Index Top 第2話 白鋼、出掛ける

第5章 白鋼とは


 うどんの大盛りに、山菜となめこと大根おろしと刻み葱が山盛りになっている。さらに、刻み海苔と半熟卵と揚げ玉とわかめが盛り付けられていた。
 隣には、普通のきつねうどん。あと漬物、水と氷の入ったコップふたつ。
 自分の昼食はさておいて、銀歌は具の山盛りなうどんを見つめた。
「何だ……これ?」
「山盛りうどん。俺の好物」
 椅子に座り、用意してあった七味唐辛子を一振りする。
 箸で何度か混ぜた後、豪快にすすり始めた。
「食い方間違ってないか?」
 呆れながら、銀歌は敬史郎の向かいの席に座る。隣に座るのは、気が進まなかった。どんぶりと箸を引き寄せてから、うどんを口に入れる。
「ところで、敬史郎」
「先生と呼べ」
 うどんをくわえたまま顔を上げ、敬史郎が答えた。
「……食ってから喋れ。行儀が悪い」
 銀歌は唸る。
 敬史郎はうどんを全部飲み込んでから、
「何だ?」
「白鋼はお前の友達なんだろ? あいつのこと教えろ」
「俺から情報を聞き出すつもりか? 白鋼を倒すために」
 一度箸をとめて、つゆを飲む。口調も表情も変わっていない。敬史郎にとっては、それほど重要なことではないのだろう。
「そうだが、文句あるか?」
「文句はない。どのみち、お前に勝ち目はないからな」
 箸を銀歌に向ける。
 銀歌は心の中で笑った。予想通りである。下手に回りくどい言い方をしていては、敬史郎は答えなかった。しかし、真正面から尋ねれば――答える。
 敬史郎は続けた。
「想像はつく。お前、白鋼が元は人間でないかと考えているだろう?」
「ああ。人間だろ? 違うのか」
 白鋼を見ていると、どうも人間のように思える。人間に似た妖怪は多いが、人間とは決定的な何かが違うのだ。しかし、白鋼はその何かの違いが感じられない。
「実を言うと俺も知らない」
「使えん」
「白鋼は二千五百歳を超えているらしい。自分が元は人間だったのか、それとも妖怪として生まれたのかも覚えていないそうだ」
 箸を回しながら、告げてくる。
「それは、嘘だろ」
 銀歌は苦笑した。西長と東長が、およそ千五百歳。それを超える年齢となれば、天照や月詠、須佐乃袁など一級位の神か、九尾狐や八岐大蛇などの大妖くらいだろう。妖怪や神でも、千年以上生きることは難しい。ましてや二千年。作り話にしか聞こえない。
「白鋼がそう言っているのだから本当なのだろう。どちらにしろ、白鋼は『人間の力』に興味を持っている。だから人間臭い」
「何だ、それ?」
「曰く――妖怪や神を作るのは人間です。そして、本当の意味で僕たちを殺せるのも、人間だけです。僕はその力に興味があります」
 人差し指を立てて、白鋼のように喋ってみせた。似ているような、似ていないような、微妙な物真似である。
 銀歌は腕組みをし、尻尾を左右に動かした。
 妖怪や神は人間が作る。知っている者は少ないが、事実だ。最近の例では、人面犬や口裂け女など。妖怪が人間に似ているのも、そのせいである。そして、妖怪は死ぬことはない。これも一応事実だ。死んでも、姿を変えて別の妖怪として生まれ変わる。記憶や人格はほとんど消えてしまうので、実質的な死とも言えた。退魔師と呼ばれる人間は、妖怪を殺し、消滅させることが出来る。
「何がしたいんだ、あいつ?」
 妖怪が人間の力を求める。普通ならばありえない。妖怪は他者に頼らず、自分の力を求めるものだ。他者の力を求めることは、自分の否定となりかねない。なぜ人間の力を必要とするのか理解出来ない。
 敬史郎はうどんの汁を飲み干してから、
「白鋼は『理』を求めている。その過程で人間の力が必要らしい」
「ことわり?」
「この世の仕組みだそうだ」
 断言して、どんぶりを横に突き出す。
 それを葉月が受け取った。新しいうどんを用意している。
「理を理解した者は、世界そのものを自在に書き換えることが出来る。思ったこと願ったこと望んだこと、何でも出来るようになる。常識や物理法則、因果や過程、一切を無視して。術の究極系と言うところだ」
「ホントかよ……」
 あまりの飛躍しすぎた話に、銀歌は失笑を漏らした。全知全能。妖怪でも神でも、人間でも、実現することは不可能である。正気の沙汰とは思えない。
 敬史郎は箸で漬物をつまみ、口に入れた。
「実際、老化を完全に止める。銃器を使っても妖力が落ちない。妖怪なら触ることすら出来ない破魔刀を平然と使う。因果を無視した転生の術を作り出し、実行する。他にも思い当たる節はある。何か掴んでいるのだろう」
「何がしたいんだよ……」
「曰く――僕の最終目的はこの世の真理を掴むことです。あと三千年ほどかかるでしょうが、僕はやり遂げますよ。だそうだ」
「狂ってるのか?」
 思ったことを口にする。
「俺もそう思ったことを正直に白状しておこう。ただ、この話をした時は酒を飲んでいたので、どこまで本気かは不明だ」
「酒……? 白鋼って酒飲まないとか言ってなかったか?」
 盛り付けをしている葉月に声をかける。盛り付けといっても、用意してある大根おろしや山菜を乗せているだけだが。
「御館様はこの屋敷でお酒を飲むことはないよ。でも、外じゃ時々飲んでるみたい」
「あたしにも酒飲ませろ」
 ここに着てから酒を飲んでいない。神酒は飲んだが、高級すぎるものはどうも口に合わない。出来れば普通の酒が飲みたかった。無論、無水アルコールなどといった劇物ではなく、ごく普通の酒である。
「無理だ」
 敬史郎が言った。
 盛り付けの終わったうどんが目の前に置かれる。やはり山盛りの具が乗せられた、間違ったうどん。箸で一度かき混ぜてから、豪快にすすった。
「銀歌は酒が飲めない。その身体は酒を受け付けない。一口飲んだだけで悪酔いして動けなくなる。そう作ってある」
「何で分かるんだよ」
「俺がそう作るよう指示したからだ」
 箸が手から滑り落ちる。

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