Index Top 妖精の種 |
|
第24話 カイの提案 |
|
日の入り二時間前に観測所に戻り、下書きの絵に布を掛けておく。 描いた直後だと正確な評価ができない。この絵は街に戻ってから手直しすることになっていた。明日は別の風景を描くつもりである。 早めの夕食を食べ終わり、カイは寝室へと戻った。 「カイ、おかえり。ご飯美味しかった?」 ミドリの声に視線を移す。 西向き窓の近くに置かれた机の上。浅めの桶にお湯が張ってあり、ミドリはお湯に浸かっていた。脱がれた服とハンカチ二枚が傍らに置いてある。 カイは瞬きしてから、そちらへと歩いて行った。 「風呂……いつの間に用意したんだ?」 「さっきリョウさんに用意してもらった。カイもお風呂入ればいいのに」 嬉しそうに答えてくるミドリ。夕食前にリョウが席を外していた記憶がある。トイレに行ったと思っていたのだが、ミドリに風呂を用意していたらしい。 「いや、ここで風呂入るのは無理だよ。山の頂上で水は貴重だから、シャワーとかも無理だし。俺も濡れタオルで拭いただけだったし」 山では滅多に風呂に入れない。カイも戻った直後に濡れタオルと石鹸で身体を拭いただけである。下の方にある沢で水浴びという選択肢は残っていたが、それは拒否した。リョウは時々やってるそうだが、一般人では風邪を引く。 「大変なんだ。じゃあ、後でリョウさんにお礼言っておかないと」 納得したように頷くミドリ。 桶の底に両足を伸ばし、背中を縁に預けている。お湯は肩の辺りまで。 服も下着も全部脱いでいるため、隠すものは何もない。透き通った色白の肌にどこか華奢な手足、女性特有の丸みを帯びた身体と適度に膨らんだ胸。長い木の葉を思わせる緑色の髪の毛が、濡れて背中に張り付いていた。 「お前、意外と発育いいんだな……」 言葉を選びつつ、カイは感想を口にする。 ミドリの外見年齢は十六、七歳。言動が子供っぽいので幼い女の子と勘違いしてしまいそうだが、身体はそれなりに大人である。 「むぅ」 小さく呟いてから、ミドリは背中を向けた。 「すまん、すまん。風呂終ったら話があるから」 苦笑を返してから、カイは手桶から離れた。スリッパを脱いでベッドに寝転がり、目を閉じる。視界から消える光。意識をぼんやりと虚空に漂わせた。 ほどなくミドリの着替える音が聞こえてくる。 「カイ、着替えたよ。話って何?」 「ああ」 カイは目を開けて……目を点にした。 ミドリの服装が変わっている。今までは緑色の膝丈ワンピースという恰好だった。しかし、ワンピースの裾が太股丈まで短くなり、黄緑色のズボンと深緑色の長袖上着が追加されていた。見たままを言うならば、冬服である。 「どうしたその服? いつの間に新しいの用意したんだ?」 「え、何かおかしい?」 驚いたように、ミドリが自分服を見下ろしていた。しかし、服装が変化したという自覚はないらしい。くるくるとその場で回っている。 「まあいいや。夜になったら星を見に行こう」 早々に追求を諦め、カイは窓の外を指差した。日没と共に寝てしまうため、ミドリは星を見たことがない。しかし、魔術の灯りを持たせていれば夜でも起きていられる。 カイは山から見る星空をミドリに見せたいと思っていた。 「星?」 そう呟いて、ミドリは窓の外の夕空を見つめる。 一番星が輝いていた。 |