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おねだり


「へくっ!」
 しゃっくりのような気の抜けた声が、喉から漏れる。
 俺はベッドから跳ね起きた。
 日曜日の午後。場所は俺の部屋。コンセプトはエロゲの主人公の部屋。コンセプト通りに、エロゲの主人公の部屋のように綺麗に整理整頓されている。片付けているのは俺でなく皐月であるが、それはそれとして。
 枕元の目覚まし時計を掴み、時間を見る。
 午後五時四分。
「しまったあああッ!」
 俺は頭を抱えた。たまの日曜日、昼食後に一眠りしたら、そのまま夕方。漫画のようなことは実際に起こるのである。物凄く損した気分。
「……あー。半日無駄にしたー」
 バタン。
 脈絡無く、ノックもなく、ドアが開く。
「んー? 皐月?」
 入ってきたのは皐月だった。満面の笑顔で素早く詰め寄ってくる。
「ご主人様、お願いがあります」
「却下、拒否、No、嫌だ、断る、あっち行け、しっしっ」
 俺は即座に言い捨てた。
 皐月の俺への呼称は、あんた、お前。しかもタメ口。ご主人様と呼ぶ時は、確実に何か企んでいる。具体的に言うと、何か買って欲しい時だ。
「雑誌で凄いものを見つけたんですよ。是非買って下さい♪」
 俺の前に一枚の紙を突き出す。
 どこかの広告らしい。赤ペンで丸がつけてある。

 AI搭載メイドロイド用 拡張メモリ 
 No.1 Fairy - 8Tb
 No.2 Fairy - 16Tb
 No.3 Fairy - 24Tb

「無理。このメモリ一本でパソコン一台買えるだろ?」
 俺は一蹴した。
 皐月のメモリは8Tb。増設はしていない。飛び抜けて高性能ではないが、日常生活を送る分に不自由は無い。メモリを増設しても、むしろオーバースペック。生活費及びオタク費用が減るだけで意味はない。
「ご主人様……」
 皐月はチラシを捨てると、俺をベッドに押し倒した。
 触れるほどに近づく顔。皐月の頬はうっすらと桜色に染まり、目は潤んだようにきらめいている。薄い口から漏れる、誘うような言葉。
「わたし、ご主人様にこの身を捧げます」
「いや。イラネ」
 皐月を適当に押しのけ、俺は言い切った。
 ベッドの横にへたり込み、捨てられた仔犬のような表情で俺を見上げる皐月。こーゆー男の保護欲を誘う演技だけは無駄に上手い。
 無視して、俺は告げた。
「お前にそういうエロ機能はないだろ? それに、お前の胸も□○×も散々触ったことあるからな。電源切ってる間に。裸だって何度も見てるし。それを今更誘惑なん……」
 ゆっくりと立ち上がった皐月。
 右手に刃渡り三十センチはある大鋏を、そして左手に一冊の本。どちらも、つい先刻まで持っていなかったと断言できる。だが、それはどうでもいい。
「………ッ!」
 喉の奥から漏れる、擦れた息。
 全身から血の気が引き、身体が硬直する。知覚がそれを把握し、頭脳がそれを理解し、感情がそれを認めるまで、十五秒ほどの時間を要した。
「貴様あああああッ! 正気かあああああああああッ!」
 皐月の左手に握られた本を凝視し、俺は咆哮を迸らせた。血の涙を流すほどの勢いで、怒濤の涙を流す。
「正気よぉ」
 その反応を確認し、皐月は悪魔のごとき形相で口元を歪めて見せた。アンドロイドにここまで人間臭い感情表現が出来るというのか!
 人質に銃を突付けるが如く、本に鋏を突付ける。
「命より大事なあんたの家宝『ぴちぴちぴっちり少女』……賭けてみる?」
 ……伝説のフェチ系同人誌。ブルマ、スク水、タイツ、スパッツ、ニーソ、レオタ、バニー、ボディスーツetc。身体にぴっちり張り付く黒い衣装を纏った少女達が以下略という内容。108ページにも及ぶ特大ボリュームと、天才的な絵師達と原作者の競演。商業誌を容易く陵駕する、悶絶エロエロ同人誌である。
 この同人誌で枯死した者は、四桁に届くと言われる。
 二年前、オタク世界の極秘ルートで手に入れた代物だ。
「この子の命が惜しければ、メモリを買いなさい。選択肢は無いわよ。大人しくパソコンを立ち上げてメモリを注文すれば、この子は助けて上げるわ」
「くっ……」
 奥歯を噛み潰すほどに歯を食い縛り。
 俺は静かに言い放った。
「ねこねここねこ。ねここねこ」
「?」
 皐月の顔に一瞬疑問符が浮かび――
 即座に言葉の意味を理解する。
「! 強制て……ぃ……」
 だが、遅い。
 皐月の顔から表情が消えた。感情回路、思考回路、認識回路も全て停止する。音声入力による強制停止コマンド。機械的に腰を下ろし、鋏と同人誌を床に置いた。
 そのまま強制シャットダウンに移行し、動かなくなる。
 俺は額の汗を拭った。
「助かったぜ……」
 同人誌を拾い上げ、机の引き出しに隠す。鍵も閉める。
 続けて、俺はパソコンを立ち上げた。専用ケーブルを取り出し、パソコンと皐月のコネクタを接続する。皐月の機能は停止していても、パソコンを使って内部スキャンを行うことは出来るのだ。
「アンドロイドがここまで人間臭くなるなんて……。漫画みたいなことが起こるのかよ? まぁ、一応完全スキャンしておくか。どこか壊れてたら困るしな」
 俺はスキャン開始のボタンをクリックした。


 後日談。
 六時間かけて完全スキャンしました。異常は一切見つかりませんでした。



 ちなみに、僕の書いてる皐月嬢の設定。

 人工AI搭載メイドロイド Version - First :T - May 1400 Home Edision
 現実世界のパソコンに換算すると、以下の通り。
 CPU1.4GHz
 メモリ256Mb + 128Mb
 HDD 60GB
 Windows XP Home Edision + Office 2003 搭載 その他付属基本ソフト多数。

 要約すると、やや古めのノートパソコンレベル。余計なことを要求しなければ、日常生活を送る分にはほとんど困らない性能。パソコンと接続してアップグレードやソフトのインストールも可能。なお、エロい機能は一切なし。
 価格はドル換算で19,000$。自国通貨への換算は自分でお願い。
 メイド服は初期付属品で二着。他の服は専門店へ。

 主人公が大学生の頃にパソコン雑誌の懸賞品の一等賞として入手。T - Mayから皐月と命名。以後一人暮らしの友として、一緒に暮らしている。極めて安定したOSを使用してので、フリーズした事はない。データの初期化を行ったこともない。

 強化炭素樹脂の骨格、導電性高分子人工筋肉、強化シリコン製の人工皮膚。外見と手触りは人間とほぼ同じ。内部に金属が使われていてるため、生身の人間より4割ほど重い。
 頑丈性は凄まじく、階段から落ちた程度では壊れず、鉈でも傷を付けられない程。人間が不用意に殴れば逆に拳を痛める。
 さらに、導電性高分子人工筋肉から生み出される疑似筋力も非常に強い。基本状態で鍛えた成人男性並。リミッター解除を行えば、ターミネーターのT-800に匹敵する力を出せる。緊急時には、主人を守るように作られている。

 ある程度の擬似的感情を持ち、ロボット三原則も組み込まれ、主人には絶対服従。
 ……であるはずだが、何故かやたらと人間臭く、三原則を無視して勝手気ままに動いている。しかし、壊れているわけでもなく、与えられた仕事は完璧にこなす。

 ちなみに、作中の世界にはエロい機能のついたセクサロイドも存在します。値段は60,000$を超えますが。

 あぁ、設定ってなんて甘美なんだ……。
 設定魔

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