Index Top 第4話 オカ研合宿 |
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第4章 カルミア、ちょっと壊れる |
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懐中電灯を消し、横に置く。 明かりがなくなり、辺りが漆黒の闇に呑まれた。空は曇っていて、月明かりも星明かりもない。虫の鳴き声が異様に騒がしく感じる。 「そういえば。カルミア」 穏やかに言いながら、両手で優しくカルミアを包み込んだ。さほど力を入れずにそっと、だが動けないようにしっかりと。 「はい?」 きょとんとするカルミアに、言い聞かせるように口を動かす。 「僕が小学生一年生の時だな、うん。学校からの帰り道で、変なモノを見かけたんだ。住宅街の中に、おかしなものが落ちてた。両手に乗るくらいの黒い毛玉……と表現すればいいかな。闇の塊って言った方がいいかもしれない。不規則に動いていてね」 すっと顔が青くなる。 慎一は構わず続けた。 「近づいてよく見ると、それは……」 「うあああぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! わたしが悪かったです! もう変なことは言いませんから、怖い話はやめてください! お願いします!」 カルミアが大慌てで謝ってくる。 羽も手足も動かせず、逃げることも耳を塞ぐことは出来ない。慎一の話はなすすべなく聞こえてしまう。ましてや、他に誰もいない神社の境内、明かりすらなく、ほぼ真っ暗。怖さは尋常ではない。 「よろしい」 慎一は話を止め、両手を開いた。 カルミアは糸が切れたように脱力し、手の平に座り込む。手足や羽に力が入らず、立つことも飛び上がることも出来ないようだった。腰が抜けたとも言う。 石畳に落ちた銀の杖を指で摘み、胸のポケットに入れた。 懐中電灯を点けて、立ち上がる。 「仕方ない、戻るか。もう怪談も終わってるだろ」 結奈が調べても何も分からないのだ。今更慎一が調べても、収穫があるとは思えなかった。結局は暇潰しでしかない。 カッ。 金属を打ち合わせる音。 びくりとカルミアの身体が跳ねる。 「今の……。何の、音ですか……?」 「金属の釘を金槌で地面に打ち込む音」 慎一は答えた。 その間も規則的にカツカツという音が聞こえてくる。動物のものではなく、人工的な音。なそれほど遠くはない。神社の敷地の中である。 「どどど、どこから聞こえて、るんです?」 蒼白になりながら、今度は親指にしがみついていた。手の平にうつ伏せになったまま、親指の根元に両手を回している。呂律が上手く回っていない。 慎一は迷うことなく、音の方に向き直った。 「社務所だな」 音は社務所の方から聞こえてきている。 ごくりと喉を鳴らし、カルミアが顔を向けてきた。目元に涙が滲み、大袈裟なほどに震えている。羽は萎れたようにたたまれていた。 「も……戻るん、ですか?」 「戻るしかないだろ」 答えてから、慎一は歩き出す。 カルミアは指から手を放した。飛び上がろうと羽を伸ばす。 飛んで逃げる前に、慎一は手を閃かせてカルミアを捕まえた。逃げられないように、左手で握り締める。振り解けないほどの力で。 手の中で暴れながら、カルミアは泣き声を上げた。 「うああああん、もうイヤです! 怖いのはイヤですよぉ! みんなわたしを怖がらせて! お化けなんて嫌いです! 大嫌いです! あああん!」 「落ち着けって。彰人さんがテント張ってるだけだから」 慎一は足を止めて、答えた。 しかし、カルミアは聞いていない。 泣きながら、手の中で暴れ続ける。 「シンイチさん、放してくださいぃ! お願いします! わたし、精霊界に帰ります! 精霊門作って帰ります! もう試験落ちたって構いませんんっ!」 小さな妖精の力では、手から逃げることも出来ない。 慎一は右手に霊力を込める。勢いだけで精霊界に戻らせるわけにもいかない。封監の術をかける準備もしていたが、幸いにして実行はしなかった。 「あぅ? ……アキトさん?」 ようやく気がつき、呆けたような表情で見上げてくる。 カツカツという音はもう止まっていた。ペグを打ち込む音である。彰人が社務所の表にテントを張っているのだ。今日は外で寝ると言っていた。 「何で、アキトさんが外で寝るんですか?」 握っていた手を開く。放しても恐慌状態のまま飛び去ってしまうことはないだろう。一度調子を外され、気分も落ち着いているはずだ。 一度羽を動かしてから、カルミアは慎一の手の平に降りる。 「僕に訊かれても。バケモノを見るとか言ってたし」 階段を下りながら、呟く。神社に潜む者を見るのが目的らしい。 カルミアは驚いたように口を押さえた。 「何考えてるんですか!」 「僕に訊くな」 階段を下り、横手の社務所に向かう。 「無茶なことだと思うけど」 彰人は、何度となく心霊スポットに泊まり込んでいた。ただの幽霊が相手なら、普通の人間でも気合いと根性でなんとかなる。だが、相手が人外だとそうはいかない。 慎一はカルミアを左肩に乗せる。 「おー。おかえり」 彰人が手を挙げた。 社務所の横手にテントが張られている。縁台に集まったオカ研部員が、彰人を眺めている。宮司の宏明も一緒に眺めていた。五十ほどのおじさんである。 汗を拭い、彰人は慎一を見つめた。 「何か面白いもの見つかったか?」 「いえ、何も」 正直に答える。 オカ研の部員たちも興味津々といった面持ちで見つめてきた。怪談を抜け出して夜の神社に繰り出したのだ、何か面白いものを探しに行ったと思うだろう。 彰人は慎一の表情をしげしげと観察し、 「嘘じゃないな。ま、いいさ。俺が見極める」 「止めた方がいいですよ。幽霊なら、怒鳴りつけて塩ぶつければ追い払えますけど、人じゃない相手に、小手先の虚仮威しは効きませんよ」 「お前がいるだろ」 彰人は快活に笑ってみせた。 「お前がいなきゃ、俺もこんな危ないことはしない」 部員たちが感心したように見つめてくる。その中に混じって、妙に嬉しそうにしている結奈。隠しているというだけあって、慎一のように怪しまれてはいない。賑やかな言動のせいで目立ってはいるが。 「ま、何だな――」 言いかけてから、口を閉じる。 素早くテントに潜り込み、 「おやすみ」 「俺を止めたきゃ、殴って止めてみろ――って言おうとしましたね?」 右手を握り締め、慎一は尋ねた。 答えはない。 言っていたら、言い終わる前に殴っていた。彰人が言わなかったのは、そのせいである。昼間に結奈を殴って気絶させるのを見ていたのだ。いまさら、彰人を気絶させるのに躊躇するとは思わないだろう。 「僕も気をつけますけど。何が起こっても自己責任ですので」 そう告げて、慎一は玄関に向かった。 カルミアが見上げてくる。 「どうするんですか? アキトさん、危ないですよ」 「……僕は、何か起こることに期待してるみたい」 慎一は口元を抑えて、呟いた。 |