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第25話 題名、星空


「おい、コレ持っていきな。寒いから」
 リョウが差し出してきたのは小さな茶色のボトルである。ラベルからするに強めの酒だろう。山では身体を温めるために酒を飲むことが多いらしい。
 カイはボトルをコートのポケットに入れ、礼を言った。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。じゃ、オレは先に寝てるから」
 気楽に笑いながら、リョウは背中を向ける。現在夜の八時。山ではやることがないので、早めに寝てしまうらしい。水汲みなどで朝も早いらしいが。
 コートの襟元から顔を覗かせたミドリが、声を上げた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 軽く二度右手を振ってから、リョウは奥へと消える。
 それを見送ってから、カイは玄関に向き直った。
「じゃ、星見に行くか」
「うん」
 頷くミドリ。
 厚手のコートに手袋という防寒装備。襟元から顔を覗かせるミドリ。熱の魔術を込めた術符と光の魔術を込めた術符を胸元に入れているため、ミドリも元気に活動できる。
 そして念のためということで、右手に剣を持っていた。
 カイは玄関のドアを開けた。
「寒いな……」
 外から吹き込んでくる冷たい風。平地の初冬並の寒さである。
 しかし引き返すこともなく、カイは外へと出た。
 淡い月明かりに照らされた山道と生い茂る森。風に吹かれた木の葉の擦れる音だけが聞こえる。街なら虫の鳴き声も聞こえるのだが、山頂では虫はほとんどいない。
「これが夜なんだ……。真っ暗だね。それに何だか空気が冷たい」
 ミドリがどこか興奮したように呟く。日の出とともに起き、日没とともに眠ってしまう生活。夜という時間をじっくりと見るのはこれが初めてだった。
 カイは観測所から少し歩いた所にある木の椅子に座る。リョウが日光浴用に作った椅子だった。右手の剣を横に立てかけてから、
「星は上だよ」
 そう言いながら、背もたれに寄りかかる。背中に伝わってくる冷たい木の感触。ミドリの視線が自然と夜空を捉える。
 数秒の沈黙。そして。
「うわぁ……」
 ミドリの喉から漏れるの感嘆の声。
 雲ひとつつ無い漆黒の夜空。そこに浮かぶ無数の星々。平地よりも数倍の星が散らばっているように見える。あまりの数のため、どれが星座を構成する星なのかも分かりにくい。天球を東西に貫くように伸びる光の帯。西の空には月が浮かんでいた。
 視線を下ろすと、緑色の眼を見開いたまま星空を見上げているミドリ。完全に心を奪われている。この状態では声を掛けても気づかないだろう。
「でも、芸術鑑賞中に声掛けるのは、無粋なことだ」
 声には出さずにそう言ってから、カイはそっとミドリの上に手を置いた。手の平に伝わってくるほんのりしたぬくもり。術符に込められた熱の魔術。
 ポケットから取り出したボトルの蓋を開け、中身の酒を口に入れた。
 甘味とアルコールの刺激が口から胃まで流れていく。
 ボトルをポケットにしまってから、カイは誰へとなく呟いた。
「題名、星空……と」

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