Index Top 第4話 オカ研合宿

第5話 彰人いなくなる


 ぱちと目を開ける。
 慎一は身体を起こして、周囲を見つめた。
 八畳の和室に、慎一を含めた四人の男が寝ている。時計を見ると、夜中の二時半だった。一晩中起きているつもりだったが、寝てしまったようである。着ているものは、シャツとジャージで、普段寝る時と同じ服装。
 音もなく布団から出た。
 枕元に置いた着替えの上で、カルミアがハンカチにくるまってる。寝る前はやたら熱心に部員たちの猥談に聞き入っていた。
 さておき。
「嫌な予感がする」
 慎一は部屋を横切り、戸を開けて表の廊下に出る。
 ガラス戸の向こうに見えるテント。明かりはない。鍵を開け、サンダルを履いて外に出る。テントの傍らに移動し、中を覗き込んだ。
 空っぽの寝袋。
 辺りを見回してみても、彰人の姿はない。
「飛影、いるか?」
「あぅ?」
 縁の下から飛影が出てきた。カラスの姿である。就寝前に結奈が監視を命じたのだが、案の定眠ってしまったらしい。眠そうに訊いてきた。
「慎一さん……どうしました?」
「彰人さんがいない」
「え!」
 驚く飛影に、慎一は続けて言う。
「探してくれ」
「分かりました」
 答えるなり、翼を広げて飛び上がった。
 慎一は廊下に上がり和室に移動する。隠行の術を使い、音も立てずに布団に戻った。寝直すわけではない。これから動かなくてはならない。
 着替えの上で寝ているカルミアを指でつつく。
「起きろ、カルミア」
「んん……。シンイチさん? 何ですかぁ?」
「彰人さんがいなくなってる」
 寝ぼけ眼を向けてくるカルミアに告げる。
「え……?」
 驚いたように身体を起こすカルミア。
 慎一はその身体を左手で掴み上げ、近くにおいてあった三角帽子をかぶせた。まだ何が起こったのか理解出来ていないようだが、悠長に説明する気はない。杖を拾い上げて手に持たせてから、襖を開けて隣の部屋に移動する。
 男部屋と変わらぬ八畳の和室。寝ているのは、女四人。
「すごい寝相だな……」
 呻きつつ、結奈の枕元に屈み込んだ。毛布を蹴り飛ばして両手両足を放り出している。寝相が悪い。着ているのは、クマ模様のパジャマ。涎を垂らして、幸せそうに口元を緩めていた。ポニーテイルの髪はほどいている。
 慎一は強めに頬を叩き、小さく声をかけた。
「起きろ、結奈。彰人さんがいない」
 しかし、結奈は手を払いのけて寝返りを打つ。起きる気はないらしい。
 頬を指で摘み、捻りあげた。
「うぅー」
 嫌そうな顔で呻き声を漏らすだけで、やはり起きない。起床を拒否するように身体を丸める。ここまですれば普通は起きるはずだが、頑なに寝続けるつもりらしい。殴っても起きないような気もする。
 慎一は呟いた。
「酒買ってきたぞー」
「お酒ー?」
 むくりと身体を起こして、物欲しそうな目で見つめてくる。
「本当にウワバミだな……」
「……何よぉ。お酒ないのー?」
「彰人さんがいない」
 寝ぼけたことを言う結奈に、慎一は告げた。他の部員たちはまだ起きていない。起こすか否かは考え中である。騒ぎになるのは避けたかった。
 結奈は枕元の眼鏡をかける。
「探索お願い」
 間を置かずに言い返してきた。目覚めたらしい。
「あたしはここを守るわ。蟲は広範囲をまんべんなく守るのに向いてるけど、あんたの術はそういう守りには向いてないでしょ? あんたは彰人さんを連れ去った相手を見つけて、倒してちょうだい。飛影も連れてってね」
 慎一はじっと結奈を見つめる。
「……どう思う?」
 結奈はからかうように笑った。
 慎一は立ち上がり、襖を開けて玄関に移動する。明かりはつけない。真っ暗な玄関。カルミアを左手に持ったまま、右手だけで靴を履き、外へ出た。
 空の雲は半分ほどになっているが、月は見えない。
 カルミアが不安げに声をかけてくる。
「あの、シンイチさん。何がどうなってるんですか?」
 慎一は手を離した。
 カルミアは羽を広げて飛び上がろうとしてから、周りを見回して手の平に座り込む。怪談の直後ほど怯えてはいないが、慎一から離れるのは怖いようだった。
「彰人さんが消えた。昼間から神社にいたヤツが、連れてったんだと思う。まさか本当にこんなことになるとは思わなかった。これから見つけて連れ戻す」
「え……っと」
 カルミアは視線を一回転させてから、
「もしかして、お化けですか?」
「もっと危ないかもしれない」
 慎一は答えた。正体は分からない。神か妖怪か、もしかしたら別のモノかもしれない。何にしろ、安全なものではない。
 カルミアはちらりと社務所を見やり、
「ユイナさんと一緒に待っていていいですか?」
「彰人さんは囮だと思う。結奈と一緒じゃ、かえって危ないかもしれない。人外は生身の人間よりも先に退魔師や同族を攻撃するからな」
「あうぅ」
 冷静な言葉に、泣きそうな顔をする。
 人外が人間を襲う場合、主に命の欠片を奪う。欠片を失っても、死ぬわけでもなく怪我をするわけでもない。ただ、体調が崩れたり精神が不安定になったりする。それでも、時間をかければ治る。目に見える危害を加えたり、殺したりということはまずない。人間がいなければ、人外も存在出来ないからだ。
 ただし、退魔師やそれに味方するものは躊躇なく攻撃する。
 正体不明の相手は、部員は攻撃しないが結奈は攻撃するはずだ。カルミアも攻撃されるだろう。どちらにいても危ないことに変わりはない。
 慎一は右手で印を結んだ。
 手の平に白い灯りが生まれ、浮き上がる。蛍光灯ほどの明かりが周囲を白く照らした。光明の術。懐中電灯などと違い、両手を自由に使うことが出来る。
 飛影が目の前に下りた。
「慎一さん」
「見つかったか?」
「一番上の社です。近くの石に座っていました。意識はあるようですけど、声をかけても反応しませんでした」
 慎一の問いに、てきぱきと答える。
 幻術か何かで社まで移動させられ、微睡みの術をかけられているようだった。危害は加えられていないようである。
「行くか」
 慎一は右手で飛影を抱え、左手のカルミアをしっかりと握りしめる。

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