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第16話 いたずらと事故


 書き終わった絵を数秒眺めて、目立った問題がないことを確認する。
 美術館に送るための風景画。推敲はまだ行わない。すぐに推敲しても、作業中の興奮が残っているので、冷静な判断ができない。少なくとも半日置く必要がある。
 近くに用意しておいた水を一口飲み、カイは時計を見る。ちょうど正午だった。窓辺を見やると、外では雨が降っている。
「やっぱり降り出したか。雨の日は絵の具の具合が悪いからな」
 窓辺の植木鉢に座っているミドリ。ふらふらと揺れていた。散歩していた時はそこそこ元気だったのだが、雨ではその元気も残っていない。
「本当に植物だよな」
 カイは椅子から立ち上がり、背伸びをした。数時間も座りっぱなしで筋が固まっている。ストレッチするように手足を動かしてから、窓辺へと歩いて行った。
 植木鉢に座ったまま、ミドリは目蓋を下ろしている。半分以上意識が眠っていた。
「おい、ミドリ。そろそろ昼飯にするぞ」
「んー」
 生返事が返ってくる。聞こえているが、意味は理解できていない。
 カイは苦笑してから――
 背中の羽に目を留めた。ミドリと一緒に暮らすようになってから五日ほど経つが、一度も羽に触ったことはない。手に触れたことはあるが、意識的に触れたことはない。
 呼吸を止めて、ミドリの羽に触れる。
「んー?」
 ミドリはぼんやりと呻いたが、気づいた気配はない。
 カイは人差し指と親指で羽をそっと摘んでみる。手触りは滑らかで、製図などに使われるケント紙に似ている。しかし、硬さはなくシルクのような柔軟さを持ち合わせている。触っているのが癖になる。
「むー」
 なんとなく不自然さを感じているようだが、やはり気づかない。気づかないのなら、気の済むまで触らせてもらう。
「こんな紙、どこかに売ってないかな?」
 羽の手触りを堪能しながら、そんなことを思う。手触りも質感も一級品、ほんのりと緑色の薄膜。画材倉庫にもこんな高級紙は置かれていない。
 そんなことを考えていると、
「くしゅ」
 ミドリのくしゃみ。
 ………。
 指の中に残った羽を見つめ、カイは凍り付く。固まる。止まる。呼吸もできず、思考もできない。根本からきれいに切れている羽。というか取れている。
 一分ほど沈黙してから、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「え……取れた。って取れるのか? 取れてるから取れるんだよな。いや、えっと。落ち着け俺、落ち着くんだ。慌てても事態は変わらないぞ。ミドリは痛がってないし、大丈夫か? ンなわけないよな。羽取れてるんだから」
 脂汗を流しながら、焦る。
 右上の羽が根本から取れていた。しかし、ミドリは痛がることもなく、気づいた気配もない。半分目蓋を下ろしたまま、さきほどと変わらず肩を揺らしている。
「くっつくか?」
 そっと羽を元の位置につけて、カイは手を離した。
 羽は、はらりと落ちる。
 ――こともなく、元通りにくっついていた。
「嘘だぁ」
 カイは思わず声を上げた。

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