Index Top 第2話 慎一の一日 |
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第5章 魔術研究部 |
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体育館わきの水飲み場。 グラウンドでは野球部とサッカー部が練習をしている。今は休憩時間でないので、人はいなかった。体育館内で練習している部員は、体育館内の水道を使うので外に出てくることはない。ここにいるのは、慎一とカルミアだけだった。 慎一はリュックから取り出した手鏡で、自分の顔を見た。前歯を指で撫でながら、 「ちゃんと生えたな」 「生えましたね」 歯を見ながら、カルミアが呟く。 カルミアの魔法によって、折れた歯は無事元に戻った。折れた歯の断面から、新しい歯が再生されたのだ。今では元と変わらない。 「上手くいくとは思いませんでしたよ。今までケガを治す魔法は使ったことありますけど、全部擦り傷や切り傷でしたから」 嬉しそうに言うカルミア。 慎一は歯を撫でながら、 「歯が折れるような目に遭うことは、ないだろうからなぁ」 「そうですね」 「ところで」 手鏡を戻して、カルミアを見つめる。 「何でしょう?」 慎一は口を開けて、自分の奥歯を示した。 「頼みがある。左の奥歯四本、治せないかな? 昔折れてから差し歯なんだよ」 高校生の頃、実家で暮らしていた時のものである。ケンカに巻き込まれて、鉄パイプで殴られ、見事に折れてしまった。治療の術が使える人間が仕事で出かけていたため、歯医者で治療を受け、差し歯になった。 「差し歯? ……歯、あるじゃないですか?」 口の中を覗きながら、カルミアが首を傾げる。 「これは、人工の歯なんだよ。見た目は普通の歯だけど、これはセラミックで作った歯。それを螺子で、骨に突き刺して固定してる」 「………」 眉を寄せた。不安を感じたらしい。 「今から、この差し歯全部引っこ抜くから、新しい歯生やせないかな? 差し歯だと食べても美味しくないんだよ。実家にいる時に治してもらおうと思ったけど、面倒臭がって治してくれなかったから」 「嫌です。絶対に嫌です!」 ぶんぶんと首を振るカルミア。顔が恐怖に引きつっている。 「シンイチさん、本気で歯を抜く気ですね! さっきの決闘見てて分かりましたよ! シンイチさんって、痛みに対する神経が物凄く鈍いです! しかも、意図的に痛みを無視出来ますよね! というか……痛みを気持ちいいと思ってませんか?」 「あー」 否定する言葉が思い浮かばない。 日暈家は退魔師として、『戦う』ことに特化している。精神状態や感覚を制御する術は、標準的に身につけていた。祖父や父、兄はそれが顕著であり、慎一も似たようなものである。まあ、マゾであるのは、消極的に認める。 「本気で治してもらえるとは思ってないよ」 手を振りながら、言い分けする。 安心したように表情を緩めながらも、カルミアは不審そうな顔をしていた。冗談には聞こえないだろう。半分ほど本気だった。 慎一は振っていた手を下ろして、横を向く。誰か歩いてきた。 「チヒロさん……?」 カルミアが呟く。 櫻井兄妹の妹、千尋。小走りで向かってくる。兄の和宏と一緒にいることが多いのだが、今は一人だった。この時間は、部室棟で文芸部の活動を行っているはずである。 「どうかしたのか?」 慎一は声をかけた。 近くまでやってきた千尋は、短く息をつき、 「うん。ちょっと困ったことがあって、慎一くん探してたの」 「僕に用?」 なんとなく嫌な予感がした。心当たりがある。 「魔術研究部のことなんだけど」 「またあいつらか……」 慎一は大袈裟に吐息した。予想通りである。 「……分かった。少し休んでから何とかする。さっき空手部の部長と散々殴り合いやったせいで、あちこち痛いんだ」 「え。決闘、今日だったの?」 驚く千尋。 「ああ。勝つには勝ったったけど、本格的に危険なところまで行ったから、もう二度と決闘はやらないよ。部長から言ってくることもないと思う」 「そう、残念」 眉を下げてから、気を取り直す。 「それより。研究会のこと、早く何とかしてね」 言って、千尋は慎一に背を向けた。 そのまま、振り返らずに遠ざかっていく。 慎一は大きくため息をついた。 「あの、バカ共……」 「魔術研究部って何ですか?」 カルミアが訊いてくる。 慎一はちらりと千尋を見やった。十分離れているので、話しても声は聞こえないだろう。周りに聞いている人間の気配もない。 「魔術研究部。大学非公認のサークルで部員は四人。自称、進歩的悪魔崇拝主義者」 読み上げるように告げる。 「部室棟の空き部屋使っては、怪しげな儀式やって迷惑がられてる。普段は調べ者に精出してるみたいだけど、一ヶ月に一回くらいの割合で騒いでるよ」 背伸びをしてから、近くに置いてあったリュックを背負った。 歩き出す。 「……よく分からないですけど、何でシンイチさんがその魔術研究部の面倒見てるんです? 何か係わり合いがあるんですか?」 横に並びながら、カルミアが呟く。 「そうなんだけどねー」 慎一はしみじみと呟いた。魔術研究部に入っているわけではなく、研究会に友人や知り合いがいるわけでもなく、直接的なつながりはない。 「僕は友人知人から、霊感がある奴って思われてるからね。オカルトってことでよく呼ばれるんだよ。最初に、連中を蹴り飛ばしたのも理由のひとつだけど」 「……蹴り飛ばした?」 カルミアが眉を寄せた。 「儀式の現場に乗り込んで、部長の頭に踵蹴りを叩き込んだ」 「シンイチさんって、おとなしそうな顔してるのに乱暴ですよね」 「血筋だろ」 苦笑してから、続ける。 「んで、みんな『魔術=霊感』って適当に考えてるみたいで、誰も直接関わりたがらないから、なんとなく僕にお鉢が回ってくる。大学の方は、サークル活動は学生に任せるって立場取っていて、真面目に対処してくれない。対処したくないんだろうけど」 「大変ですね」 「ついでに言うと、連中がやってるのは形だけの儀式だ。元々素質もないのに、何か変な信念だか信仰だかで儀式のちゃんぽんやってるから、整合性もあったもんじゃない。おかげで、おかしなものを呼んだりする心配はないけど」 愚痴をこぼしながら、慎一は頭をかいた。 専門的な書物で調べた方法を用い、正式な手順に従って儀式を行えば、悪魔や精霊などを呼び出すことが出来る、かもしれない。そうでなければ、ただの遊びだ。もっとも、自己暗示などで錯乱状態になってしまう危険性は常につきまとう。 「どうするんですか?」 「蹴り飛ばす。殴り倒してもいいけど」 気楽に言ってみた。 カルミアは呆れたような顔をしている。 「会話は終わり」 慎一は部室棟の扉を開けた。 |