。部屋を駆け抜けてから、強く床を蹴り込み、跳躍。空中で一回転してから、一回で机の上に着地した。 「それでは、始めるのです」 一度切っていた電源を再び入れ、パソコンが立ち上がるのを待つ。 その間に関数電卓の電源を入れ、素早くキーを入力できる体勢を取った。脳内で動作のイメージ練習をしておく。 「一樹サマは六時前に帰って来ると言ってたのです。一樹サマが帰って来るまでに、全部元の場所に戻しておく必要があるのです。あんまりのんびりもしていられないのです」 自分に言い聞かせるように独りごちてから、デスクトップのマイコンピュータをダブルクリック。ウインドウが開いてからDドライブをダブルクリック。 『パスワードを入力してください』 ほどなく出てくるパスワード確認画面。 「ここは大丈夫なのです」 『12345678』 慣れた動きで鈴音は数字を入力した。 『パスワード承認』 再び読み込み画面が動き出す。 「さあ、ここからが本番なのです」 鈴音は関数電卓に伸ばした右手に力がこもる。おそらく一樹もこのようにしていたのだろう。問題に対して関数電卓で計算し、その数字を入力する。 『接続キー入力』 何度も眼にした文字が表示され、続いて問題が表示される。 『9.5の立方根を 9桁まで 30秒以内に入力せよ』 「急ぐのです!」 鈴音は素早く関数電卓に指を走らせていた。 9.5を入力してから、シフトキーを一回押して√キーを押す。シフトキーを押してから√キーを押すと立方根が表示される。十二桁までの電子数字。 『2.11791179212』 数字を見ると残り十八秒。 「ふぅ。かなり、時間が余っているのです。これなら余裕なのです」 気楽な笑みとともに、鈴音は関数電卓を持ったままキーボードで数字を入力していく。九桁の数は面倒くさいが冷静に押せば間違えることもない。 残り五秒を残して入力を終える。 余裕たっぷりに鈴音はエンタキーを押した。 『接続キー承認』 「オッケイなのです!」 両拳を握りしめてガッツポーズを取る。放り捨てた関数電卓が机に落ちて硬い音を立てていた。電卓は頑丈なので壊れたりはしないだろう。 読み込み画面が消えて外付けHDD内部の情報が表示される。ぎっちりとデータが詰まっていることも予想していたのだが、入っていたのはフォルダがひとつだけ。 『2006_6_12』 そう記されたファイル。名前の通り、2006年の六月十二日に作ったバックアップデータなのだろう。古いファイルだが、目的のものは見つかった。 「それでは、一樹サマ。一樹サマの趣味をたっぷり見させてもらうのです」 勝利の微笑みを浮かべながら、鈴音はマウスを動かした。カーソルをフォルダの上に移動させてから、ダブルクリック。 フォルダが展開され――なぜか、小さな黒いウインドウが表示された。 『おお ゆうしゃよ よくぞ ここまで たどりついた』 「え?」 画面に現れた文字に、鈴音は疑問符を浮かべる。 『すずねへ たにんの ファイルを 盗み見るのは いけない』 「あぅ。一樹サマ……」 呆然と、鈴音は呟いた。 今更ながら理解する。最初から鈴音の行動は読まれていたらしい。外付けHDDを探してそれを開けることも予想していたのだろう。そこで、HDDを開けられないような複雑なパスワードを入れず、何とか突破できるようにした理由は? デデーン! どこかで聞いたことのある効果音が流れ、 『おしおき スタート』 HDDの読み込み音が聞こえた。今になって表示されたウインドウが動画再生画面であることを理解する。しかし、既に手遅れだった。 「あああ、逃げるのです、ワタシ……。物凄い嫌な予感がするのです。これはとてつもなくマズい状況なのです。これ以上ここにいてはダメなのです……。というか、次に起ることが手に取るように分かるのです……! でも、身体が動かないのです……!」 机の上で硬直したまま、鈴音は不安を吐き出すように独り言を続けた。嫌な汗が頬を流れる。腰が抜け、膝が笑っていた。逃げなければいけないのに、身体が動かない。 『蟲ガミ - 虚ろなるもの - OVA版』 いつだったか見たホラーアニメのオープニングが始まる。 「一樹、サマぁ……」 鈴音は硬直したまま、ディスプレイを凝視していた。 |