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第26話 お別れ |
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街道にあるテキという街。その北側にある門。木を組んで作られた簡素な門で、門番がいるわけでもない。人通りも少なく、別れを言うには適当だろう。 御者台に乗ったアスカとカンゲツ。 「それじゃな」 「また機会があったら会おうね」 ロアが乗せて貰えるのはここまでだった。アスカとカンゲツはこれから北に向かい、ロアは西へと向かう。これ以上一緒に行くわけにはいかなかった。 ロアは笑顔で礼を言った。 「乗せてくれてありがとう」 「短い間でしたが、お二人と一緒にいられて楽しかったです。ロアさんは戻ってくれば会えると思いますけど、わたしは硝子の森に帰ったら二度と会えません。寂しいです」 ロアの肩に掴まったまま、寂しげに二人を見つめるアルニ。旅での別れは、これが初めてだった。一緒に旅をして来た人間と別れるのは辛いだろう。 アスカが苦笑しながら、声をかけた。翡翠色の瞳を瞑ってみせる。 「悲しい別れは、よい出会いの証って言うしね。悲しむことはないよ」 「はい」 力強く頷くアルニ。 「お前は、本当に行くのか?」 やや厳しい口調で、カンゲツが訊いてくる。 北の大山脈に本当に行くのかという意味だろう。あそこは人間の踏み込める場所ではない。生身の人間が踏み込めば、待っているのは確実な死。 「本当だよ。オレはそのために旅をしているんだから」 「なら、これは餞別だ」 言いながら放ってきたモノを―― ロアは右手で受け止めた。 「……牙?」 長さ三十センチはあるだろう白い牙。微かに反りがあり、滑らかな金属のような手触り。しかし、軽石のように軽い。牙の前後が緩い刃物状になっているため、短剣のようにも見える。まともな生き物の牙ではない。 「黒竜王クサナギの加護だ。大事にしろよ?」 にっと口元を上げるカンゲツ。右上の犬歯が無くなっていた。大きさは違うが、その部分の歯なのだろう。カンゲツ本来の姿の牙。 かなり笑える顔であることは、あえて口にしないでおく。 ぱしりと手綱を打つ音。馬車が走り出した。 「じゃあな」 「それじゃ、またねー」 二人の乗る馬車が遠ざかっていく。 「さよならー。またどこかで会いましょーう!」 アルニが右手を力一杯振りながら、声を上げていた。妖精の声はそれほど大きくないがよく通る。二人にも届いているだろう。 アスカが振り返って右手を振った。 カンゲツは振り返らぬまま、左手を持ち上げる。 応じるように左手を振ってから、ロアは踵を返した。なんとなく、顔を見られたくないと思ったのである。口元に浮かぶ、呆れ笑い。 「なるほど。六竜の一人か……。予想外でもないけどな」 黒竜王クサナギ、ドラゴン族六族長の一人。名前だけは記憶の片隅に引っかかっていた。そんな大物が何故人間の少女の付き添いをしているかは不明である。何か理由があるのだろうが、そこはロアの想像の外にあった。 「大事に使わせて貰いますよ」 白い牙を握り締め、そんなことを呟いてみる。 |