Index Top さきツネ! 

第13話 カレーライスを作ろう 中編


 一通り具材を炒めた後は、水を規定量入れてから、灰汁を取りつつ弱火で煮込む。この課程では灰汁取りさえしっかりやっていれば、後はこれといって気をつけることはない。強火にしたりせず、あくまで弱火で煮込むのがポイント。
 台所に漂う香りにいごいごと悶えながら、サキツネが顔を上げる。
「完成まで……あと、何分……?」
 狐耳と尻尾を立て、荒い呼吸を繰り返していた。黄色い両目には殺気めいた光を灯し、口元から牙を除かせている。まさに飢えたケモノだ。自分で付けた拘束具がなければ、飛び掛かっているだろう。
 ちょっと怖い……。
 時計を見ると、午後五時十分前。
 俺はお玉を動かしてから、
「ざっと二時間半かなー?」
 ゴツ。
 仰け反っていたサキツネが、いきなり顔から床に突っ伏した。額がフローリングにぶつかる音。威嚇するように伸びていた尻尾も狐耳も、萎れるように倒れる。
 それきり動かなくなった。
 ショックで気絶した……? 
 悪いけど出来るまで放置させてもらおう。静かだし。


 一時間ほど経つと、ほとんど灰汁も出なくなる。
 こうなれば、あとは近くで火の加減を見ながら、時々出てきた灰汁をすくい取れば良いだけだ。弱火なので吹きこぼれることもなく、楽である。逆に暇だが。
 床に突っ伏したサキツネも、さっきから動かず大人しい。
 テーブルにノートパソコンを乗せ、今度出すエッセイの原稿を書き進める。
「うー」
 むくり、と。
 サキツネが顔を上げた。
「起きたか?」
 声を掛けるが返事は無し。
 顔だけ起こし、顎を床に付けて正面を向いている。しかし、その顔に感情は映っていない。黄色い瞳は虚ろで、何も見ていないようだった。寝起きの微睡みに似ているかもしれない。忘我状態って言うんだろうか、これ?
 サキツネが力無く口を開けた。
 そこから、小さなハシゴが伸びて――
 キュー
 なんか出てきました……。
 小動物っぽい鳴き声(?)とともに、小さいサキツネが。
 これは、ビックリドッキリメカ?
 メカの元を食べたヤッターロボから大量生産される小さなロボット。口から梯子か階段が伸びて小さいメカが沢山降りてくる場面。ミニサキツネの登場は、まさにそれだ。
 キュー
 キュキュー
 本体(?)の口から降りてきた十数匹のミニサキツネたち。
 デフォルメされた二頭身で、身長は大体親指くらいかな? 緑色のセーラー服という格好は同じ。それぞれ二十センチほどの梯子や道具箱のような箱を担いでいた。
 え……と。どうしよう、コレ。
 一匹欲しいような……。
 動けないまま眺めていると、ミニサキツネたちはちょこちょこと小走りに床を横切り、コンロの真下まで移動した。梯子や道具箱を床に置いてから、そこに整列する。
 一列四匹で四列。そして、リーダーらしき一匹が正面に立っていた。
 キュー !
 リーダーが勢いよく右手を振り上げた。指のない丸い手で、コンロの上に置いてある鍋を示したようである。他のミニサキツネがコンロの上を見上げていた。
 リーダーは身振り手振りで何か示してから、再び鍋を示す。
 キューッ !
 残りのミニサキツネたちが、一斉に敬礼した。
 それから一度分散し、持ってきた梯子を同じく持ってきた道具でくっつけていく。二十センチの梯子が六個繋がり、合計百二十センチの梯子になった。先端の二十センチが少し斜めに取り付けてあり、鍋の縁に届くようになっている。
 おー。頭いいなぁ。
 キュキュー
 ミニサキツネの四匹が梯子の下を持ち、コンロに立て掛けた。梯子の先端が、鍋の縁に引っかかる。何度か揺すって安定性を確認していた。今にも折れそうな細さだけど、小人サイズが登る分には大丈夫だろう。
 キューッ !
 リーダーが勢いよく鍋を示した。
 キュッ !
 背筋を伸ばして敬礼してから、ミニサキツネの一匹が梯子を登り始める。小さな身体だというのに……いや、小さな身体だからか、動きはかなり素早かった。続けて二匹目、三匹目と続く。身長の数十倍の高さを苦にすることもなく、楽々と登っていた。
 てか、このままだとカレーが危ない。
「おい」
 俺は思わず声をかけた。
 ぴたり。
 ミニサキツネの動きが止まる。
 リーダーと梯子を押さえていた四匹、梯子を登っていた残り。合計十七匹が一斉に俺を見る。今まで気付いていなかったみたいだな。その様子だと。
 キュキューッ !
 リーダーの叫び声。
 あとは早回し映像だった。梯子を登っていたミニサキツネたちが滑るように床に降り、瞬く間に梯子を解体。梯子と道具箱を担いだまま、本体の口へと戻っていく。口から伸びていた梯子階段も引っ込んだ。
 サキツネの狐耳が動く。
 開いていた口を閉じ、サキツネは目に意志の光を灯した。違和感があるのか、口の中でもごもごと舌を動かしている。何があったのかは覚えていないらしい。不思議そうに目を動かし、頭の上に疑問符を浮かべている。
「……何かあった?」
「いや何も」
 俺はそう答えた。


 十分に煮込んでから一度火を止める。あとは、カレールーを投入して、しばらくかき混ぜる。カレーのとろみはルーのデンプンが熱で糊化して起こるので、この時下手に熱くするとダマが出来るので気をつける。
 ここで隠し味を入れる人も多いが、俺は隠し味は入れない派。
 台所に漂う、香ばしいカレーの匂い。うん、食欲をそそる。
「うー」
 床に突っ伏したサキツネが、目を輝かせながら涎を垂らしていた。喜んでくれるのは作り手として嬉しいけど、床を汚すのはやめてほしいところ。
 俺はお玉で少しカレーをすくい上げ、それを小皿に移した。
「そろそろカレーも出来上がるから、その枷外したらどうだ? 床に寝そべったまま犬食いはさすがに行儀悪すぎるぞ」
「ん?」
 手足を拘束している分厚い枷。見た感じ実用性ばっちりの代物だ。今まで匂いの誘惑からサキツネの暴発を押さえ込んでいる。大半は意識喪失していて大人しかったけど。
「う……」
 その場でもぞもぞ動きながら、サキツネは顔を強張らせていた。尻尾が不規則に動き、心の不安を表している。頬に浮かぶ脂汗と、空中を泳ぐ目線。
 これは、実は予想してた。
「もしかして、外れない?」
「うん」
 床に突っ伏したまま、サキツネは首を縦に動かす。
「鍵は?」
「無い」
 俺の問いに、再び頷くサキツネ。
 俺は小皿のカレーを口に入れた。微かに甘味を帯びた、適度な辛さ。ちょっと塩味もある。まさに日本のカレーって味わいだ。
 一息ついてから、爽やか笑顔で告げてみる。
「頑張れ」
「がああああ!」
 サキツネが暴れ出した。

Back Top Next