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第1章 猫を拾いました |
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青い空を、白い羊雲が流れている。 駅前通りの商店街を歩きながら、銀歌は目の上に手を翳した。日差しは強くないが、なんとなくそんな仕草をしてしまう。 「本当にどこ行っちゃったんだか」 見た目中学生くらいの小柄な少女である。きれいな焦げ茶の髪の毛と、気の強そうな顔立ち。白いパーカーに、赤いスカートという恰好である。 「猫でも見つけて追い掛けて行っちゃったんじゃないか? あいつの事だし。そのうち戻ってくるとは思うけどな」 そう呟いたのは、友人の美咲だった。 身長百七十を越える、凛々しい顔立ちの女である。日焼けした肌、背中の中程まで伸ばした黒髪。子供の頃から陸上競技を続けているので、身体は引き締まっている。青いシャツの上に白の長袖ベストを着込み、茶色いズボンを穿いていた。 「莉央がふらっといなくなるのは時々あることだし」 そう付け足す。 「まったく手間かけさせやがって……」 銀歌は頭を押さえて、吐息した。銀歌と美咲と莉央で、商店街に遊びに来たのだが、ふらりと莉央の姿が消えてしまったのである。 タイル敷きの歩行者用道路を歩く何人もの人間。性別も年齢も服装も様々だ。道路の左右には、色々な商店が並んでいる。チェーン店の小さな店舗から、病院や個人商店まで様々だった。ほどよい混沌だろうか。 「ん?」 ふと銀歌は視線を動かす。 「おーい、美咲ー。ふぅちゃん」 目に入ったのは、美咲よりもやや小柄な黒髪の少女だった。凛々しいと表現できる美咲とは逆に、ゆるい顔付きで眼鏡を掛けている。緑のキャミソールに、ピンクの半袖ベスト、淡い灰色のスカートを穿いていた。 右手を振りながら、ぱたぱたと走ってくる。 美咲が肩の力を抜くのが分かった。 「噂をすれば何とやら」 「……何か連れてるぞ」 銀歌は目蓋を下ろして、莉央が抱えるモノを眺めた。 「ごめーん、可愛い猫見つけちゃって」 莉央が視線で猫を示す。 白と黒の毛並みと短い尻尾。いわゆるジャパニーズボブテイル。首輪には『ネネ/井吹古書店』と記されたタグが付けてあった。放し飼いの猫らしい。 「確かに猫だけど、コレは何だ?」 銀歌は莉央が抱えている少女を指差した。 猫を抱えたまま、莉央の左腕に抱えられている女の子。年齢は十歳くらい。顔立ちからして日本人ではなかった。長いプラチナブロンドの髪とグレイブルーの瞳、静かに閉じられた口元。青い半袖のデニムジャケットに、黒いホットパンツ、白いオーバーニーソックスに茶色の靴という恰好だった。 「人を示して、コレとは失礼な子ね」 猫を抱えたまま、少女が銀歌に目を向ける。 「拾ったの。可愛いでしょ?」 少女の頭を撫でながら、莉央が嬉しそうに笑っていた。プラチナブロンドの髪の毛が絹糸のように光っている。少女は表情を変えることもなく、莉央の手に身を任せていた。 少女の抱えている猫が、ニャァと鳴く。 「うむ。なるほど」 腕組みをしながら、美咲が大仰に頷いた。 「さっぱり分からん回答に、あっさり納得するな!」 一度息を止めてから、銀歌は声を上げた。 美咲と莉央、そして少女に猫まで、揃って銀歌に目を向けてくる。それを順番に見返してから、銀歌は莉央に抱えられた少女に改めて問いかけた。 「何者だ、お前……?」 淡く警戒を含んだ声。 「猫を見つけて愛でていたら、その猫とセットで不審な輩に拉致された不幸な美少女?」 少し首を傾げ、そう答えてくる。正しいが正しくない、間違っているが間違っていない回答。本人もいまいち現状を理解していないようだった。ようするに、猫ごと莉央に連れてこられたのだろう。 (とりあえず――敵意は無いらしいな) 銀歌は背筋を伸ばし、自分に手を向けた。 「あたしは楠木風歌だ。こっちの大きいのが高原美咲」 「よろしく」 手を振られ、美咲が微笑む。 「今お前を抱えているのが、中野莉央だ」 「よろしくね〜」 抱えた少女に微笑みかける莉央。 少女は、銀歌、美咲、莉央を順番に眺めてから、静かに口を動かした。 「私はヴァルカリッチ=ヴェイアス=ヴィー=ヴォルガランス。ちゃんと名乗るとは礼儀正しい誘拐グループね、最近はそーなのかしら?」 「だれが誘拐グループだ……」 手を振って、ツッコむ。 しかし、道で猫と遊んでいた年端もいかない子供を、そのまま抱えて連れ去るのは紛れもなく誘拐行為である。莉央にその自覚は無いようだが、後で注意しておく必要があると銀歌は心のメモ帳に書き留めた。 美咲が顎に手を添えて、小難しそうな顔をする。 「それにしても、こんな所で西洋人を見るとは珍しい。しかも日本語ペラペラとは、さらに珍しい。えっと、何だっけ? ヴァルカン、バイス、ヴィー、オルガン?」 「ヴィーでいいわ」 あっさりとそう答えるヴィー。 「ね? 面白い子でしょ?」 ヴィーの頭を撫でながら、莉央が得意げに微笑む。 「うむ」 応じるように頷く美咲。どこがどう面白いのか凡人には分からないが、この二人には何か感じるものがあるだろう。 銀歌は一歩前に出た。会話に割り込むように。 「それはそれとして。いい加減下ろしてやったらどうだ?」 「そだね。いい抱え心地だったから、つい」 莉央がヴィーを地面に下ろす。 両足で立ったヴィーは、小さかった。外見年齢通りの身長である。しかし、見た目とは違う不思議な存在感があった。白い髪の毛が、風に吹かれて揺れている。 「にゃぁ」 ヴィーの足元に猫が首筋を擦り付けている。懐かれているらしい。 銀歌はヴィーを眺めていると、ヴィーがすっと目を向けてきた。 「ところであなた、何か言いたそうな顔しているけど」 「ああ、ちょっと……」 銀歌はヴィーの右腕を掴み、歩き出した。 美咲や莉央のいる場所から離れ、ついでに人気の無い場所まで歩いていく。といっても、人気の多い商店街だ。銀歌が選んだのは看板の影である。人通りも見えるし、不思議そうにしている美咲と莉央も充分に見えていた。 「改めて訊くが――何者だ、お前。人間じゃないだろ?」 ヴィーを見る。プラチナブロンドの髪の毛、ブルーグレイの瞳、白っぽい肌。ぱっと見た限りでは、西洋人の娘。だが、人間の匂いがしない。それどころか、不思議と生きているモノの気配がしない。 眉毛を動かし、ヴィーが口元を小さく笑みの形に変えた。 「意外と勘のいい子ね、あなた。見た目はただの美少女だけど、私はいわゆるアンデッドよ。話すと長くなるから省くけど、こう見えて三世紀以上生きてるわ」 「自分で美少女とか言うなって……」 一応ツッコミをいれておく。 「とはいえ、三世紀も生きるアンデッドか」 銀歌は首を捻った。アンデッド。不死者。術などで死体を動かし生き続ける者だ。しかし、素体が死体であるため、基本的に実寿命は短い。それが数世紀生きているとなると、もはやそれはアンデッドの定義から外れてしまうだろう。 銀歌が思考を回転させていると、ヴィーが口を開いた。 「それより、あなたこそ人間ではないでしょう? ライカンスロープ? 匂いからしてワーフォックスってところかしら。いや、むしろワーフェネギーとかだったらぴったりね」 目に好奇心の光を灯しながら、見つめてくる。 思わず気圧されつつも、銀歌は答えた。 「普通に半妖狐だよ」 「あら、残念」 横を向いて小さくため息をつく。 その反応に肩を落としつつも、銀歌は続けた。 「あと、あたしの名前は銀歌。あいつらの前じゃ人間として振る舞ってるから、風歌って名乗ってる。一応そのこと覚えておいてくれ」 「大変そうね」 「そうでもないけどな」 苦笑いをしながら、銀歌は頭をかいた。 会話が途切れ、人の足音が空間を埋める。風向きが変わったのか、香ばしい鯛焼きの匂いが流れてきた。遠くから、電車が高架橋を通る音が聞こえてくる。 手を下ろしてから、改めてヴィーを見やった。 「一応確認したかっただけだ」 「そう」 無愛想に頷くヴィー。興味が無いのか、追求はしてこなかった。 目を移すと、美咲と莉央が不思議そうに銀歌たちを見つめている。 「何ひそひそ話を……」 「あー、こっちの事」 空笑いをしながら、銀歌はヴィーと一緒に二人の元へと足を進めた。この二人にとっては銀歌もヴィーも人間だ。余計な事を知って、状況を複雑にする気は無かった。 「にゃー」 座って待っていた猫が、ヴィーの足元にすり寄っている。 眼鏡を動かし、莉央がふと思いついたように尋ねる。 「ヴィーちゃんってこんな所で何してるの? わたしが見つけた時も一人だったけど」 「買い物よ。従者と一緒に来たんだけど、いつの間にかにはぐれてしまったわ。探しているのだけど、見つからなくて」 と、小さくため息をつく。 美咲が戦いたように唇を舐める。 「従者とは、これまた大層な……。いわゆる良家のお嬢様というヤツか。風歌と通じるものがあるな。一般庶民の私らには未知の世界だ」 と首を左右に動かしてみせた。 家に家族以外の者いがいるような家はそう多くない。ごく一部の裕福な家庭。もしくは特別な血筋の家系。そういう意味では銀歌のいる家も特殊だが、あくまでも銀歌は居候なので、その枠の外にいる。 莉央が両腕を広げて、ヴィーに笑いかけた。 「その従者の人、わたしたちも探してあげようか」 ヴィーは莉央を見つめてから、 「そうね。お言葉に甘えさせてもらうわ」 |
11/2/12 |