Index Top 第7話 臨海合宿

第14章 輝け、一発芸!


 梅の間という名前の十畳間。
 大きめの座卓をコの字にならべて、合宿メンバーは夕食を取っていた。卓の上に並べられたのは、魚料理を中心とした大量の食材である。その料理はおよそ半分以下まで減っていた。大学生が本気で食事をすれば、並の量では足りないだろう。
「久しぶりに気が済むまで食べた気がする」
 慎一はコップ一杯の麦茶を一気に飲み干した。ホテルの名前が記された夏用の半袖浴衣を着ている。湯上がりの暑い身体に、風通しのいい浴衣が心地よい。
「海の幸はいいですね。これ、どうやって作るでしょう? 普通のつみれとはなんだか作り方が違うようですし、隠し味も珍しいもの使っているようですし」
 烏の姿のまま黒い翼を手のように動かし、飛影が魚のつみれを箸で摘んでいた。クチバシでつみれをつつきながら、神妙な口調で唸っている。
 結奈の話では、元々普通の烏だったが、いつの間にか翼を手のように使えるようになっていたらしい。完全な定型を持たない神や妖怪には、時々あることだった。
「結奈のところにいるせいかな? 思考が老けてる……」
 首をひねる飛影から目を離し、慎一は正面に目を向けた。
 部屋に響く音楽。独特の旋律を持つ妖しげな音楽である。小さなステージの上では、一樹が手品を披露していた。浴衣姿のまま黒いシルクハットをかぶっている。そこはかとなく滑稽な姿であるが、妙に似合ってもいた。
「ここに用意されたカード」
 と、普通のものよりも二回りほど大きなトランプを持ち上げる。それを恐ろしく慣れた動きで、扇状に広げて見せた。スペード、ハート、ダイヤ、クラブ各十三枚にジョーカーが二枚。合計五十四枚。標準的なトランプだった。
 広げたトランプを閉じ、小気味いい音とともにシャッフルする。
「カズキさん上手いですね。本物の奇術師みたいです」
 緑色の瞳をきらめかせながら、カルミアがその動きに見入っていた。コップにオレンジジュースを注ぎながら、リリルもじっとその動きを見つめている。カルミアは普段着ている白い寝間着姿で、リリルは子供用浴衣に猫耳帽子をかぶっていた。
 飛影を含めた人外組は、慎一の隣に着いている。カルミアはテーブルに直接座って、飛影はテーブルの上に乗っていた。
「あの細いのは、趣味が手品だっけか? そんなことをコースケが言ってたけど。趣味って言う割には手慣れすぎてる気もするな」
 オレンジジュースを飲みながら、リリルが感想を口にする。
 一樹は切り終わったトランプをテーブルに置いた。普通に考えるなら、順番はばらばらだろう。ただ、シャッフルである程度規則的な並びにすることは可能らしい。
「では、部長。好きなカードをどうぞ」
 そう振られ、智也は静かに答えた。ウーロン茶を一口飲んでから、
「XXI.THE WORLD」
「それ、大アルカナです……」
「冗談だ。ハートのジャック」
 左手を持ち上げ、静かに答える。
「では……」
 一樹は一番上のカードを引き、全員に見えるように持ち上げた。それは、ハートのJだった。智也が口にしたカードを見事に引き当てている。
 全員が微かな感嘆の息を漏らした。
「じゃ次、書記ヒメさん」
「うーん、スペードのA」
 一樹が一番上のカードを持ち上げると、見事にスペードのAである。ただ、一番上のカードを手に取っているだけ。だが、言われたカードを正確に出している。
 仕掛けを見極めようと、全員が凝視する中、一樹は手品を続けていく。
「次、日暈」
「ん。僕か……。ジョーカーの白黒の方」
 少し捻りを加えてみるが、一樹は平然と白黒ジョーカーをめくって見せた。見た限り、普通に一番上のカードを手に取っている。すり替えなどを行っている様子は無い。
「じゃ、樫切」
「ダイヤの3でどうだ?」
 そして、一樹がダイヤの3を出す。
 部員全員にカードを尋ね、一樹が言われたカードを引く。山の中から選んでいるのではなく、一番上に置いてあるカードを。まるで、誰が何の数字を言うかをあらかじめ知っていたように、カードを見せる。
 そうして二十枚ほど捲った辺りで終わりのようだった。
 カードをまとめてから、一樹はシルクハットを取って一礼する。
「以上です。ありがとうございました」
 ぱちぱちと全員から拍手がわき起こる。慎一もじっと見ていたが、結局その仕掛けは分からなかった。素人とは思えない手並みである。
「趣味ってレベルじゃねーぞ、今の」
 コップに残ったオレンジジュースを一気飲みし、リリルが拗ねたように呟いていた。必死にトリックを見破ろうとしていたが、結局分からなかったらしい。
 一樹が手提げ袋にカードをしまい、席に戻ってくる。
 慎一のふたつ左隣で、浩介のひとつ左隣。
「今のどういう仕掛けなんだ?」
「どんな簡単なものでも、手品の仕掛けは秘密が基本だよ。裏とかから見れば分かるかもしれないけど、そういうのは反則行為だ」
 好奇心に満ちた浩介の問いに、一樹は眼鏡を動かし静かにそう答えた。それは当然の意見だろうが、それでも仕掛けは気になってしまう。
「次、誰かやってみるか?」
 と、智也が声を上げる。宴会芸は自由参加だった。といっても、小道具を用意してきたのは一樹だけらしい。参加者がいなければ、次のイベントに進むようだが。
「んじゃ、僕がやってみるか」
 そう宣言してから、慎一はその場に立ち上がる。同時に、全員から驚きの視線が飛んできた。立候補したことが意外だったのだろう。
「あんたがやるなんて珍しいこともあるものねー」
 コップの日本酒を煽ってから、結奈が言ってくる。皮肉でも何でもなく、単純に思ったことを口に出しているようだった。傍らに転がる空の一升瓶。
「たまにはこういうのもいいかなと思って」
 そう答えながら、慎一は畳の上を歩き、ステージに移動する。あらかじめ置いてあるテーブルの前で立ち止まった。両手をほぐすように動かしてから、
「結奈、空の一升瓶貸してくれ」
「ほい」
 傍らに落ちていた空の一升瓶を、結奈が無造作に放り投げてくる。
 回転しながら飛んできた瓶を右手で受け止め、慎一はそれをテーブルに乗せた。文字通り空の一升瓶。茶色いガラス瓶で、中身は既に結奈の腹の中にある。
「じゃ、本当に種も仕掛けもない瓶斬りやります」
「え――?」
 数人の呟きとともに、空気が硬くなる。
 瓶切り。宴会芸の一種で、割れるように細工したビール瓶の口部分を手刀で切り飛ばすもの。空手のパフォーマンスとしても存在するが、そちらもある程度仕掛けがある。しかし、宴会芸に比べるとかなり高い技術が必要だった。
「ガラス斬りは久しぶりだな。腕鈍ってないといいんだけど……」
 独りごちてから、慎一は右手を横に構えた。腕が水のようになるようなイメージで力を抜きながら、中指の先端に力を集める。そして、腕を横に一閃。
 ピッ――
 微かな音とともに、瓶の口が宙を舞い、床に落ちる。切断面はガラスカッターで切ったようなきれいな断面を見せていた。普通の瓶切りではこのようにはならない。
「本当に斬ってるし……」
 冷や汗を流しながら、凉子が一升瓶を見つめている。
 慎一は再び右腕を閃かせた。左から右へと。腕を振り抜く瞬間に、瓶に絡ませるように手を動かす。常人の動体視力では捉えることも難しい超高速の動き。手足の一撃で対象を斬る日暈流体術・肢刃の応用だった。斬るというより、ガラス表面に超高速で衝撃集中点を走らせ、割っていると表現する方が正しいかもしれない。
 再び輪切りにされた瓶が床に落ちる。
 続いて左手を一閃。そして、瓶の輪切りが落ちた。
 慎一は立て続けに左右に腕を振り抜き、切断を繰り返す。高さ約四十センチの一升瓶を、底面から十五センチ程度を残すまでに。床に落ちた大小十七のガラスの輪。横に張られたラベルも難なく斬っていた。
「これで終わりだ……。上手く行ってくれよ」
 少し強めに息を吸い、右手の手刀を残ったビンへと垂直に叩き付ける。
 乾いた音とともに、ビンが縦一直線に割れた。衝撃を直線で打ち込むことで対象を縦に割り斬る日暈流体術・割打。さらに、親指を除く八指を広げた両手を閃かせる。
 半円状に切られたガラスが二十個、テーブルの上に散らばった。
 全員が見つめる中、慎一は一礼する。
「以上です」
 だが、拍手などは無い。あまりに無茶な芸を見せられて、全員が呆然となっていた。騒ぎそうなアルフレッドや綾姫も、無言のまま斬られた瓶を見つめている。
 テーブルに頬杖をついたまま、結奈が新たな一升瓶をラッパ飲みした。
「やり過ぎよ、あんた。もう少し普通のことやりなさい……」

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