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第28話 Extra chapter Three Elderlys of Outside Human


 何度目かの轟音が響いた。
 アスファルトが捲れ上がって地面が剥き出しになった駐車場。周囲のビルの壁面にはいくつもの亀裂が走っていて、ガラスは全て割れ散っている
 シグマの突き出した拳とヤマさんの突き出した拳が激突し、爆音とともに大気が揺れている。ここまでくると災害だなぁ。
 それはさておいて。
 俺はサクちゃんから渡された定期入れを開け、中に入っていたカードを取り出した。クレジットカードやキャッシュカードのような外見で、色は灰色一色。文字や模様は無い。隅っこに小さな矢印が付いている。それだけだ。
「これか。ソレっぽいっていえば、ソレっぽいけど」
「空軍の認証カードだね。非公式タイプの」
 肩に乗っかった皐月が、カードを見上げている。こういう難しい政治関係の事にさくっと答えてくれるのは、非常にありがたい。
 細かい部分は不明だけど、シグマの言っていた事は本当だったんだな。
「あの」
 サクちゃんが俺に声をかける。
 吹き抜ける爆風に、黒髪とスカートの裾が揺れていた。両手で髪やスカートを押さえる仕草にちょっとときめく俺。
「あの二人、止めなくていいんでしょうか?」
 手を向けた先に、二人だけの世界に行ってしまったヤマさんとシグマ。
 ヤマさんが掌底でシグマの顎を突き上げ、その巨体を浮かせてから、頭から地面に叩き付けていた。地響きとともに、十数個目の小型クレーターが作られる。
「だって、どうやって止めるの、アレ……」
「確かに……」
 肩を落とすサクちゃん。声を掛けても反応は無し。当初の目的だか何だかは完全に忘れ去れている。ヤマさんはともかく、シグマの方も忘れているっぽい。
 俺は肩に乗っかった皐月の髪を引っ張り、
「何とかできないか? お前、あのデカイの知合いなんだろ?」
「無理でしょ、常識的に考えて」
 皐月が両腕を広げてため息付くのが分かった。
「通常ボディならともかく、このミニボディじゃ間に入っても壊されるのがオチだし。情報局の人たちは多分頭抱えてると思うけど、わたしは今回無関係だから何も出来ないよ。マスターに被害及ぶのも困るから、余計な事はしたくないしね」
「薄情なヤツ……」
 呻くが一般市民の俺にはどうしようもない。
 この二人を止められそうな人間っていえば……ソラ爺さんかな? でも、いつも古本屋にいるから、こんな場所にはいないだろうし。前触れなく現われないかなぁ?
「止まれィ、アホども!」
「そこまでだ……」
 唐突に願いを叶える神というモノは存在する。 by どっかの作家
 空から降ってきた老人が、ヤマさんの前に立ち塞がった。
 首の後ろで束ねられたきれいな白髪に、長い眉毛と髭。一見細いようで、恐ろしくがっしりした体躯。カンカン帽子を頭にのせ、簡素な深緑の服と褪せた緋色のズボンという格好、手首に鋼鉄製の腕輪を嵌めている。背中には大きな箱を背負っていた。
「ソラ殿!」
 それを見て動きを止めるヤマさん。
 現われたのは、ソラ爺さんである。何でこんな所にいるの?
 そして、もう一人の老人がいた。
「ったく、何をやってるかね。この単細胞は……」
 ジト眼でヤマさんを見ながら、シグマの前に立ち塞がっている。
 短く刈った灰色の髪の毛と、皮肉げな笑みの浮かぶ口元。手入れが適当なヒゲ。身体を包むのは、黒い上着とズボンだった。腕に鋼鉄の腕輪を通し、腰に刀を一本差している。
 その刀はシグマの前に突き出されていた。
 目の前に突き出された白刃に、シグマが足を止めている。
「灰羽元中将殿……」
 なんにしろ、決闘は終わったようだった。
「お前さん、無事か?」
「全身の運動機構に中度のダメージあり。稼働率74.7%。修理が必要だ」
「あいつとドツきあってそれだけで済んでるんだ。中央情報局の怪物は格が違うね。オレたち相手にするために作られたらしいから当然だけど。ま、局長には同情するよ……。最近忙しいって愚痴ってたし。この一件聞いたら泣くぞ、ホント」
 刀を鞘に収めながら、老人が笑う。
 前にナツギと一緒に荷物届けに行った、絆奈とシャルの女の子たちがいた家のお爺さんで、人外爺さん三号。名字は灰羽で、名前は何て言ったっけ……? 頭の隅っこに引っかかってるんだけど。それが記憶の表面まで出てこない。
「デウス・エクス・マキナも来たし、これで終わりだね……。めでたしめでたし」
 明るく笑いながら、皐月が足を揺らしている。高く澄んだ青い空を見上げながら、まるっきり他人事のように。まあ、皐月にとっては完全他人事だけど。
 灰羽の爺さんが俺たちを見て、右手を挙げる。
「よう、サク嬢ちゃんに皐月ちゃん、あとハルだったか。アホのケンカに巻き込んで済まなかったな。情報局にはオレから事情説明しとくから、そこら辺は安心してくれ」
「ありがとうございます、灰羽のお爺様。お手数をおかけして申し訳ありません」
 背筋を伸ばして、丁寧に頭を下げているサクちゃん。うーん、何度も感心するけど、さすがは良家のお嬢様。身のこなし全てに気品と優雅さがある。
「いいってことよ」
 ぱたぱたと右手を振ってから。
 灰羽の爺さんがふと俺を見た。右手で自分を指差し。
「なあ、オレの事覚えてる?」
 ………。
 数秒の沈黙。
 俺は眼を泳がせつつ、なんとか答えた。
「絆奈のお爺さんで……シャルロットの師匠で……。灰羽のお爺さん」
「名前忘れるなよ。孫と弟子は覚えてるってのに――」
 額を押さえて、爺さんが乾いた笑いを見せている。平気を装ってるけど、へこんでいるのが顔に出ています。いや、ホント、ごめんなさい。人の名前覚えるの苦手で。
「お前は影薄いからの」
「昔から貧乏クジ侍だからな」
 ソラ爺さんとヤマさんがひそひそ話をしている。
 灰羽爺さんがぐるりと二人に向き直り、勢いよく二人を指差した。
「聞こえてるぞ、むっつりスケベにうかつロリコン!」
 ドンッ!
 ソラ爺さんとヤマさんの回し蹴りが、灰羽爺さんを同時に直撃した。
 人間、事実を言われると怒るっていいますからねー。口は災いの元。いや、むっつりリスケベにうかつロリコン。物凄く納得できるような言葉だ。
 人外爺さん一号二号のダブルソバットに、人外爺さん三号は漫画のような勢いで吹っ飛び、ビルを飛び越えどこかへと消えていった。なるほど、貧乏クジ侍だ……。
「シグマさん。これを」
 シグマの前まで移動していたサクちゃんが、定期入れを差し出している。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしてしまって」
「謝る必要は無い、お嬢さん。私も緊急事態とはいえ、少女からカードを奪い取るという選択をしたのだ。本当に申し訳ない」
 深々と頭を下げるシグマ。
 サクちゃんの差し出した定期入れを受け取り、
「しかし、お嬢さん。あなたの毅然とした態度は素晴らしいものだった。あなたの勇気と意思に、私は敬意を表する。女は強く在らねばならない……」
「ありがとうございます」
 笑顔でお礼を言っているサクちゃん。
 こっちも解決したみたいだな。
「そういえば、ソラ爺さん、何でこんな所に?」
 いつも古本屋にいるソラ爺さんが、本屋からかなり離れたこんな場所にいる。まさか事態を嗅ぎ付けて、本屋から走ってきたわけでも――いや、ありそうだな。
 しかし、ソラ爺さんの答えは普通のものだった。背負った箱を指差しながら。
「古本の仕入れでたまたまこっちに来てただけじゃ。灰羽のヤツは孫の買い物の付き添いと言っておったわ。まさかこんな騒ぎに巻き込まれるとは思っていなかったが――」
 と、辺りを見る。
 ぐちゃぐちゃに破壊された駐車場。アスファルトは破片だけとなり、地面も大きな穴だらけ。説明されなければ、そこが元々駐車場だったとは分からないだろう。潰れたトラックと車が落ちていた。周りのビルは壁がひび割れ、ガラスは全て壊れている。
 皐月が呟いた。
「被害総額+αでおよそ三億クレジット……。大体情報局と折半かな」
「ヤマさん――」
 サクちゃんが心配そうにヤマさんを見る。
「心配ご無用です、お嬢様。これは私の不始末――修理代は私が自腹で全部出します。時風一族には一切迷惑はかけませぬ」
 しかし、ヤマさんは決然と断言した。自分の事は自分で片付ける、と。
 でも、一番最初にシグマに蹴り掛からなければ、事情を説明して何の問題もなく終わったんだよね。それは言っちゃいけない事だと思うけど。
「既に機動部隊が待機している。終わったと伝えんとな」
 ソラ爺さんが、大きくため息をついている。
 あ、思い出した。
 俺はぽんと手を打った。
 灰羽の爺さんの名前は、ウミだ。灰羽ウミ。



 その後一時間ほど警察で取り調べを受け、俺は解放された。皐月と一緒に車でマンションまで送ってもらったのは、正直ありがたかったです。

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