Index Top 一尺三寸福ノ神

第4話 アニメ鑑賞


 デスクトップパソコンのディスプレイに映るアニメ映像。そして、椅子の上に立ったまま、アニメに見入っている鈴音。
「さあ、行くのです! エネルギー充填200%なのです! 世界を守るため、ついに決戦の時は来たのです! 機動要塞グーゴル最終変形なのです!」
 右腕をぶんぶんと振り回して、飛び跳ねている。黒い髪が大きく跳ね、緋袴の裾が激しく揺れ、時々生足が見えていた。太股辺りまで見えることはあるが、幸か不幸かそれより上までは捲れていない。
「おおおー! 凄い、凄いのです! ロボットが大きなロボットに乗っているのです! これで、邪神は倒せるのです。さあ、行くのです証明者コーリ!」
 ビシッ、と音を立てて右手の人差し指を突き出す。
 枢愕者トリリオン。昔、深夜に一クール放送された有名なロボットアニメだった。今は最終回後半。空中要塞グーゴルが変形した全長四キロの超巨大ロボット・グーゴルプレックスに主人公機トリリオンが搭乗した場面だった。
 枢愕――スウガクというタイトル通り、作中の名前などは数学に因んでいる。
「何か琴線に触れたかな……?」
 ベッドに座って壁に背を預けつつ、一樹はちょっと引きながら呟いた。
 昼過ぎに暇という鈴音の意見に答え、パソコンHDDに保存してあったアニメを見せた。そうしたら、完全に魅了されてしまった。特にロボットものが好きらしく、枢愕者トリリオンを第一話から十三話まで休憩なしで見続けている。
 もう八時過ぎ。外は既に夜。一樹は夕食と風呂を済ませてしまった。少しだけ開いたカーテンと窓の隙間から、黒い夜の闇が見える。
「ああっ、駄目なのです! 邪神なんかに負けちゃ駄目なのです、頑張るのです、トリリオン! 頑張るので……。ッ、ついに来たのです! ついにグラハムの力が完全覚醒したのです! これで逆転勝利決定なのです!」
 右腕を振り回しながら、興奮の絶叫を迸らせる鈴音。黒い髪が跳ねている。
 不定理の邪神との決闘は大気圏外へと移動していた。地球を背景に右腕を突き出すグーゴルプレックス。白い輝きが右手から広がり、全身を包み込む。
「究極極限、我が力はグラハム枢の彼方まで――! 突き抜けろ、全ては我が力にて定理となる。パーフェクト・プルーフゥゥゥゥゥゥゥ! なのです!」
 主人公の決め台詞と一緒に叫び、鈴音が右手を突き出す。
 最終必殺技が発動。閃光の槍と化したグーゴルプレックスが、邪神を一撃で貫き、続いて押し寄せた光の奔流が、邪神の破片を跡形もなく消し飛ばす。さらには背後の月まで突き刺さり、貫通していった。無駄に壮大な、だが魅力的な演出。
「完全勝利なのです!」
 左手を腰に当てて、高々と右腕を掲げている。
 画面が切り替わり、エンディングテーマ曲と一緒にエピローグが流れ始めた。
「本当にツボに嵌ったみたい……」
 画面に見入っている鈴音を眺めながら、一樹は眼鏡を動かす。
 鈴音の熱中度合いは普通ではない。枢愕者トリリオンは一種突き抜けた中毒性があるので、ハマる者は一発でハマってしまうようである。反面アンチも多いが。
「信者になったかも。うん、なったな」
 鈴音の反応を思い返しながら、一樹は冷めた気持ちで腕組みをした。ネット上で時々見かける信者とアンチの激突を思い出しながら、鈴音が堕ちたことを確認する。
 エンディングを見終わってから、鈴音がくるりと振り返ってきた。
「一樹サマ」
「ダメ」
 内容も聞かずに、一樹は断る。次に何を言おうとしているのか、容易く想像できた。
 少しだけ開いた窓から、冷たい空気が流れてくる。
 鈴音は戸惑ったように左右を見やってから、小声で囁いた。
「ワタシ、まだ何も言ってないのです……」
「DVDボックス欲しいって言うんじゃない?」
 ぎくり、と鈴音の肩が跳ねる。図星だったらしい。福の神は人間の最新電気製品などを知らないと思っていた。しかし、鈴音はDVDプレイヤーやパソコンなど、家電製品についての基礎知識は持っているようである。
 考えを見透かされてたじろぎつつも、鈴音はぐっと手の平を握って主張した。
「大丈夫なのです。ワタシの力があれば、宝くじくらい当てられるのです! きっと」
「それは無理じゃないなか? 鈴音はそんな強い幸運を呼び込めるわけじゃないだろ。それに、鈴音自身の意思で幸運を呼び込むと、妙な反動来るみたいだし……」
 眼鏡越しにジト目で見つめてみる。
 原理は知らないが、鈴音の意思で一樹に幸運を運ぶと、直後に何らかの反動が来るらしい。朝の自動販売機の一件しか実例はないが、それだけで予想は付いた。
「それは……」
 自覚はあるらしい。鈴音は口元をもごもごと動かしつつ、視線を泳がせている。世の中簡単に幸福が手に入るほど甘くはない。
 一樹はふっと短く嘆息し、両手を広げた。
「ぼくにもそんなお金ないし、諦めなさい」
「むー」
 頬を膨らませて、鈴音が不満を表現する。しかし、駄々を捏ねても意味がないことは理解しているのだろう。我が儘っぽいが、聞き分けはいい。
 鈴音は拗ねたようにパソコンに向き直った。
「DVDボックスは諦めるのです。次のアニメを見せて欲しいのです……」
「ちょっと待ってくれ」
 一樹は手元のリモコンを持ち上げた。ボタン操作で保存ファイル一覧を表示させる。意趣返しの意味ではないが、イタズラ心の赴くままにホラー調のアニメを選択する。
『蟲ガミ - 虚ろなるもの -』
「?」
 薄暗い画面に、鈴音が不思議そうに瞬きをしていた。

Back Top Next