Index Top 第6話 銀歌街に行く

第3章 銀歌 in ハンバーガーショップ


 銀歌はぼんやりとその看板を眺めた。時刻は夕方五時半くらい。
「マクドナルド……」
 赤と黄色の派手な看板。街を歩いている時は時々見かけて、名前は知っているものの、店内に立ち入るのは初めてだった。
「どうしたの?」
 入り口で止まっている銀歌を見つめ、莉央が声を掛けてくる。
 ぽんと肩に手を置いて、美咲が続けた。
「モスの方がよかったか? ここから歩いて行ける所にモスはないぞ」
「いや、何でもない」
 美咲に押されるように、店内に足を進める。右手に揺れる布の手提げ袋。
 焼けた肉の匂いとジャガイモの匂い、その他多数のソースの匂いが鼻をくすぐった。美味しそうな匂いではあるが、えらく大雑把な匂いでもある。
「何で、こんなハンバーガー屋なんだ?」
 カウンター横のメニューボードを眺めながら、銀歌は首を傾げた。周囲に食事処はいくつもある。なのに、迷わずここに連れて来られた。
 腕組みをして、美咲が答える。
「今日は大味なものを食べたい気分」
 相変わらず言っていることがよく分からない。本人の中では何らの論理が成り立っているのだが、他人にその論理を理解することはできない。やはり敬史郎と話しているような錯覚を受ける。
 付け足すように莉央が笑う。
「ふぅちゃんって育ち良さそうだから、面白い反応してくれると思って。わたしの期待通り、面白い反応見せてくれたよ」
「あたしって育ち良さそうに見えるか?」
 銀歌が半眼で訊くと、
「見えるな」
「見えるよ」
 揃って答える二人。
 思い返してみると、心当たりが多い。例えば、行儀の悪い行動を見ると無意識に注意してしまうなど。放浪中もよく似たようなことを言われていたような気がする。
「………。さて、何頼むか?」
 銀歌はカウンター向かった。後を付いてくる美咲と莉央。
「いらっしゃませ」
 アルバイトの女の子が営業スマイルで挨拶してくる。見たところ高校生だろう。焦茶色の髪をショートカットにしていた。微妙に化粧が濃い。
「お持ち帰りですか? こちらで召し上がりですか?」
「ここで食べる」
 銀歌の横から、美咲が答えた。
「ご注文をどうぞ」
 マニュアル通りに続けるアルバイト店員に、朗々と告げる。
「ビックマックのLLセットで、飲み物はカルピスソーダ。ナゲットマスタードと単品のチーズバーガーを追加で」
「わたしはベーコンレタスバーガーのセット。飲み物はコーヒーで」
 こちらは普通に答える莉央。
 そして、二人から向けられる促すような視線。銀歌は軽く咳払いをした。さきほどメニューを決めていたので、ここで迷うことはない。
「あたしは、てりやきバーガーのセット。あー、飲み物はオレンジジュース」
「普通だね」
「普通だな」
「うるさい……」
 律儀に感想を告げてくる二人に、銀歌は呻いた。
「ご注文を繰り返します――」
 店員から視線を外し、銀歌は店内へと目を移す。
 まだ日は高いものの、店内はどこか夕暮れの明るさを感じた。冷房が効いているため、外の暑さは感じられない。夕食時にはまだ少し早いためか、混んでいるということはない。飲食スペースは一階の半分と二階。
 外を見ると通りを歩く人々。そこに時折人間でない者が混じって歩いている。見た目も雰囲気も人間と変わらないので、それに気づく人間はいない。
「おい、風歌」
 声を掛けられ銀歌は我に返った。
 美咲、莉央と一緒にカウンターの前から後ろに下がる。
「道路なんて眺めて、どうかしたの?」
「いや、何か随分変わったなぁ、とか思って」
 硝子の外を眺めながら、銀歌は曖昧に答えた。
 少し昔までは、夕方の通りには薄く寂れた独特の空気があった。しかし、今ではそれも半分未満に減っている。活気が出てきたというべきか、夜が遠くなったと言うべきか。いつの間にかに時代が変化していた。
 美咲が眉根を寄せる。
「風歌は時々妙に老けたこと言うよな?」
 実年齢は九十四歳。元妖狐で現半妖狐なので、時間の感覚も人間とは違う。人間よりも時間の流れを早く感じる。加えて銀歌は長生きする部類の妖怪。数年の月日でも短く感じる。一日一日の時間は人間とあまり変わらない。
「ふうちゃんって一応十二歳だよね?」
「さらっと適当なこと言うな!」
 莉央の発言に、銀歌は思わず声を上げた。
「あたしは十九だ、十九。四月に誕生日迎えたからな」
 人間としては十九歳ということになっている。明らかに不自然だが、言い張れば何とかなる。葉月はそう主張していたが、無理があるのは自覚していた。
 ぽんぽんと銀歌の頭を叩きながら、美咲は頷く。
「いや、お前はどう鯖読んでも中学生くらいにしか見えないぞ。その気になれば、小学生でも通用するよな。ランドセル似合いそうだし」
「うっせい」
 手を払ってから、銀歌はそっぽを向いた。自覚はある。自覚はあるからこそ、言われるときつい。おそらく、ランドセルは滅茶苦茶似合うだろう。
 思いついたように、莉央が独りごちる。
「今度ランドセル……持ってこようかな?」
「余計なことはするな」
 犬歯を剥いて威嚇する銀歌。迫力はないのだが。
 ふんと鼻を鳴らして、再び窓の外に目を逸らす。
「ん?」
 銀歌は眉を動かした。
 向こう側の歩道を歩く男。
 年齢四十くらいの体格のよい男だが、人間ではない。頭の猫耳と腰から伸びる尻尾。妖猫族の男だった。高級そうな灰色の背広にネクタイ、手提げの書類フォルダという会社員のような恰好。人間からはただのおじさんに見えるだろう。
「晴彦?」
 その男には見覚えがあった。黒畑晴彦。二十年前に世話になった情報屋である。妖狐の都を出奔して行き先もなく放浪していた頃だ。たった二十年前なのに随分と大昔のことのように感じる。
 晴彦が視線に気づいて、銀歌に目を向け――。
 目が合った。
「銀歌さん……?」
 口の動きがそう呟く。
 自分を銀歌と見抜いたわけではないだろう。銀歌は既に封印刑を受けていると公表されているし、こんな子供でもない。しかし、面影はくっきりと現れている。今の姿は髪色以外はかつての子供の頃と瓜二つ。
 銀歌は視線で手近な路地を示した。
 一度頷いてそちらに向かう晴彦。
「おい、美咲、莉央」
 銀歌は二人に目を遣った。
「どうした?」
「あたしの分のハンバーガー代わりに食っといてくれ。急用が出来た」
「え? 何だ……」
 返事も聞かぬまま、店の外へと飛び出す。

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