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第23話 そーめんパーティ 前編


「ただいまー」
 玄関を開け、俺は靴を脱いだ。
 右手にビニール袋を下げている。中身は食い物色々。先日素麺を箱で貰ったので、サキツネと一緒に処分という名目の素麺大食いをする予定だった。
 室内サンダルに履き替え、
「ちゃんと留守番……」
 そこで、動きを止める。
 見慣れぬ女の子が二人、椅子に座っていた。
「どうも。おじゃましてます」
 一人は多分高校生くらいの年格好で、元気そうな子である。背が高く、凹凸のはっきりした体付き。長い髪の毛を首の後ろでひとつ結びにしていた。白いチューブトップにデニムのホットパンツ、黒いオーバーニーソックスという露出の多い恰好だった。
 最近の若い子ははっちゃけてるなー、うん。
「こんにちは」
 もう一人は見た目中学生くらいの、大人しそうな女の子だった。というよりも、ちょっと無愛想かも。ボブカットに似た白い髪を、小さくサイドテールにしている。服装は緑のセーラー服。サキツネの服に似てるけど、胸元のリボンとか袖の長さとかが違っている。身体は細いっぽい。
「よっす」
 最後にサキツネが右手を挙げて、挨拶した。
 こいつはいつも通りなので割愛。
「どちらサマでしょうカ?」
 俺は二人に問いかける。
 サキツネはいいとして、この少女二人は今日初めて会った。見た感じ人間とは思うけど。何故にしがない作家野郎の元に、可愛い女の子がやって来てるんですか? 
「友達」
 サキツネが二人を手で示す。
「天崎涼子です。こいつに素麺食べ放題と誘われました」
 笑いながらサキツネを指差す涼子ちゃん。
「妹の奈々です。初めまして」
 ぺこりと頭を下げる、奈々ちゃん。
 ふむふむ。大体事態は飲み込めた。一度深呼吸をしてから、俺は思考をまとめる。つまり、この二人は姉妹……あんまり似てないけど。サキツネの友達で、素麺パーティの話を聞いて、一緒にやってきたということか。
 でも、ひとつ疑問が残っている。俺は勇気を出して問いかけた。
「人間、だよね?」
「人間ですよ」
 苦笑をしながら、涼子ちゃんが手を左右に動かす。
 生身の人間らしい。でも、多分、普通の人間じゃないんだろうな。サキツネ――というか物の怪、人外の類と知合いである人間は、きっと珍しい。
 俺もサキツネと知合いだけど、それはそれ。
「ま、あれだ……」
 手早く思考を切り替え、ビニール袋をテーブルに乗せる。
「予定より増えたが、問題は無いだろ」
 今回手元にある素麺は2kg。四人で食べるには充分すぎる量だ。サキツネが独り占めとかしなければ、この二人も十分食べられるだろう。
 時計を見ると、十一時。時間は丁度いい。
「じゃ、始めるか」
 軽く背伸びをしてから、俺はコンロの前に移動する。
 用意してあった大鍋に水を入れ、蓋をしてコンロに乗せる。強火でしばらくすれば、沸騰するだろう。あとは、素麺を茹でて、水切りして完成。
 お手軽なのが、素麺のありがたいところだ。
「お兄さん、何か手伝いましょうか? せっかくご馳走になるんですから。ただ出来るのを待ってるというのは失礼ですからね」
 どこから取り出したのか、エプロンを身に付けながら涼子ちゃんが笑う。
 ほほう、なかなか似合っているな。露出の多い恰好したはっちゃけた子だと思っていたけど、なかなかどうして。よく出来た子みたいだ。
 とはいっても、素麺にあんまり複雑な調理は無いんだけど。
 俺は袋から万能ネギを一束を取り出す。
「ネギ切れる?」
「切れますよ」
 涼子ちゃんはまな板立てからまな板と包丁を取り、まな板を流し台に置いて包丁を右手に持った。まな板は檜木で、包丁はチタン製。ちょっと高かったです。
「こう見えても、そこらの主婦よりは刃物の扱いには慣れていますから。千切り、微塵切り、短冊切り小口切り、桂剥きから隠し包丁まで何でもござれ」
 にかっと笑って、包丁をくるくると回している。ちょっと危ないぞ、お嬢さん。
 台詞に引っかかる部分はあるけど、本人が得意と言っているなら遠慮はいらない。
「じゃ、これ全部お願い」
 俺はビニール袋から取り出した大根やミョウガや大葉などを並べていく。薬味は何がいいかと迷ってから、使えそうなものを全部買ってきた。
 涼子ちゃんは薬味類を眺めてから、それを入れるための皿を取り出す。
 こっちはこのまま任せて大丈夫だとう。
「君は何してるの?」
 奈々ちゃんがテーブルに調味料と、ボウル、すり鉢すりこぎなどを並べていた。めんつゆに砂糖、塩、味噌、胡麻……は分かるけど、ツナ缶とかトマト缶も出している。缶詰は流しの下に置いておいたものだ。
 並べた調味料の確認を終え、目を向けてくる。どこか眠そうな半開きの目。
「胡麻味噌だれと中華たれ、、あとイタリア風たれを」
「イタリア風?」
 眉を寄せて訊き返す。
 胡麻味噌と中華たれは分かる。イタリア風たれって?
「めんつゆにオリーブオイルとトマトとツナを加えて作る」
 と、オリーブオイルと缶詰を示した。
 なるほど。その組み合わせならイタリア風のたれができる。素麺にあうかと問われれば、あうだろう。見る限り、美味しそうなものができそうだった。
「最近の子は出来てるなー」
 ボウルに調味料を入れてたれを作る奈々ちゃん。
 万能ネギを小気味よく刻んでいる涼子ちゃん。
 若い娘がこうして料理をしている姿というのは、心に響くものがある。腕組みをしながらしみじみと二人の姿を眺めてから、俺は目を移した。
「――お前は何するんだ?」
「ふむ」
 椅子に座ったまま尻尾の毛繕いをしているサキツネを見る。
 俺の記憶が正しければ、こいつは料理が出来ない。食べる姿はよく見るけど、料理する姿は一度も見たことない。インスタントラーメンをお湯も入れずにポリポリ食べていたこともあるし。思考自体が人間と少し違うところがあるのかもしれない。
 涼子ちゃんが刻んだ大量のネギを、皿に移していた。
「とりあえず応援などを」
 サキツネは椅子から立ち上がり、黄色いぽんぽんを取り出した。チアリーダーが応援する時に使う、あの玉房状の糸である。どこから取り出したのかは不明。
 涼子ちゃんと奈々ちゃんが、不思議そうな顔でサキツネを見ている。
「棚の中に素麺あるから、それ持ってきてくれ。働かざるもの食うべからずだ」
「らじゃ」
 ぽんぽんをしまい、棚へと歩いていくサキツネ。先端の白い尻尾が左右に揺れていた。
 棚を開け、中から素麺の箱を取り出す。
 すっきりした見た目の桐の箱。中身は素麺四十束。50g×40で2kg! 一人で食べるには多すぎるけど、大人数と大食いで一気に食べてしまえば問題ない。
 サキツネは箱を持ち上げ、匂いを嗅ぐように鼻を動かしてから。
「いただきま――」
 おもむろに蓋に手を掛ける。
「奈々ー」
 涼子ちゃんの声。そして、奈々ちゃんが両手で拳銃を構える。灰色の銃身のオートマチック。名前は知らない。その銃口をサキツネに向け、迷わずトリガーを引いた。
 パッ。
「お゙ぅっ……!」
 小さな破裂音とくぐもった呻き声が響く。
 サキツネが一度痙攣した。狐耳と尻尾が勢いよく伸び、癖の付いた狐色の髪が跳ねる。それもほんの一瞬。白目を剥き、呆けたように口を開け、後ろへと倒れて行った。
「確保」
 音もなく移動していた涼子ちゃんが、宙を舞った素麺の箱を両手で受け止める。
 派手な音を立てて、後頭部からフローリングに倒れるサキツネ。
 一拍送れて、金色の薬莢が床に落ちる。
「大丈夫かー、おい?」
 とりあえず俺は声を掛けてみた。
 仰向けになって完全に気絶しているサキツネ。
 床に黒い弾がその傍らに転がっていた。見た感じ金属じゃないっぽい。実弾見たことないけど。いや、こんな室内で実弾撃たれたら、お兄さんは凄く困ります。何にしろ、かなり威力のあるものらしい。サキツネ気絶してるし。
 呆然とする俺に、奈々ちゃんが声をかけてきた。
「大丈夫。弱装ゴム弾だから」
 そう言って、銃口に息を吹きかける。どこか得意げに。
 これはどう反応するべきか? このオートマチック拳銃って本物……みたいだよな? あれか……? 銃砲刀剣類所持等取締法ってヤツ、いわゆる銃刀法違反。
 うーん。
「最近の子はよく分からないな」
 俺は思った事を素直に口にした。

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11/7/21