Index Top 第2話 慎一の一日 |
|
第7章 事態収拾完了 |
|
「魔力に触れて、普通の人間にも見えるようになったか……」 部屋の中を駆け回る部員たちを見ながら、慎一は分析する。 中途半端な儀式を行い、希薄な魔力を生み出してしまった。魔力が作用して、カルミアが見えるようになっているのだろう。魔力や妖力など、超常の力の漂う所では、普段見えないものが見えたりするのだ。 「全員構え!」 部長の号令。部員三人が整列し、身構える。 全員が虫取り網を持っていた。 「どこに隠してたんだよ。そんなもの」 「え? シンイチさん……わたし、捕まっちゃうんですか?」 呆れる慎一に、慌てるカルミア。 「妖精捕獲! かかれ!」 部長の命令で、虫取り網を振り上げ一斉に飛び掛ってくる。 慎一は無造作に前に出た。部員その一を容赦なく蹴り上げる。 顎を蹴り上げられ、部員その一は伸び上がるようにひっくり返った。鍛えているわけでもなく、格闘技の経験があるわけでもない。あっさりと気絶する。 「ひるむな! かか――」 みぞおちに一撃喰らって、部員その二は倒れた。 残りは二人。部長と部員その三。 じり……と後退りをする。 「見て分かると思うし、いつものことだけど、勝ち目ないぞ」 「くそっ! 我々進歩的悪魔崇拝主義者……魔術研究部四天王が、こんなところで……。妖精を、本物の妖精を目にして引き下がれるかああああッ!」 部員その三が突進してくる。尋常ならざる闘志を背負って。しかし、闘志だけで腕力と技術を補うことは出来ない。 そのまま、カウンターを喰らって失神した。 残りは部長一人。 虫取り網を握り締めたまま、後ずさる。 「何か言い残すことはないか?」 見せ付けるように右拳を持ち上げ、慎一は尋ねた。 「ひとつ、質問がある」 「何だ?」 「その妖精、お前の名前を呼んだよな? どういう関係なんだ?」 問われて、目を逸らす。さっき、カルミアは慎一の名前を呼んだ。ここで無関係であるとは言えない。しかし、事実を言うと後が面倒である。 「黙秘権を使わせてもらう」 部長の顔面に拳を叩き込み、慎一は告げた。 声もなく倒れる部長。 「さーて、これからどうするか」 慎一は部屋を横切り、窓を塞いでいる布を取り払う。部屋の中が明るくなった。窓を開けて、外の空気を吸い込む。 「生き返る……」 「生き返りますぅ」 一緒についてきたカルミアが深呼吸をした。 煙と一緒に、香の匂いが外に流れていく。が、遅い。部屋の空気が入れ替わるには、十分以上の時間がかかるだろう。 慎一はカルミアに声をかけた。 「風を頼む」 「はい」 返事をして、印を結び、呪文を唱える。 「風よ」 ごう、と空気が唸りを上げた。 入り口から入ってきた風が、部屋の中に漂う煙と匂いを吹き流していく。風に煽られ、部屋の蝋燭が消えた。風はカルミアを避けて流れていく。 十秒ほどで部屋の空気が入れ替わった。 「問題は、こいつだな」 慎一は魔法陣を見つめ、表情を引き締めた。 二メートル四方の黒い布に、白い塗料で八芒星と複雑な呪文が書かれている。西洋魔術は管轄外だが、本格的な代物であることは分かった。魔法陣の中央からは、煙のように魔力が漂っている。 「壁が少し裂けてますね」 魔法陣を眺めながら、カルミアが呟く。 「しかも、向こう側にあるものは、いいものじゃないです……」 「そだな」 部屋を見回し、慎一は短剣を拾い上げた。 どこから持ってきたのか、不気味な装飾のなされた短剣。宝石のような赤い石が埋め込まれているが、イミテーションだろう。素人仕事ながらも、きちんと研いである。 慎一はその切先で親指を撫でた。赤い血。 親指を短剣の刃に走らせてから、両手で印を結ぶ。 「閉門」 魔法陣を短剣で切り裂き、慎一は術を放った。異界との門を閉じる、閉門の式。 魔法陣の式が壊れ、亀裂が閉じる。放っておいても亀裂は閉じるが、万が一を考えての行動だ。変なものが出てきたら困る。 「これで、安心ですね」 カルミアが笑う。 しかし、慎一は表情を崩さない。胡乱げに、倒れている部員たちを眺めた。簡単には起きないように気絶させてある。多少騒いだところで目を覚ますことはない。 「こいつら、次に儀式やったら、また何か起こしそうだな……」 ちゃんぽん魔術と侮っていたのに、独力で召喚術まで行ったのだ。辛うじて儀式が成功しただけで、本物を召喚するにはあと二十年くらいかかるだろう。それでも、油断しないに越したことはない。魔力の漏れだけでも、繰り返せば変なものが集まってくる。 「どうするんです?」 訊いてくるカルミア。 慎一は親指の傷を舐めながら、 「封印か……」 「封印? 術を封じちゃうんですか?」 「ああ、一番手っ取り早い方法だ。封印の式を使えば、解印の式を使わない限り、どんな儀式をやっても何も召喚出来ない。退魔師でもない限り、術を使うなんてことはないから、これで余計なことは出来なくなる」 言いながら、両手を動かして複雑な印を結んでいく。霊力が集まり、印によって術が構成されていった。霊術や魔術をかじった程度では、とても作れない複雑な術。 「すごいです……」 カルミアが目を丸くしてる。 慎一は手近に倒れている部員その二を起こし、額に指を当てた。 「封印」 放たれた霊力が、部員その二を拘束する。 普段活動する分には何も問題はないが、霊術や魔術は確実に使えなくなる。自力で術を解くか、解式を使うかしない限り、霊的なことは何も出来ない。 「最初からこうすればよかったな」 慎一は同じように印を結び、他の部員に封印の式を施していった。 |