Index Top 一尺三寸福ノ神

第15話 神棚を買おう


 ホームセンターの一角にある神具売り場。家に置かれる神棚を中心として、それらの付属品などが主に売られている。置かれているもののせいだろうか、そこだけ他とは違う空気が漂っていた。
「お社が沢山あるのです」
 左腕で抱きかかえた鈴音が、飾られた神棚を眺めながら、両足を動かしている。緋色の行灯袴が揺れていた。黒い瞳が好奇心に輝いている。
「……うん、予想していた通り高い」
 張られた値札を眺めながら、一樹は呻いた。
 右手に持った買い物かごには、自分で使うための文房具と親に頼まれた日用品が放り込まれていた。合計で三千円ほどだろう。
「一樹サマ」
 言いながら、鈴音は右手を持ち上げる。腕を上げたせいで、白衣の袖が少しずり落ちた。一切迷うことなく、人差し指を突き出す。その先には。
「ワタシはあの高級そうな神棚が欲しいのです」
「無理」
 即答する一樹。
 鈴音が指差したのは、売り場で一番大きな神棚だった。家にある神棚と同じ三社造り。材質は檜製らしい。素人目にも分かるほど豪華なもので、金具などにもきれいな細工が施してある。さながら小さな神社だ。しかし、豪華というよりも派手という印象を受けた。
 榊なども置かれているが、それは別売りだろう。
 値札には『6万9千円税込み』と記されていた。
「なら、あっちの小さな神棚が欲しいのです」
 鈴音が指を移動させる。
 それは、一社造りの神棚だった。一番高いものよりもずいぶんとすっきりしている。こちらは装飾なども少なく、質素な印象である。
 値段は1万円だった。
「どうなのです? 一樹サマ」
 右手を下ろし、鈴音が振り向いて見上げてくる。瞳に期待の光を点しながら。
 しかし、一樹は小さくため息をついた。持っていたカゴを近くの台の開いている所に置いてから、右手で鈴音の頭を撫でる。柔らかな髪の毛の手触り。
「最初に無茶なものを提示して相手を驚かせてから、無難な本命を当てる。それはよくある交渉術だけど、もう少し上手くやってくれない?」
「うぐ……」
 あからさまに狼狽える鈴音。身体の震えが腕に伝わってくる。
 どこかで覚えたのを実行してみたくなったのだろう。もっとも、この交渉術はお互いにある程度の落とし所が無いと交渉決裂に至ることが多いらしい。
「な、ならば――なのです」
 鈴音は一樹の左腕を掴み、抱きかかえられた腕から身体を引っ張り出した。左の前腕に両足をかけて跳び上がり、器用に近くの棚に飛び移る。
 それから、右手を白衣の袖の中に引っ込めた。
「?」
 一樹は疑問符を浮かべる。何をしようとしているのか分からない。
 袖の中から右手を取り出した。その手には、十センチほどのミシン糸で釣られた五円玉が握られている。見た限り、そのままのようだった。
 それを左右に振りながら、鈴音は視線に力を込めた。
「一樹サマは、だんだん眠くな〜る。眠くなるので〜す」
 ぺし。
「はうっ」
 軽いデコピンを食らい、鈴音はひっくり返る。
 首から下げたお守りが跳ね、持っていた糸付き五円玉が宙を舞った。床に落ちて転がる五円玉。白いひもが尻尾のように動いている。
 一樹は身体をかがめて五円玉を拾い、ポケットに入れた。
 視線を戻すと、鈴音が起き上がっている。両足を投げ出したまま両手を袴の上に置き、不満そうに一樹を見つめていた。
「一樹サマ。意地悪なのです」
「いや、だって対応に困ったから。うん、ツッコミだね」
 眼鏡を動かし、一樹は答えた。口元に乾いた笑みが張り付いている。自分でも適切な答えでないという自覚はあるが、他に答えようがない。
 こほんと咳払いをしてから、話を本筋に戻す。
「鈴音が神棚欲しいって言っても、別にそこに住むわけじゃないんだよね?」
「ワタシの依代であるこのお守り」
 と、いつも首から下げているお守りを見せた。
 白い高級そうな袋に入ったお守り。正確にはお守り袋。神霊という文字が刺繍されている。普通のお守りの中身はお札の類らしいが、鈴音のお守りの中身は知らない。何度か尋ねたことはあるが、秘密としか答えなかった。
 鈴音はその場に立ち上がり、お守りを掲げてみせる。
「このお守りを祭っておくのです。一樹サマが毎日拝んでくれたりすれば、ワタシも福の神としてパワーアップできるのです! そうすれば、一樹サマへ導ける幸運もパワーアップできるのです! というわけで、立派なお社が欲しいのです」
「なら――」
 と一樹は指を動かした。
「これでいいんじゃないか?」
 指差した先に飾ってあるのは、お守り用の神棚だった。
 四角い箱に屋根が付いただけの簡素な構造。文字通りの手乗りサイズの社で、お守りがひとつ入る大きさだった。値段も手頃な千五百円税別。
「何か、しょぼいのです……」
「贅沢言わない。これなら買ってあげるけど、どうする?」
 そう言って、一樹は鈴音を見つめる。
 十秒ほどの迷いの後、鈴音は頷いた。
「ちょっと小さいのですけど、仕方ないのです。これをお願いするのです」

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