Index Top 第7話 臨海合宿 |
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第6章 スイカ割り |
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目隠しをしたアルフレッドが、櫂木刀を大上段に振り上げた。攻撃に特化された示現流の構えに似ている。それを真似たものだろう。分厚い装甲のような筋肉が引き締まった。軋む音が聞こえてきそうなほどに。 「チェストォォォ!」 豪快な気合いの声とともに振り下ろされる木刀。 鈍い衝撃音とともに、切先が砂に激突する。砂粒が辺りに飛び散った。砂浜には直径五十センチほどのクレーターができている。人間業ではなかった。 目隠しを取り、アルフレッドが舌打ちをする。 「チィ、外したカッ!」 明後日の方向に置かれているスイカ。 「お前は凄まじい馬鹿力だな。木刀折れるかと思ったよ」 その様子を眺めながら、智也が笑っていた。他の慢研部員も慣れた様子でそれを見つめている。それに混じって凉子も楽しそうにしていた。 「外して良かったですよ、副部長……。あんな馬鹿力で叩き付けたらスイカ砕けちゃいますって。砕けたスイカはさすがに食べたくないですよ」 苦笑いとともに告げる一樹。細い左腕をぱたぱたと振っている。その右手に割れたスイカが握られていた。最初に凉子が割った一個目のスイカである。 「何を甘いこと言っているだよ、小森クン。Over Killこそ男のロマンですYo!」 「スイカ相手にオーバーキルしないで下さい」 右手を動かしながら、浩介がツッコミを入れる。全員水着の所を一人だけ、普段着であるが、それを気にする者もいない。 「何だかなぁ」 スイカを囓りながら、慎一は眉間を押さえた。この空気にはついて行けない。 慎一、カルミア、リリル、飛影の四人は、少し離れた所でその様子を眺めている。部外者だから謙遜しているというわけでもない。部員たちのノリに馴染めないというのが本音だった。凉子は馴染んでいるようだったが。 傍らに浮かんだカルミアが、緑色の瞳を丸くしていた。 「アルフレッドさん、凄いですね。人間とは思えませんよ」 「いや。人間じゃないだろ、アレ……。どうやったら生身であんな怪力作れるんだ?」 アルフレッドを指差しながら、リリルが赤い前髪を掻き上げている。投遣りに動いている尻尾。既に人間ではない生き物と認識しているようだった。 「プロテイン摂取と過剰なトレーニングじゃないですかね? ……多分」 砂に刺した長い木の枝に留まったまま、飛影が推論を述べている。答えも大体そんなところだろうが、何にしろ無茶な鍛え方をしているようだった。 綾姫が白い日傘を回しながら、笑顔で告げている。 「でも、今の一撃当てられなくて残念だったねー。スイカ粉砕してたら、全部アルフに食べさせる予定だったのに。砂混じりの飛び散った身から皮まで全部」 「皮なんか食うカヨ、てか砂混じりのスイカなんか食わねーヨ! ヒメは鬼かよ!」 綾姫を指差し、声を張り上げるアルフ。 「さらっと凄いこと言いますね、ヒメさん……」 冷や汗を流しながら、凉子が綾姫を見つめる。不安げに動く猫耳と尻尾。今は術で消しているが、その動きが容易に想像できた。 「姉ちゃんがあの人には勝てないって時々言ってるんですけど、今ならその理由が分かります。あの言葉絶対本気ですよね……」 飛影が戦いたように首を振っている。 「ああ……。本気だな」 綾姫の口調と表情。冗談を言っているようには見えなかった。十割本気だろう。アルフレッドがスイカを砕いていたら、スイカの汁を砂ごと食べさせていた。実行方法は不明だが、それを実行してしまうという凄みが見られる。 「それにしても」 慎一は周囲に目を向けた。 浜辺の端っこの方なので、多少騒いでも他人に迷惑になることはない。さすがにいかにも怪しい面子のためか、時々奇異の視線も飛んでくる。だが、それを気にしている繊細な神経の持ち主もいないようだった。 「こういう大勢でわいわいがやがやってのは苦手だ……」 スイカの皮をぽりぽりと囓りながら、首を左右に動かす。少人数で楽しむことはできるのだが、人数が増えると自然と中心から離れた場所に移ってしまう。血筋的な性格なのだろう。日暈一族にはそういう人間が多かった。 カルミアが不思議そうに見つめてくる。 「シンイチさん、スイカの皮って食べられるんですか?」 「スイカの皮の漬け物と言うのは聞いたことありますよ。一口サイズに切ってから、硬い皮を剥いてから塩漬けにしたものです」 左の翼を広げて、飛影が説明した。普段から結奈の身の回りの世話をしているだけあり、家事全般には詳しいようだった。 「そうなんですか」 両手で杖を握り、カルミアが納得したように頷いている。 その流れにリリルが割って入った。 「待て待て、お前ら。その説明で納得するな。スイカの皮は生じゃ食えないから。普通は食わないし、お前も普通に食うな」 と、慎一の持っているスイカの皮を指差す。 慎一はぽりぽりと皮を囓りながら、 「子供の頃に出来心で食べてから、癖になった」 「いや、それも変だろ」 戦くように首を振るリリル。 そうしているうちに、スイカ割りは進んでいた。 「さて、次はあたしの番ね」 木刀を持った結奈が、胸を張って不敵に微笑んでいた。関節を解すように首と肩を動かす。ポニーテイルの黒髪が左右に揺れていた。 右手だけで木刀を何度か素振りして、重心を確かめる。凉子が持っていた白いはちまきを受け取り、左手だけで器用に目隠しをした。 「頑張って、結奈」 凉子の声に親指を立てて答える。 「じゃあ、十五回回ってー」 「オッケイ」 綾姫の言葉に答えてから、結奈はその場でくるくると勢いよく回り始めた。その間に周りにいる人間が立っている位置を変える。声で自分の向いている方向を分からなくするためらしい。もっとも、この程度で目を回すような鍛え方はしていないはずだ。 事実、十五回回っても足下は全くふらついていない。 「行くわよー!」 元気よく叫び、走り出す。 一直線に走る先には、スイカが置いてあった。立っていた場所からの距離は二十メートルほど。日頃の訓練のおかげだろう。平衡を失うこともなく、スイカの位置も見失っていない。これで足下がふらつくならば、鍛錬不足と断言できる。 スイカの三メートル手前で、結奈が砂を蹴った。高々と舞い上がりながら。 「龍巻閃・嵐ッ!」 空中で縦に回転しながら木刀をスイカに叩き付ける。 が。 「へぶ――!」 切先は空を切り、結奈は頭から砂浜に突っ込んだ。空中で一回転しつつ、スイカを叩き割り、スイカの前へと着地する予定だったのだろう。しかし、あえなく失敗して頭から砂に落下した。傍目にはそう見えたはずである。 そして、慎一に向かって飛んでくるすっぽ抜けた木刀。 「慎一!」 「慎一さん!」 浩介と智也、飛影が同時に声を上げる。 だが、その時は慎一は飛んできた木刀を受け止めていた。右手を持ち上げ、柄の辺りを握り締める。その気になれば、矢でも受け止められる動体視力と反射神経を持っているのだ。飛んできた木刀を受け止めるくらいは造作もない。 「あー。カッコ好く決めようとしたのにー」 砂浜に仰向けに倒れたまま、結奈がわざとらしい声を上げている。倒れる瞬間に器用に受け身を取っていたのは一目瞭然。最初からこれが目的だったのだろう。 慎一は優しく微笑み、 「結奈、いまのワザとだろ?」 「あぁら、何を言っているのかしら、慎一さんは。さっきのお返しだな〜んて、これっぽっちも思っていませんことよ。おほほほ」 その場に立ち上がり、結奈は手の甲を口に当てて棒読み口調で笑ってみせる。左手で身体に張り付いた砂粒を払っていた。 「そのケンカ、買った。金は払わん」 慎一は木刀を砂に突き立て、静かに告げた。 結奈がおもむろに右手を持ち上げる。その手に握られた一降りの包丁。刃渡り三十五センチのスイカ切り包丁だった。蟲を使って砂中を移動させたのだろう。 「せっかくだし、相手してあげるわよ、慎一。あんたはこういう血なまぐさい方が楽しめるみたいだしね。あたしの得物が包丁なのは、ハンデでいいかしら?」 不敵に微笑みながら、包丁を構える。両腕を上下に開き片足を上げた、インチキ中国拳法のような構え。形はインチキだが、一応基本に忠実な重心配分である。 「みんなどっちが勝つと思う?」 結奈が慢研部員たちに視線を飛ばした。 「慎一が素手ならともかく、木刀持ちじゃ勝ち目無い」 「日暈くんだねぇ。結奈じゃ力不足だよ」 「ユイナがシンイチくんに勝てるわけないでショウ」 「相手が慎一じゃ、勝てる見込みもないと思うぞ。そういう家系だし」 「ケガする前に止めておいた方がいいよ……」 「負けそうになっても加勢はしないけど、頑張ってね!」 次々と言ってくる。その言葉に誰一人として迷いは無い。 そちらに包丁を向けながら、結奈が叫ぶ。 「あたしが勝つって言うヤツが、一人くらいいてもいいんじゃない!」 慎一は何も言わぬままこめかみを押さえた。 |