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第6話 大学へ行こう |
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「大学は面白そうなのです〜」 左腕に抱えた鈴音がゆらゆら両足を動かしている。 朝八時半。涼しい空気が肌を撫でる。 「面白いかどうかは人によると思うよ。実習の入ってる講義は面白いけど二時間連続で数学や物理の座学は……きついなぁ」 一樹は空を見上げて苦笑した。 青く晴れた空には、白い羽のような雲が浮かんでいる。絹雲とよばれる氷の結晶でできた雲。羽雲などと呼ばれることもあった。代表的な秋の雲である。 「難しそうなのです……。でも、一度見てみたいのです」 講義内容を想像したのだろう。困惑と好奇心の混じった声音を口にする。しかし、好奇心の方が勝っているだろう。 鈴音の頭を撫でながら、一樹はぼんやりと独りごちた。 「でも、今日は珍しく電車の席に座れたなぁ。鈴音のおかげかな?」 家から大学までは一時間弱。家から駅まで五分ほど。電車に乗って四十分。そこから、大学まで徒歩で十分。朝の電車は混んでいて、座れる日は少ない。だが、今日はまるで用意されたかのように空いた席があった。 「その通りなのです! 一樹サマに幸運を運ぶのは、ワタシのお仕事なのです!」 自信たっぷりに言い切る鈴音。腕の中で胸を張っているのが分かる。 一樹は眼鏡を直し、首を捻った。 「でも、あんまり反動来ないよね」 鈴音が福を呼び込むと、直後に何かしらの反動がある。本人もそれは否定していない。詳しいことはよく分からないが、不自然なことを行えば反動が来るのは当然らしい。 しかし、電車に乗っている間も降りてからもおかしなことは無かった。 得意げに鈴音が見上げてくる。 「一樹サマが電車の席に座ることは、不自然なことではないのです。だから、ワタシの福招きで座ることができたのです。これが福の神の力なのです!」 指を動かしながら、黒い瞳に自信の光を灯していた。得意げに持ち上げられた口元。上手く福を招け、しかもそのことを一樹に自慢できるので、上機嫌らしい。 「でも、毎日は無理なんだろ?」 「うー」 得意げな顔を曇らせ、鈴音は眉を傾けた。予想通りである。毎日確実に座れるような状況を作り出すことはできない。 長い黒髪を指で弄りながら、言い訳っぽく口を動かす。 「……二日に一回くらいなら多分反動はないと思うのです」 「ふむ……」 一樹は視線を持ち上げた。眼鏡の縁に屈折した光に、目蓋を少し下げる。 自動販売機の当りは、機械差もあるがおおよそ1%前後。電車に座れる確率は大体25%。1%の可能性を引き出した場合は1%の確率に相当する反動があり、25%では反動が出ない。しかし、25%が二日連続では6%強。それには反動が現れる。 「何を考えてるのですか、一樹サマ?」 「ん?」 一樹は鈴音に視線を戻した。 抱きかかえられたまま、頬に冷や汗を垂らしながら鈴音が見上げてきている。なにやら戦いたような感情が見て取れた。 「何だか凄い顔していたのです……」 「あ、ごめん」 誤魔化すように笑いながら、一樹はぽんぽんと鈴音の頭の叩いた。 「ぼくって計算癖があるんだ。確率とか言われると、すぐに計算しちゃう……。数学系は滅茶苦茶強いけどね。でも、計算中の顔は人に見られたくない……」 反射的計算、と言うべきなのだろうか? 今回のような簡単なものならさほどでもないが、複雑なものを言われるとその計算にのめり込むように集中してしまう。その時の自分は殺気立っているらしい。怖いと言われたことも何度かある。 一樹は話題を変えるように咳払いをしてから、 「ところで、鈴音ってぼく以外の人に見えるかな? そういう人間じゃないのが見えるような人に何人か心当たりあるんだけど」 「うーん」 鈴音は長い黒髪を指で梳いてから、 「普通の霊感持ちには見えないのです。でも、ワタシがここにいるという存在は感じ取られてしまうのです。でも、高位の守護霊が憑いているように見えるはずなのです。怪しいものには見えないはずなのです」 「一応、僕が人形みたいな女の子抱えてるってのはバレないってことか……」 今のところは、一樹が鈴音を抱えていることに気づいている人はいない。すれ違う人も何を気にするでもなく、通り過ぎていく。 鈴音の姿は眼に入っていない。鈴音との会話も聞こえていない。一樹の姿は認識できているようだが、傍目には大学生が歩いているようにしか見えていないようだった。 「でも、術師には見えるのです」 鈴音が続ける。 「術師?」 「術が使える人間のことなのです……と、一般人の一樹サマにはあまり詳しく話してはいけないのです。ごめんなさいなのです」 一樹の問いに、鈴音は済まなそうに答えた。一般人には伝えてはいけないこともあるのだろう。それを無理に聞くほど、無節操なわけではない。 しかし、気になることはあった。術師。霊感持ちよりも上のような人間。 「もしかして……あの三人か?」 「三人?」 訝る鈴音に、一樹は頷いた。 「いや、うちのサークル内に二人いるんだ、そういうの……。あと、一人いる。ぼくの見立てじゃ、その三人がその術師だと思う。見つかったらどうしよう?」 眉根を寄せながら、考える。仮に心当たりのある三人が術師としても、何かされるとは思えない。だが、完全に無視してくれるとは思えない。 しかし、鈴音は自信たっぷりに言い切った。 「大丈夫なのです。福の神のワタシを祓おうとする人間はいないと思うのです。いざとなったらワタシが何とかするのです。だから、一樹サマが心配することではないのです」 「ありがと」 一樹は苦笑いをしながら鈴音の頭を撫でた。 |