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第2話 一樹の疑問 |
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ベッドから起き上がり、背伸びをする。 これから何をすればいいかは分からないが、寝かせては貰えない。ならば、大人しく起きるしかないだろう。早起きしたと思えばいい。 背中を何度か左右に捻ってから、眼鏡を外し、パジャマのボタンを外していく。 「待つのです」 しかし、それを止める鈴音。巫女服の袖から伸びる右手でびしっと一樹を指差し、眉毛を斜めにしていた。左手を腰に当て、声を上げる。 「一樹サマは女の子の前で着替えるというのですか! デリカシーがないのです」 「じゃ、外で待ってる?」 一樹は部屋の入り口を指差した。ニスの塗られた茶色いドア。 鈴音はドアを五秒ほど見つめた。外で待っている自分の姿を想像したのだろう。何かを言いたげにもごもごと動く口元。くるりと背中を向けてから、 「あっち向いているから、その間に着替えるのです」 「はいはい」 苦笑いを見せながら、一樹はパジャマの上下を脱いだ。痩せている、というか単純に細い身体。服を着ていても細身なのは分かるが、脱ぐと余計に細さが際立つ。いくら食べても太らず、子供の頃から華奢な体躯だった。しかし、健康上の問題があることもなく、あまり気にしてはいない。 一樹はタンスから取り出したジーンズを穿き、白いシャツを着込む。 「終ったぞ」 声を掛けると、鈴音が振り返ってきた。長い黒髪が微かに跳ねる。黒い瞳を大きく見開いて一樹の姿を見つめてから、したり顔で腕組みをした。 「普通の格好なのです……」 「奇抜な服は持ってないからね」 当たり障りのない答えを返す。 頭に浮かぶことはいつくもあるが、何から尋ねていいのかは分からない。重要性はどれも変わらないだろう。適当に思いついたことから訊いてみた。 「君は……福の神とか言ってたけど、ぼく以外の人間にも見えるの?」 「ふつーの人には見えないのです。声も聞こえないのです。でも、世の中にはワタシたち人間じゃないモノが見える人も結構沢山いるのです。そういう人たちにはふつーに見えるし、声も聞こえるのです」 人差し指を動かしながら、得意げに説明する。 霊感――というものだろう。一樹はそう見当を付けた。霊感っぽいのを持っている人間は何人か知っている。サークル内にも二人それっぽいのがいた。 「じゃ、うちの家族には見えないのか? 見えない方が気楽だけど」 「多分見えないのです。一樹サマがワタシを見えるのは、ワタシが一樹サマに憑いているからなのです。福の神憑きは非常に縁起がいいのです」 一樹の問いに鈴音が頷く。自慢げに胸を張ってみせた。 憑いている、という意味がよく分からないが、鈴音の口振りからするに守護霊のようなものだろう。実害はないように思える。 次の問を口にした。 「じゃあ、君は何食べるんだい?」 「ワタシには食事は必要ないのです。自然エネルギーを糧としていて、非常に環境に優しく、高燃費なのです。だから食費の心配は無用なのです」 自分の胸に右手を当てて、答えてくる。相変わらず自信に満ちた態度だった。しかし、何も食べなくとも平気というのは有り難い。主に金銭的理由で、 それから、鈴音は両手を持ち上げた。何かを催促するような表情で。 「……なに?」 「一樹サマにお願いがあるのです。ワタシはちっちゃいので移動が大変なのです。だから、だっこして欲しいのです。見た目通り軽いから大丈夫なのです」 「そう、なのか?」 腑に落ちないものを感じながら、一樹は鈴音の両脇に手を差し込んだ。そのまま、人形を抱き上げるように持ち上げてみる。重さも抱き心地も人形のようであるが、生き物特有の暖かさと柔らかさもある。正直、抱き心地はよい。そのことに感心しつつ、左腕で胸に抱え込む。鈴音も一樹の腕に自分の腕を乗せていた。 右手人差し指を前に向け、鈴音が元気よく声を上げる。 「さあ、出発なのです!」 「はいはい」 一樹は鈴音を抱えたまま、ドアに向かった。 |