Index Top 兄来る - To dear my Sister -

第3章 通学の一時?


 先天性身体活性体質。
 銀一の体質らしい。
「何だソレ?」
「生まれ付いて全身の細胞が異様なエネルギーを持っている特異体質だよ。今まで単純に頑丈なだけだと思ってたけど、十年くらい前に先生からそう言われたんだ。十万人に一人くらいの凄く珍しい体質なんだって」
 銀歌の問いに、脳天気に説明してくる。葉月の豪打を浴びたというのに、もう元通りにだった。銀歌の言った通り、十分ほどで元気になっている。
「それは、威張れるものなのか?」
 筆記用具の入った手提げを動かしながら、銀歌は訊いてみた。嘘臭い。というか、そんな体質聞いたこともない。自分が知らないだけかもしれないが。
「うん」
 頷く銀一。得意げに笑いながら、
「耐久力と再生力は、あの草眞さんに届くくらいだよ。身体は頑丈だし、怪我してもすぐ治るし、病気なんてかかったことないし」
「草眞さん……」
 後ろを歩いていた葉月が、銀一を眺める。
 敬史郎の上司にして、神界軍の切り札のひとつ。日暈家当主に匹敵する強さを持つ狂狐。錬身の術を極め、身体を自在に操るという。顔は知っているが、会ったことはない。
 葉月は草眞を参考に作られている。気になるのだろう。
「それよりも――」
 銀歌は足を止め、振り返った。
「何でついて来るんだよ」
 敬史郎の元へと通う途中。神社から敬史郎の屋敷へと続く道。
 なぜか銀一と葉月がついてきている。
「Cher ma soeurの勉強を一度見てみようと思ってね。こういうのは何と言うべきだろうか? うーん。父兄参観だね、父兄参観。あー、一度やってみたかったんだ♪」
「チェアなんたらって何だ? 日本語で言え」
「フランス語で愛しの妹という意味さ」
 キザっぽく言う銀一から、葉月に目を移す。このまま話を進めていても平行線にしかならない。いや、会話にすらならない。
「お前は?」
「御館様に風歌の面倒見るように言われてるから」
 笑いながら拳を見せる葉月。さきほど銀一を吹っ飛ばした拳。純粋な拳の殴り合いで、葉月に勝てる者は日本中探して十人もいないだろう。あくまでも武器を使わぬ迫撃戦での話で、単純に葉月より強い奴は山ほどいる。
 握った拳を銀一に向け、
「もし銀一さんが風歌に何かしようとしたら、思い切り殴る。説得しても聞かないって御館様も言ってたし。風歌はわたしが守るから、安心してね」
「感謝する」
 銀歌は素直に礼を言った。
 今の非力な姿で銀一と二人きりになるのは、色々な意味で危ない。葉月ならば銀一を殴り飛ばすこともできる。他人に守られるというのは気に入らないが、銀一と二人きりになるよりも何倍もマシだ。
「酷いな葉月さん。ボクが悪者みたいじゃないか」
 悲しそうな顔をする銀一。どうにも演技くさい顔。
 葉月は困ったように視線を逸らす。
「うーん。銀一さんは悪者じゃないけど……」
「変態だな」
 銀歌は断言した。
「ぎ……」
 ガコン。
 葉月の裏拳に吹っ飛ばされる銀一。空中で三回転してから杉の木に激突する。軽く腕で払ったように見えたが、細めの木をへし折るほどの一撃だった。
 地面に落ちてから、銀一は立ち上がる。
「何をする!」
「この子は風歌だよ」
 腰に手を当てて、葉月が告げた。
 銀歌は白鋼の屋敷の外では風歌と名乗っている。銀歌とばれないためと言われているが、あまり意味がないような気もした。
「いや、言い張ることが重要なのか」
 銀歌は独りごちた。
 勘のいい者ならば白鋼が銀歌を匿っていることくらい気づくだろう。だが、白鋼が違うと言い張り続ければ、建前上は素質ある仔狐を育てているということになる。むやみに手は出せない。白鋼にはそれを実行する政治力も力も持ち合わせていた。
「気に入らないな……」
 呻くが、まだ自力ではどうにもらない。
 そっと銀一が肩に手を置く。
「気に病むことはない、我が最愛の義妹よ」
「義妹って何だ!」
 鼻先に指を突きつけ、銀歌は叫んだ。
「風歌は義妹。義理の妹! 義理とは万能の言葉であると思わないか?」
 人差し指を立てて、きらりと白い歯を見せる。
 銀歌は懐から一枚の呪符を取り出した。軽く跳んで、その呪符を銀一の顔面に貼り付ける。白鋼が台所に置き忘れていた爆砕符。破壊力集中型で威力は五度と爆砕符の中では最大。三級位の相手でも致命傷を負わせられる破壊力である。
「え?」
「砕!」
 ドゴォン!
 大爆発が銀一を呑み込んだ。呪符に込められた膨大な術力が術式を起動させ、巨大な火柱と化す。焼け付くような熱波が周囲の埃を巻き上げ、爆音が大気を揺らす。驚いた鳥や虫たちが一斉に逃げ出していた。
 爆風に乗って銀歌は後退する。
 三秒ほどで炎が収まり――
 ちょっとしたクレーターの底で銀一は倒れていた。全身黒焦げで意識も失っているが、指先が微かに動いている。死んでいない。そのうち復活するだろう。
 その姿を眺めながら、銀歌は毒づいた。
「つくづく不死身だな」
「これは、大丈夫……ですか?」
 さすがに戦く葉月。
「風歌。遅かったな」
 無感情な声に、振り向く。
 敬史郎が立っていた。いつもの無表情で緩く腕を組んでいる。いつからそこにいたのかは分からない。移動する際に、気配をほとんど漏らさない。
「人の家の前で何をしているんだ? その様子だと、銀一が何かしたようだな」
 怒るでもなく、咎めるでもなく、呆れるでもない。倒れて焦げた銀一を見つめている。起こったことを淡々と観察しているような眼差し。
 思いついたように呟いた。
「今日は授業参観か?」
「はい! そうなんですよ、敬史郎さん。我が愛しの義妹が勉強していている姿を、是非見ておきたいと思い立ちまして! 実はビデオカメラまで持ってきちゃいましたよ。これできれいに録画して見放題です。はっはっはっ」
 何事もなかったかのように、銀一が腕組みをして笑っている。
「お前は、どういう身体なんだよ!」
 並の相手なら破片も残らない爆発を直撃。しかも顔面に。さらに防御すらしていない。だというのに、黒焦げ程度で済み、なおかつ平然と復活。
「先天性身体活性体質。そして、溢れるほどの愛」
 真顔で寝言をほざく銀一に、銀歌はもう一枚の呪符を見せた。白鋼が置き忘れた爆砕符は十五枚。それを全部拝借し、今は護身用に五枚持って来ている。
 対峙する二人をよそに、敬史郎は一言告げてきた。
「風歌、今日はテストだ」

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