Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢 |
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第10章 白刃の華が咲く |
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「ぬおおおおお!」 雄叫びとともに、胸を貫いた刃を引き抜くアルフレッド。 その身体は満身創痍だった。全身を斬られ、突かれ、抉られ、噛まれ、引っかかれ、血塗れの有様である。夢の中のアルフレッドは桁違いに頑丈だが、桜花の攻撃はそれを貫くほどに強力だった。 「くそっ、負けるかヨ!」 掴んでいた刃を横に投げ捨て、アルフレッドが両拳を構える。全身から血を流しながら、半ばヤケクソな闘志を燃やしていた。 やたらと広い駐車場。アスファルトは砕かれても、いつの間にか直っている。 「死ぬまで抵抗してくださいね。降参なんて認めませんよ?」 殺意の灯った瞳でアルフレッドを睨み、桜花は釘を刺す。 全身から刃物を生やした巨大な狐。全身の刃物を操る攻撃は、凄まじいの一言だった。それだけでなく、鋭利な牙による噛み付きや、爪による引き裂きも、アルフレッドに大きなダメージを与えている。 その様子を眺めながら、浩介はただ身を震わせる。 「桜花さん、本当に容赦ない……」 「オレたち完全にカヤの外ですよねー」 飛影が両手を下ろしたまま、呻いていた。 死闘を繰り広げる桜花とアルフレッド。正確には、桜花が一方的にアルフレッドを攻撃している。桜花が宣言した通りの、一方的な虐殺だった。夢なので死んではいないが、これが現実ならばアルフレッドは数十回は死んでいるだろう。 浩介と飛影は巻き添えにならない位置から、他人事のように観戦していた。 アルフレッドが口元の血を手の甲でぬぐい、 「チクショウめ。このままじゃ、マジで負けるヨ」 「弱音吐いてる暇があったら掛かって来なさい!」 桜花が右前足で挑発する。 「こうなったらトッテオキの手札切るぜ、オバハン!」 口元を引き締め、アルフレッドが跳んだ。赤いマントを翻し、空へと飛翔する。その格好のためか、空を飛べるらしい。 しかし、空を飛べても、桜花が相手ではあまり意味が無いようだった。 「そうですね。そろそろ終わりにしましょうか。次の段階へと進むようですし」 地面を蹴って桜花が跳び上がる。四つ足の獣の跳躍力は、人型の比ではない。飛翔の術を用いて、アルフレッドを追いかける。 展開される術式。桜花の身体が法力の輝きを帯びた。 「うあ」 飛影の驚きの声を漏らす。 桜花の身体から生えていた十数本の刃が、一気に伸びた。一度花火のように周囲に広がり、一転して全ての切先がアルフレッドへと向かう。さらに刀身が途中で何度も分裂し、百本近い刺突の奔流と化した。 おそらく、今までで最大の攻撃である。 襲い来る白刃の奔流に、アルフレッドが青い目を見開いた。 『Let's 覚醒ッ! リミッター解除ォォ! ファイナル・ベルセルク・モード!』 高々と英語で叫ぶと同時、その身体を金色の光が包み込む。力任せに突き出した拳が、押し寄せる刃を砕いた。折れた白刃と金色の粒子が空中に散らばる。 「オオオオオオオオオ――ッ!」 アルフレッドの両拳の連打が、押し寄せる刃を枯れ枝のように叩き折った。さながら拳の壁を作るような超高速連打。刃が砕ける澄んだ金属音が辺りに響き渡る。 刃を砕きながら、アルフレッドが桜花へと肉薄した。 鉄骨が激突したような爆音が轟く。 「桜花さん!」 浩介が叫んだ時には、遅かった。 アルフレッドの振り抜いた拳が、頬にめり込む。桜花の瞳に映る驚き。次の瞬間には、桜花が地面に激突していた。アスファルトが陥没し、土煙が舞い上がる。 そのパンチの威力は、今までとは明らかに違った。殴られても蹴られても平然としていた桜花だというのに、今の一撃は効いている。 「どうよ、オバハン! 主人公はピンチで覚醒するもんだゼ!」 空中に留まったまま、アルフレッドが腕組みして口端を持ち上げた。小さな稲妻を伴い、身体を包んでいる金色のオーラ。原理は不明だが、力が覚醒したらしい。 荒い呼吸を繰り返しながら右手を持ち上げ、勢いよく桜花を指差して見せる。 「さあ、ここから怒濤の反撃だ! 今までの分は全部利息付けて返すゼィ!」 「残念ながら、それは出来ません。ひとが律儀に能力を教えてあげたというのに……」 だが、桜花が立ち上がった。すたすたと穴から歩き出し、口の血を横に吐き捨てる。派手に殴られたが、それほど大きなダメージがあるわけではないようだった。 空中に浮かぶアルフレッドを見上げ、落ち着いた口調で続ける。 「わたくしは破魔刀桜花。伸縮の最大瞬間速度は秒速二キロ、折れた刀身もある程度自由に操れる――そして、言い訳の余地なく叩き潰す、と!」 「!」 アルフレッドが目を向けたのは、空と地面。 さきほど殴り折った刃の破片が、飛び散っている。地面を見ると、何本もの刃が刺さっていた。上空と地上に散らばっている刀身の破片。十や二十といった数ではない。それらの破片が、切先をアルフレッドへと向ける。 「まさか……」 桜花のやろうとしている攻撃を察し、飛影が怯えていた。 浩介は何も言わぬまま、尻尾を竦める。地面や空中にある刀の破片から、白い法力の輝きが生まれていた。この時のために、あらかじめ大量の法力を込めていたらしい。刃を折られたのも意図的だろう。 ぱんと両手を打ち合わせ、アルフレッドが頭を下げる。 「おねーさん、それはちょっと待ってプリーズ」 「問答無用、死ね」 桜花の宣言とともに。 散っていた破片が伸びた。 「Oh my Go……」 頭に、顔に、肩に、胸に、腕に、腹に、足に――銀色の刃が突き刺さる。 数百の――いや、千を越えるかもしれない膨大な数の切先。前後左右上下、あらゆる方向から超音速でアルフレッドへと襲いかかる。逃げる隙間も無く、防御する余裕もない。それは刀の突きではなく、機関砲の砲撃だった。 雷鳴のような爆音とともに、空中に浮かぶ巨大な銀色の華。 無数の刃に埋もれ、アルフレッドが掻き消える。 そして、刀身が消えた。銀色の華が淡い粒子となって空中に散る。残った法力を高速伸張で使い切り、刀身が消滅したようだった。 刃が消えた後に、アルフレッドの姿は無い。肉片ひとつ残らず消えている。 「おしまいです」 大狐の姿から人の姿に戻り、桜花が刀を鞘に収めた。浩介と飛影に微笑みかける。残心すら行わない態度。それは油断ではなく、絶対に倒したという余裕なのだろう。 「………」 浩介と飛影は、黙ってその姿を眺めるしかなかった。 桜花は刀を抱え、ため息ひとつつく。アルフレッドが浮かんでいた辺りを眺め、眉を少し傾ける。心残りがあるようだった。 「本人を殺せないのが残念ですけど、これで少しは反省したでしょう」 「殺したかったんですか?」 思わず尋ねると、桜花はにっこりと笑った。 「ええ」 それが本気か冗談かは分からない。 浩介は深く考えぬまま、横を向いた。頭に手を乗せ、狐耳を伏せる。自分がどうすればいいのか分からない。余計な事はせずに、流れに身を任せるのが無難だろう。 「とりあえず一人片付けましたし、残りも何とかしましょうか?」 「残りとは誰でしょうか?」 飛影の問いに、桜花が答えた。 「リリルさんと戦っている佐々木綾姫さん、結奈さんとカルミアさんが戦っている小森一樹さん。慎一さんは鬼門寺智也さんの方に向かっていますね」 「ヒメさんはともかく、小森までいるのか……」 予想外の名前に浩介は額を押さえた。 普段は大人しいが、真面目な人間ほど内面は危ないという俗説の見本。計算とギャンブルの鬼であり、慢研の部員の中で唯一結奈が警戒している相手である。 「まずは、リリルさんですね。綾姫さんを倒す作戦は――」 無数の星の輝く夜空。真下には広い砂浜と、波の無い海が見える。絵のように美しい風景。それは夢という作り物だからこそ可能な風景だった。 戦闘中では風景を眺める暇も無い。 「Moment Accel――」 視界が白く染まった。コンマ数秒だけ、超音速で移動する加速魔法。その速度から、リリルは両手で構えた魔剣を縦に振り抜く。炎を纏った真紅の刃が、綾姫の大鎌を切断。刃と柄を斬ってから、さらに脳天から股間まで、きれいに真っ二つに斬り捨てた。 鎌を頭上に振り上げたまま、呆気に取られたように瞬きする綾姫。 「Burn Tower!」 傷口に残った炎が火柱となって、左右に分かれた綾姫の身体を呑み込む。熱風が吹き抜け、夜空に赤い炎が散った。生身の人間なら、終わりである。 リリルは剣を引き、翼を動かし後退した。 「エンジェル・リヴァイバー!」 綾姫の身体から炎が消える。それだけではない。縦に切断された傷口がきれいに張り付いていた。傷口も火傷跡もなく、元に戻っている。切断されたはずの大鎌も、修復されていた。術などではなく、純粋に"直って"いる。 「うーん、さすが悪魔っ娘。強いねー」 「ここまでやっても駄目か。斬っても焼いても復活って、ソーマの婆さんみたいだな」 歯を噛み締め、リリルは眉を寄せた。 本人がダメージを無視しているため、一切の攻撃が通じないのである。しかも、かけ声ひとつで元通り。その無痛覚さと超再生力は、草眞を彷彿とさせる。夢の具現体であるための不条理だろう。 長い黒髪を一振りし、綾姫が大鎌を構えた。 「でも、負けないわよ。エンジェ――」 ドッ。 みぞおちに細い刃が突き刺さる。 「何だ……?」 斜め下から伸びてきた刃物。それが刀だと理解した時には、綾姫が遙か彼方に吹っ飛んでいた。凄まじい速度で伸びた刀が、一瞬にして綾姫を夜空の星に変える。 そして、刀が縮んだ。伸びた時と同様、凄まじい速度で。 峰へと鈎爪状に折れ曲がり、リリルの身体を引っかけて。 |