Index Top 第3話 銀歌の一日 |
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第2章 模擬戦闘終了 |
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白鋼が跳んだ。真後ろに。何かから逃げるように、後退していく。攻撃しているものは、何も見えない。見えないように見えるが、何かがあるのは分かった。 「鋼線だ」 敬史郎が呟く。 「葉月がただ殴るだけかと思ったか? 手から蜘蛛の糸よりも細い糸を伸ばして、妖力で操っている。本人は殴る方がいいと言っているが、あれは厄介な攻撃だ」 指揮棒を振るように、葉月は何もない両手を動かしている。糸で攻撃していると言われても、糸は見えない。妖力も感じられない。だが、攻撃はしているらしい。 糸から逃げるように、白鋼は後退している。 左腕の袖が切れた。 切れた袖を一瞥してから、立ち止まる。 白鋼は力を抜いた両手を前に出し、円を描くように動かす。何かを掴むように、握り締められた両手。その手には何も握られていない。 葉月は手を止めている。 「さすが白鋼。素手で掴み止めた」 「お前ら三人であたしをからかってるとしか思えないんだけど」 ジト目で言うと、敬史郎は近くの木片を掴んだ。葉月が砕いた壁の破片である。何も言わぬまま、無造作に放り投げて。 豆腐でも切るようにきれいに切れて、床に落ちる――途中で再び切れて、四つの破片となって床に落ちた。落ちる速度は変わらない。それが、切れ味を証明している。 「………」 切れた破片を眺めているうちに。 白鋼が走った。肩を左右に動かしながら、見えない糸の間をすり抜けていく。袖や袴が切れるが、止まらない。右手を開き下から突き出す。 掌底が葉月の胸にめり込み、三百キロもの重量を吹き飛ばした。緩い放物線を描いて、床に落下する。岩が落ちるような重い音。 葉月は手を突いて立ち上がり、両手を動かした。 印を結び、右手を上に向ける。 「来い」 手の上に、金属の瓶が現れる。口寄せの術。 黄色と黒の線のラベルが貼られた金属瓶。水筒に似ているが、構造が違う。仰々しい作りだ。実際、ラベルには赤字で劇物注意と書かれている。 「ちょっと待ってください」 白鋼が制止するように右手を出した。手の平には赤い線が何本も刻まれている。剃刀で撫でたような傷。完全な無効化は出来ていなかった。 右の袖と、左肩、右わき腹、左の太股、右脛が切れ、肌と包帯が見えている。 「何ですか? これから面白くなりますよ」 「今日はここまでにします。ニトロは使いません。さすがに、この身体でアヴェンジャーを防ぐことは出来ませんからね。僕も粉々になるのは嫌ですし」 「おい、白鋼」 その場に立ち上がり、銀歌は声を上げた。 「何ですか? 銀歌くん」 葉月に向けていた目を、銀歌に移す。 銀歌は頬を赤くしながら、 「お前、人の身体だってこと自覚してるのか? 若い女が服の切れた状態で肌を見せたまま平然とするな。敬史郎だっているんだぞ!」 「問題ない」 敬史郎は静かに口を開いた。 腕組みをして重々しく頷く。 「俺は白鋼の尻尾には興味あるが、身体には興味ない」 「そういう意味じゃない!」 「俺にとって、ケモノ耳と尻尾のない女に、存在価値はない。狐ならばふさふさの尻尾、猫ならばぴんと立った耳と滑らかな尻尾がなければ――それは女ではない」 人差し指を立てて、断言する。無表情のまま、異様な威圧感を以て。 思わず肯きそうになりつつも、銀歌は首を振って否定した。 「真顔でわけの分からないことを言うな!」 「わたしは女ですよ」 自分を指差して、葉月が指摘した。 敬史郎は顎に手を当てて、 「俺はメイドに興味はない。せめて、ネコ耳と尻尾があれば猫耳メイドとして確立されるのだが、作り物の耳と尻尾は興醒めだ。そもそもお前は女ではないだろ」 「え」 何か言いかけた口を閉じて、銀歌は葉月を眺める。 どう見ても女だ。顔立ちも体つきも女だ。 敬史郎に視線を戻して、 「え?」 「……男でもない」 敬史郎が言う。 「女でも男でもない。人工妖怪の葉月は、明確な性別を持っていない。性格と今の容姿を作ったのは、自衛隊人外対策部門の研究者たちと唐草家の人間だ」 「唐草って、守護十家の……砲撃の唐草か? 自衛隊人外対策部門って」 「取り込み中すみません」 白鋼が声を上げた。 「白鋼!」 銀歌は白鋼に向き直る。敬史郎と葉月の空気に呑まれて、本気で忘れかけていた。白鋼の元に詰め寄りながら、声を荒げる。 「お前、自分の身体があたしの身体だってことに自覚を持て! それに、あたしの身体が若い美人だってことにもな!」 「この身体は僕のものですよ」 自分の左手を眺めながら、穏やかに笑う。懐から取り出した紙で手の傷を拭いてから、ぽんぽんと銀歌の頭を叩いた。 「君には新しい身体をあげたじゃないですか。それで我慢してください」 「こんな仔狐の身体で納得出来るか!」 白鋼の手を払いのけて、銀歌は叫ぶ。 背も低く、身体も小さく、力も弱く、妖力も月並み。身体の影響で性格まで子供のようになってしまっている。しかも、巫女装束を着せられ、赤い首輪を嵌められ。 「あたしはオモチャじゃない!」 「そう言われましてもね」 困ったように頭をかいてから、白鋼は顔をしかめた。銀歌の言葉に不快感を覚えた、というわけではない。わずかに身体を屈め、右手でわき腹を押さえる。 「どうした? 腹でも痛いのか?」 「……傷口が開きました」 呻いて、右手を差し出す。 手には赤い血がついていた。量はさほど多くないが、本物の血である。作り物の血糊ではない。錆びた鉄のような匂いが鼻をついた。 着物の右脇腹に赤い染みが出来ている。染みはじわじわと大きくなっていた。 「御館様、大丈夫ですか!」 慌てて葉月が駆け寄ってくる。 敬史郎が呆れたように呟いた。 「退院直後に無理をするからだ」 「その程度の傷なら、術で治せるだろ」 指摘する銀歌に、白鋼は苦笑を見せる。 「普通の傷ならそうなんですけどね。この傷は普通じゃないんですよ。マガツカミの力でつけられたものですから、特殊な治療が必要なんです。葉月、敬史郎くん。申し訳ありませんが、道場の修理をお願いします」 「何か食わせろよ」 「分かりましたー」 二人の返事を聞いてから、道場の入り口の方へ歩いていった。 道場を出る前に振り返ってくる。 「銀歌くん。しばらくしたら僕の部屋に来てください。君に話しておきたいことがありますので。入室は許可します」 |