Index Top 不思議な屋敷のお呼出

第1章 召喚、拒否権無し


 窓から入り込む日の光に、アタシは目を開けた。
 朝の澄んだ空気が意識に染み渡る。
「さて、ここはどこだ?」
 上半身を起こして目を擦りながら、部屋を見回した。
 記憶にある限り、アタシの知っている場所じゃない。
 清潔そうな白い壁と白い天井、アタシが寝ているのは、高級なダブルベッドである。洗濯されたシーツの香りが心地よい。その他高級そうな家具がいくつか置いてあった。開いた窓の外には青い空と緑の木の葉。レースのカーテンが揺れている。
「おはよう、リリル」
 窓を開けたのは、見知った女の子だった。
 見た目十歳くらい。実年齢は自称三世紀以上。長いプラチナブロンドの髪と、白っぽい肌。あと、青味がかった灰色のジト眼と広いおでこ。部屋着らしい水色のシャツとデニムのハーフパンツという格好で、窓の横に立っていた。
 ヴァリガルマンダ……じゃなくて。長ったらしい名前のアンデット娘、ヴィー。
 微かな足音を立てながら、窓辺からベッドの横に歩いてくる。そして、どこか芝居がかった無意味な優雅な動きで、アタシの前に右手を差し出した。
「いらっしゃい、歓迎するわ」
「またお前か!」
 跳ね起き掴み掛かるが、ヴィーは後ろに下がって手から逃れる。
 チッ、意外と素早い!
 とりあえず、ヴィーはどうでもいい。この小娘を捕まえても進展無いし、今は他にやるべき事がある。ベッドの横に両足を付き、アタシは自分の頬を引っ張った。
「これは夢か――夢なんだな。なら即座に、今すぐ目覚めろアタシ!」
「無駄な努力ね……」
 ヴィーがため息付いてるが、無視ッ!


 頬を引っ張ったり、頬を叩いたり、その場で思い切り動いてみたりしたが、効果無し。明晰夢から目覚める方法とか、幻術破りとかも試してみたけど、効果無し。
「何なんだよ、チクショウ……」
 自分の現実に戻るのは諦め、アタシは肩を落としていた。激しい動きはしてないのに、精神的な疲労が酷い。このまま二度寝したい気分だよ……。
 乱れた呼吸を整えながら、改めてヴィーを眺める。
「気が済んだかしら?」
 近くに立ったまま、澄まし顔でアタシを見ていた。
「ああ、一応な……」
 十割方納得いかないけど、ここはひとつの現実らしい……。夢を媒介にしてどこか別の場所と繋がってるってのか? 寝ている相手の意識を一時的に召喚する魔術は存在するけど、こいつらがソレを使っているとも考えがたい。
「おはよーございますー」
 快活な声をともにドアが開き、身長二メートルを越える大女が入ってくる。
 赤毛の混じりショートカットの黒髪と赤い縁の眼鏡。しっかりした体躯に浅黒い肌、ワインレッドのベスト、純白のシャツとスラックスという服装も相まって、どこか男のようにも見える。六本の腕を構え、満面の笑顔をアタシに向けていた。
「出たな変態蜘蛛女!」
 アタシは一度窓辺に跳び退ってから、蜘蛛女執事アートゥラを睨みつけた。右手に魔力を集めながら、姿勢を低くして威嚇するように口元の牙を見せる。
 しかし、アートゥラはぱたぱたと右手の一本を振って、
「変態は余計ですよー。はい、笑ってー♪」
 ポケットからデジタルカメラを取り出す。
 それに反応して、ヴィーが素早くポーズを取っていた。身体を斜めに構えつつ、ぴしっと伸ばした右手を顎に当てるような格好。目がキラリと光っている。
「デジカメごと吹っ飛ばしてみるか?」
 アタシは右手に作り出した稲妻の塊を見せつけた。パチパチと音を立てながら、青白い光を放っている魔力の雷。本物の落雷ほどの破壊力は無いが、電子機械類を修復不能にするには十二分な電圧である。
 残念そうにデジカメを引っ込めるアートゥラ。右手の指を咥えながら、
「リリルさんって写真取られるの嫌いなんですか? あ。もしかして魔族って写真取られると魂を取られてしまうとか……?」
「単純に嫌いなんだよ――。写真は」
 デジカメを睨みながら、アタシは左手を動かす。元々盗賊家業だったし、他人に姿を記録されるのが嫌いなのだ。それなのに何でやたら目立つ格好してんだよ言うヤツもいるが、コレはコレ、ソレはソレ。アタシの格好は美学である。
 ちなみに今の格好は、何故かいつもの猫耳帽子に白いワンピースだった。寝る前には普通に寝間着を着てた記憶があるんだけど、そこは考えても仕方ない。着替える手間が省けたのはありがたいかな?
 アートゥラがカメラをしまうのを確認してから、アタシは雷を消した。もっとも警戒は崩さないけどな。ヴィーに目を向け、改めて尋ねる。
「で、何でアタシを呼んだ?」
 ぴくりと動く白金色の眉毛。
 すっと腕を動かしてから、ヴィーがアタシへと向き直る。身体の向きを変えるだけなのに、余分な動作が入っているのは気にしちゃいけないんだろうな。
 ヴィーは右手を持ち上げ、ぐるりと動かした。屋敷全体を示すように。
「うちに何か変なのが出るのよ。それを何とかして欲しくてあなたを呼んでみたの。そういうのに詳しそうだったから。荒事も得意そうだし」
「変なのって、いつも出てるだろ……」
 と、部屋の隅っこにいるリスか何かの幽霊を指差す。
 ヴィーは高性能アンデットという特性からか、幽霊などを引き寄せてしまうらしい。そのせいで、この屋敷には動物の幽霊が多い。さながらペットのように。
 アタシの考えを察してか、ヴィーが腕組みをして首を傾げた。
「そういうゴースト類とは違うのよねー?」
「しかも、かなりすばしっこい相手で、わたしが捕まえようとしても逃げられちゃうんですよねー。時々日用品とか盗んだりして、困ってますー」
 両手の人差し指を突き合わせながら、アートゥラがため息をつく。デカい胸の前で、両腕三対の人差し指をつんつんしていた。ガタイはでかいけど、蜘蛛執事の素早さと糸の性能は本物。ネズミを捕まえられないってことはない。
「なるほどね……」
 綾指で顎を擦りつつ、アタシは尻尾を曲げる。
 幽霊とかそういうもんじゃないな。実体のあるヤツ。しかも、それなりに知恵が回る。話聞く限り危害加える様子は無いようだけど、だからといって放っておくほど脳天気でもないようだ。
「当然無償とは言わないわ。それなりのお礼はさせて貰うわよ?」
 人差し指を立てながら、ヴィーが眉毛を動かした。青みがかった灰色の目を光らせる。当たり前だけど、何か出すつもりらしい。
 うむ。依頼料ね……。
 どういうツテで手に入れたのか、この屋敷には金目の物がゴロゴロしてる。ヴィーも相当に金持ちっぽいし、報酬を要求すればかなりの金額が手に入るだろう。
 だがしかし。
 アタシは両手を下ろして、目蓋を下げた。根本的な問題を指摘する。
「金とか貰っても、アタシの現実に持っていけるか怪しいし、意味無いだろ……」
「そうね」
 あっさりとそっぽを向くヴィー。
 前に貰ったクッキーも食べられはしたけど、その後包みは消えている。ここからアタシの現実に持ち出したものは、長くても数時間で消えるようだった。金品貰っても消えたんじゃ意味が無い。アタシの嫌いなもののひとつに、"タダ働き"ってのがある。
 でも、このままだと帰れなさそうなんだよなぁ……。
 あ。そうだ。
 アタシはアートゥラに指を向けた。
「じゃ、何か食わせろ。お前料理得意だろ? そうだな、甘い物がいいな。ケーキとか洋菓子系もいいけど……最近は和菓子に凝ってる。団子とか羊羹とか。あと、緑茶だな。うん。そういうもん食わせてくれ、気が済むまで」
「リリルさん甘い物好きなんですねー」
 両手を組んでアートゥラが嬉しそうに笑う。
 アタシは手を引っ込め、胸を張って応えた。
「子供が甘い物好きで何が悪い!」
 大人の時は甘いもの好きとおおっぴらに言えなかったが――今は違う! 子供が甘いものを食べてもそれを不思議がるものは誰もいない。というわけで、子供のアタシは好きなだけ甘いものが食べられるッ!
 ちょっと悲しいのは気のせいだ。
 ヴィーが天井に目をやりながら、しみじみと呟いている。
「この間食べたタライ羊羹は、美味しかったわ」
「タラ、イ……?」
 予期せぬ単語に、アタシは視線を泳がせた。
 あれだよな? スイカとか冷やす大型の桶。
 頭に浮かんだ光景は、タライサイズの超特大羊羹を食べるヴィーである。何かの比喩とは思うけど、本気でタライサイズの羊羹食べたことあるのかもしれん。見た目は小娘だけど、かなり特殊なアンデットだしな。
 ま、いいや。アタシはこほんと咳払いをする。
「とりあえず、だ。甘い物食わせてくれたら、ネズミ退治に協力する。それでいいか?」
「いいわ」
 緩く腕を組んだまま、ヴィーが頷いた。
「その条件で交渉成立ね」

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