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第11話 友人と出かけた日


「というわけでここだ」
 ナツギが腰に手を当てて頷いていた。
 痩せた長身で服装はワイシャツに黒いズボン。ただでさえ百八十近い身長が余計に高く見える。白黒の色遣いはお洒落ではなく、服装が適当なだけだ。襟足を隠す程度の焦げ茶の髪と、微妙に目付きの悪い眼を覆うアンダーフレーム眼鏡。布に包まれた四角い荷物を右手に持っていた。
 我がオタク友達のナツギである。
「どういうわけで、俺がここにいるんだろう?」
 俺は周囲を見やりながら呻いた。
 南地区にある高級住宅街の一角である。俺は何度か用事で立ち寄ったことがあるけど、どうにもこの空気は慣れない。目の前にあるのは、でかい和風の屋敷。分厚い樫の門と漆喰白塗りの塀。周囲の高級家屋からは若干浮いている。
 休日に買い物に出掛けたら、何故かここに立っていた。
 ……秋も半ばで空気は肌寒い。
 ナツギは両手を顔の前でぱんと打ち合わせ、頭を下げる。
「友達のよしみで助け欲しい。ホント頼む。オレはこの家の連中が苦手なんだよ……。お前以外に頼れる相手がいないんだ。トアキもフユノも連絡付かないし。今度、ケンウン亭のカレー奢ってやるから」
「分かった分かった。付き合うから、ちゃんと奢れよ。大盛りで包揚げ付きでな」
 俺はぱたぱたと手を振った。ケンウン亭とは大学の近くにある本格カレー屋である。味は文句なしだが、学生にはちと高い値段だった。
「すまん。恩に切る」
 言いながらこっそり舌打ちしてるのは見逃さないぞ……。俺が同じ立場でも舌打ちしたけど。六百クレジットは学生に取って痛いし――だが遠慮はしない!
 閑話休題。
 視線を正面に戻すと、分厚い樫の看板に書かれた達筆の文字。
『灰羽』
「この人、あの灰羽ウミさん?」
 聞こえてくる声。
 俺たちの横に皐月が並んでいた。紺色と白の簡素なワンピース姿で、胸元の赤いリボンと首の赤いチョーカー。家に置いてきたはずなのに、なぜか一緒にここにいる。あと、その服ってどこで手に入れてるんだ? ハカセから貰ってるのか?
 疑問は多いが、追求するのは時間の無駄っぽいので口にすることはない。
「知ってるのか、皐月さん?」
 ナツギの問い。本人曰く、ここは父親の師匠の家らしい。
 ぶっちゃけ、もの凄く嫌な予感のする語感です。はい。
「わたしのデータベースに記録されていますよ。灰羽元中将ですね。灰羽流剣術の総師範で、かつては軍直属のエージェントとして任務をこなしてました。今は引退してお孫さんと一緒に暮らしているそうです」
 そういや、ナツギの親父は軍の関係者だったな。俺も半ば忘れかけてたけど、その関係か。こいつは将来プログラマーになるとか言ってるけど。
「凄いな。さすがハカセが作ったアンドロイド」
「師匠のお屋敷の前で何をしているのですか?」
 うお!
 俺たちの背後に立っていた少女。
 年齢は十代半ばくらいだろう。肩の辺りで切り揃えた金髪と気の強そうな眼差しの青い瞳。服装は迷彩模様のシャツ、デニム地のジャケットとハーフパンツ、白いハイソックス。黒いアーミーブーツ。そして、腰の剣帯に差した黒鞘の刀。
 色々間違ってるけど、妙に似合ってるな。あと、何故に刀?
 俺の疑問を無視して、ナツギが呻いている。
「シャルさん……」
「お久しぶりですナツギ様。ということは、こちらがお友達のハル様ですね?」
 ナツギに一礼してから、こっちに向き直った。
「ええ、はい」
 俺は頷く。腰が引けてるのは、気合いで誤魔化して。
 てか、頷いても大丈夫だよね? 変なこと言ったら斬られたりしないよね? この子普通に人を斬りそうな眼してるし。ソラ爺さんに似た目付き。でも、ソラ爺さんみたいに完全に自分を御してるようには見えないし、怖い。
 俺の不安を他所に、シャルは気をつけの姿勢から丁寧に一礼した。
「私は、このお屋敷で剣術の修行をしておりますシャルロット・チャントンです。短い間ですが、以後よろしくお願いします」
「えっと、こちらこそよろしく」
 おずおずと一礼してみる。
 シャルロット・チャントン――出身、どこだろ? タイガの人間の名前じゃないし、この街に金髪碧眼はほとんどいない。年齢的に留学生とかだろうな。きっと。
 シャルは俺から目を離して、皐月を見つめた。
「そちらの方が皐月様ですね?」
「そうですよー」
 笑顔で右手を挙げる皐月。
 シャルは同じように気を付けの体勢を取り、
「はじめまして――」
 刹那、閃きと澄んだ音が散る。
 抜き放たれた刀。鍔と切羽から伸びる、刃渡り六十センチほどの白刃。真っ直ぐに伸ばされた右腕。放たれた刃の物打ちを、皐月の右手が掴み止めていた。止めていなければ、首を切り落す軌道だろう。
 見たままを言えば、シャルの居合を皐月が受け止めた。
 ジジジ……。
 蟲の羽音のような振動音が手から放たれている。何かの防御機構らしい。
「えっと」
 呆然とする俺とナツギ。
 目の前で漫画みたいな展開繰り広げられても困るんだけど。
 柄を握ったまま、シャルは相変わらずの鋭い目付き。一方、刀の先端を掴んだまま、皐月はにっこりと微笑んだ。どこか怒ったように、
「こういう冗談は、あまり感心しませんよ?」
 手を放すと、シャルは刀を引いて切先を見つめた。刃毀れの有無を確認しているのだろうか? 五秒ほど見つめてから頷くと、棟を鯉口へと滑らせてから鞘へと納めた。切羽の締まる小さな金属音。恐ろしく滑らかな動き。
 ……抜刀も納刀も手慣れてるよ。
 柄から手を放し、頭を下げるシャル。
「いきなりの不意打ちお許し下さい。皐月さまがあのヤマ先生と戦ったと、師匠から聞き及んでいましたもので。いかほどの実力なのか私自身の手で試してみたかったため、手っ取り早く居合を放ってみました。軽率な行動、すみませんでした」
「あー」
 というのは俺の呻き声。
 やはりあの人外爺さんズの知り合いか。今までの嫌な予感は、どうやら当たりだったらしい。冤罪で斬られるのも、目の前で人外バトル繰り広げられるのも嫌だなぁ。帰りたいなぁ。でも、カレー食いたいなぁ。
 ナツギに向き直るシャル。
「ナツギ様、師匠への用件は何でしょうか?」
「これ、届け物だ。先生に」
 右手に持った布包みを差し出す。
 シャルは両手を伸ばして荷物を受け取った。重さを確かめるように動かしてみる。それほど重い物ではないらしい。表面を撫でてみたり匂いを嗅いでみたり。
 しばし観察してから、眉根を寄せてみた。
「中身は何ででしょうか? 食べ物ではないようですけど」
「オレも聞いてないよ。それより、荷物は届けたから帰っていいか?」
 腰に手を当ててナツギは道の向こうを見つめる。全身から放たれる帰りたいオーラ。このまま帰りたいらしいけど、世の中そうは上手く行かない。
「いえ、ナツギさま立ち会いで中身を確認したいので、帰られるのは困ります」
「言うと思ったよ」
 諦めたように首を左右に振るナツギ。
 なるほど。荷物を持ってくると、立ち会いで確認させられるのか。用心深いというのか神経質というのかはちょっと分からないけど。
「ハル様は付き添いですか?」
「そういうことになるらしい」
 シャルの問いに、俺は他人事のように答えた。適当な返答だったけど、シャルはそれで納得したらしい。他に言いようもないし、納得してくれたなら有り難い。
 皐月へと向き直るシャル。
「皐月様はどうします?」
「こいつが行くならわたしも行きます。何となく面白そうですし」
 俺を指差し皐月が言い切る。
 こっそりため息をつきながら、俺は額を押さえた。また適当な理由で……。トラブル起こすなよ? いや、トラブル引き込むなよ。こないだみたいに。
「分かりました。こちらへどうぞ」
 シャルは樫の門の横の小さな扉へと歩いていった。近づくだけで勝手に開く扉。センサー連動の自動扉らしい。古風な屋敷には微妙に似合っていないような。
 布包みを持ったまま敷地内に入るシャル。
 後に続く、ナツギ、俺、皐月。
「おお、凄いな」
 思わず声が出る。
 きれいに並んだ石畳と白い砂利の敷かれた庭。辺りには松や笹、栗などが無造作に植えられていた。適当な配置のようで、きれいに計算されているのだろう――が、俺にはいまいち分からん。どれもきれいに剪定されている。正門からやや左に曲がっていく道。
 所々に一部が斬られたとしか思えない大石が置いてあるのは別として。
 これ、探検したら面白そうだよなー。
 好奇心丸出しで周囲を見ながら歩く俺。慣れた足取りのシャル。面倒くさそうなナツギ。興味深げに辺りを眺めている皐月。
 五十メートルほど歩くと大きな屋敷が見えた。
「お嬢様?」
 シャルが声を上げる。
 玄関の前に、一人の少女が立っていた。
 シャルと同い年くらい。長い黒髪に落ち着いた顔立ち、青味を帯びた黒い瞳。紺色の着物を着込んでいる。着物には白い鳥の刺繍が施されていた。足は木のサンダル履き。おっとりした箱入り娘といった感じだ。
 大体予想付くけど訊いてみる。
「……誰?」
「灰羽さんの孫娘の絆奈さんだよ」
 ナツギが視線で少女を示した。
 ふむ。予想通り、この屋敷に住む孫娘か。
 シャルが不思議そうに声を掛ける。
「どうかしましたか? 外に出られて」
「いえ、シャルと一緒に別の方の気配が感じられましたので。気になって見に来てしまいました。珍しいお客様ですね」
 俺と皐月を見て、微笑む絆奈。
 気配って……。屋敷の中から外までかなり通いのに、分かるんだ。あの人外爺さんズの仲間の孫娘なら当然かも知れない。
 平静を装って俺は自己紹介をした。
「こんにちは、ナツギの友達のハルです」
「初めまして。わたくし絆奈と申します」
 礼儀正しく一礼。
 お嬢様然とした例で、育ちの良さを窺わせる。うーむ、明らかに住んでいる世界が違う。ナツギが苦手というのも分かる気がする……。
「超高性能メイドロイドの皐月です」
 裾をつまんでお嬢様っぽく挨拶する皐月。だから自分で超高性能とか言うなって。
しかし、特に呆れるでもないシャルと絆奈。
 ナツギがシャルの抱えた荷物を指差す。
「それ、うちの親父から先生にだと」
「お爺さまに荷物でしょうか? すみませんが、お爺さまは今出掛けております。もうしばらくすれば帰って来ますので、屋敷に上がってお待ち下さい」
 右手をそっと持ち上げて屋敷を示す。どうもこの子も逃がす気はないらしい。昔、人を食う屋敷とかいう都市伝説を見たような記憶が。
「分かったよ……」
 諦めたように頷くナツギ。
 何度か拒否した経験あるんだろうなぁ。
「それでは、どうぞ」
 絆奈が玄関の扉を開けた。

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 シャルロット・チャントン Charlotte Chanton
 16歳 身長159cm 体重49kg
 灰羽ウミの屋敷にホームステイしている少女。愛称はシャル。海上都市テイムズからの留学生で、普段は近くの学校に通っている。
 言葉遣いは丁寧だが、思考はちょっと危ない。ウミから剣術を教えられていて、腕はかなりのもの。通学時以外は常に帯刀している。まだ斬鉄の習得には至っていないらしい。

 銘 正風
 刃渡り 63.0cm 反り 2.0cm
 柄は本鮫皮に黒色捻糸一貫巻。赤銅菱形鐔。鞘は黒漆塗蝋色。

 灰羽 絆奈
 15歳 身長152cm 体重47kg
 ウミの孫娘。シャルロットの一歳年下で、お嬢様と呼ばれている。
 普段は着物を着ていることが多い。しかし、普通の服を着ないわけでもない。
 おっとりした性格で、何を考えているのかいまひとつ分かりにくい。時々、突拍子もないことを言い出したりする。当人は気にしていることもない。
 屋敷の中から庭を歩く気配を感じ取るなど、戦闘技能は非常に高い様子。