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第6話 皐月飛ぶ |
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第一優先任務 猫型ロボット「ヒノ」の確保 敵 改造型重作業用アンドロイド 推定性能 B+ 状態:不問 自分 万能型アンドロイド 通常性能 B 全開性能 AAA 状態:無傷が望ましい 任務成功確率 99% 「楽勝!」 皐月は素早く計算し、標的を補足した。 外見三十歳ほどの男がヒノを抱えたまま、自転車に飛び乗る。あらかじめ用意してあったものだろう。距離は三十メートル。短いようで意外と長い。 「そこの不審者、止まりなさい!」 人差し指を突き出し、大声で叫んでみる。 といっても、止まるバカはいないし、声を掛けられた程度でアンドロイドが止まることもない。最初から止まることは期待していない。いわば景気付けのようなものだ。 標的が自転車で走り出すのと、皐月が駆け出すのは同時だった。 両脚部に装備された力場発生装置を利用し、時速四十キロで疾走する。 疑似引力と疑似斥力を用い、最大時速二百キロほどまで加速する特殊機構。軍用アンドロイドなどに装備されている代物である。 しかし、男も自転車で時速四十キロほどの速さを叩き出す。 「改造自転車……?」 たかが自転車と侮るなかれ。 カーボン繊維などの頑丈な材質でフレームを作り、高性能バッテリーとモーターを組み込めば、下手なバイクよりも高性能の移動車両となるのだ。自転車である分、バイクよりも不安定であるが、アンドロイドならば転倒の心配もない。 「でも、甘い。そんなんじゃ、わたしからは逃げられないよ!」 出力を上げて、加速する。 時速八十キロほどで一気に距離を詰め、皐月は右拳を上げた。 シャッ。 手甲から突き出す三本の鈎爪。金属炭素合金と超振動発生装置を組み合わせた、刃渡り十八センチのスクラッチクロー。鋼鉄でもコンクリートでも紙のように引き裂く。 皐月が男の背中めがけて、クローを突き出した。 眼前に見える銃口。口径12.5mm対装甲ハンドガン。通称、ベヒーモス。 「え?」 重い銃声を轟かせて、眉間に銃弾がめり込んだ。 タングステン徹甲弾。表皮を破られはしなかったものの、その速度と重さに、大きくバラスを崩す。続けざまに、肩や臑へと銃弾がめり込み…… 「きゃゥ」 皐月は転倒した。 左手をついて転がるように跳ね起きる。撃たれた部分の服が裂けていた。強靱な防弾繊維で編まれた服も、対物ライフル並の破壊力には耐えられなかったらしい。 「んなろー! 味な真似を」 すぐさま標的を探すが、視界を染める白煙。 通常の煙だけでなく、チャフや電磁妨害粒子まで含んだ白煙。真正面から突っ込んでも相手を補足することは出来ないだろう。大量の煙が路地へと広がっていく。 薄れるまでは十数分の時間が掛かるだろう。 つまり――逃げられた。 フシュゥゥゥ。 噛み締めた歯の間から、冷却用の水蒸気が漏れた。水蒸気は即座に白煙となってから、空気中に消える。相手を侮って見失うとは、失態以外の何物でもない。 このまま逃がしたのでは、ヒサメに会わせる顔がない。敬愛するマスターが作り上げた最高のアンドロイドという称号に泥を塗ることになるのだ! 「全機能解放……絶対に、ぶっ潰ゥす!」 静かに吼えてから、皐月は跳んだ。遠慮はいらない。両足から斥力を生み出し、アスファルトに足形を残して十メートル以上も飛び上がる。 振り上げた左手首から、小さな鈎爪が飛び出した。 クローショット。長さ三センチほどの鈎爪と、直径十ミクロンの金属炭素繊維のワイヤーで構成された捕捉兼移動の道具。 三本の鈎爪が開き、雑居ビルの壁面に組み付いた。同時、腕内部のモーターが回転し、およそ九十キロの重量を撃ち出すように引き上げる。鈎爪を外し、皐月はビルの壁面を蹴って、向かいのビルの屋上へと着地した。 「無線通信にて市街局にアクセス。東地区全ての監視カメラのデータを把握。標的を検索する……発見。東の十二番道路へ向かい時速三十キロで移動中」 コンクリートの床を蹴る。 そのまま、時速百キロでビルの屋上を突っ走った。柵を跳び越え、ビルの狭間を軽々と飛び越し、二階分程度の高低差は一足で跳び上がる。足音もほとんど立てずに、まさに疾風のようにビルを飛び越えていった。 そして、足を止める。二十階建て商社ビルの屋上。吹き抜ける風に、長い栗色の髪と紺色のワンピースが激しくはためいていた。 しばし待っていると、 「見つけた」 髪を押さえながら、皐月はにやりと不敵に笑う。 十二号道路。左右三車線の広い幹線道路。中央分離帯には街路樹が植わっている。左右の歩道も含めた広さは約三十メートル。 標的は歩道を時速二十キロで北に向かって移動している。いきなり本拠地に戻ることはないだろう。目的地は不明。データベースにはいくつか候補あるが、場所を絞って先回りすることは出来ない。 「さすがに、ここから飛びかかるのは難しいよね」 公衆の面前に飛び出すのは、賢いとは言えない。 ビルの屋上を飛び移りながら、皐月は敵を観察した。向こうはこちらに気づいていない。視聴覚が優れていても、ビルの屋上を追いかける相手を察知することは出来ない。広範囲レーダーを装備しているなら話は別だが、通常のアンドロイドにそんな高性能な機械は装備されていない。 標的は交差点で一時停止し、向かいの歩道へと移動する。 「あ。逃げた」 そんなことを思っても、下に飛び降りて追いかけることは出来ない。しかし、見失うこともない。監視カメラの映像から逃げることもないのだ。 五秒ほど見ているうちに、標的は路地へと入る。 「……目的地確認」 皐月は小声で呟いてから、二十メートルほど後ろに下がった。 両手を床につき、クラウチングスタートの体勢から―― 疾る! コンクリートの床に連続で足形を刻み込み、最大速度へと加速。ビルの縁に足をかけ、一気に跳躍した。足が離れ、身体を支えるものは何もない。走り幅跳びの要領で、三十メートル以上の道幅を飛び越える。 耳元で唸りを上げる風。 真下に視線を移すと、幅広い道路が見えた。誰もこちらは見ていない。まさか、幅跳びで向かいのビルに飛び移る物好きがいるとは考えない。仮に見つけたとしても、見間違いだと思うだろう。 「―――!」 声なき歓声を上げながら、向かいの屋上に着地。 加速の勢いを倒れ込むことによって受け流し、床に両手をついてから空中で一回転。両足を揃えて、トン! と着地した。両手を高々と掲げて、 「10.0!」 幅跳びの出来に満足する。 だが、自己満足もそこそこに走り出した。 屋上から再び跳躍。 隣のビルへと飛び移ってから、再びビルの屋上を疾走していく。監視カメラの映像から、標的の位置は既に把握していた。急ぐこともない。 「さて、どうやって調理してあげようかしら?」 思わず口元に笑みが浮かぶ。 標的は商業地区と住宅地区の境に差し掛かった。道を逸れ、第八運河に掛かるスギノキ橋へと移動する。この橋の下は、監視カメラの死角となる場所で、急ぎの用がある危ない人たちが手軽な交換場所とする人気スポットだった。 「人気スポットも何もないと思うけど……」 有名すぎて秘密の意味がないようにも思えるが、なぜか人気らしい。データベースにはそう記されている。入力ミスではないだろう。世の中不思議だ。 皐月は最後の跳躍を見せた。三階建ての事務所の屋上から、土手を跳び越え、河原に着地する。足下の土が飛び散るのには構わず、くるりと向きを変えた。 「こんにちはー」 そこにいた男女三人に、満面の笑顔で挨拶する。 普通のおじさん二人と、ちょっと年食ったお姉さん。一見してそこらにいる男女だが、一般人とはどこか違った雰囲気を持っている。 ヒノを抱えてるのはリーダーらしき男。 「古本屋のお爺さんなら何秒で倒せるだろ。三秒くらいかな?」 ふと、そんなことを考える。 白虹ソラ。九十歳。かつて裏社会に君臨した徒手空拳専門の殺し屋。人間からアンドロイドまで素手のみで破壊しまくった人外っぷりは伝説となっているとか、いないとか。 閑話休題。 「敵を排除する」 最初に動いたのは、標的であるアンドロイドだった。余計な感情が組み込まれていない分、非常に反応が早い。自分が乗っていた自転車を放り投げ、懐から拳銃を取り出す。対装甲用ハンドガン。 皐月は迷わず前に出た。屈み込むように身を沈めて自転車をやり過ごし、右拳からスクラッチクローを突き出す。今回は以前のようには行かない。 「無駄無駄、無駄ァ!」 撃ち出された徹甲弾を、左手で弾き飛ばし、右手を一閃。アンドロイドの手首ごとハンドガンを斬り跳ばす。強化チタンも強化セラミックも、超振動ブレードの前では所詮紙くずに過ぎない。 さらに左手首から射出されたクローショットがアンドロイドに巻き付き、その身体を縛り上げた。引き千切ろうとしているが、びくともしない。 「さっきの借りは返すわ!」 ワイヤーに超振動を走らせ、一気に引き抜く。 輪切りになったアンドロイドが、地面に散らばった。 シルバーカッター。超振動を走らせたワイヤーを強靱な刃物とする。クローほどの破壊力はないが、それでも強化チタンフレームを豆腐の如く切り捨てるほど。 クローショットを収納し、皐月は残りの三人に向き直った。 「さあ、ヒノを返しなさい」 「どこの化け物だ。あんた?」 理解不能といった表情で、女が呻く。まさに理解不能だろう。いきなり現れるなり二秒で手駒のアンドロイドを破壊した、全く素性の知れない美少女アンドロイド。 「わたしが誰かって――?」 皐月は大袈裟に一回転してから、右足を地面に叩き付けた。 ガシャリと音を立てて、全身の排気口が開く。重厚な汽笛のような音を響かせ、冷却用の水蒸気が吹き出した。袖や裾、襟首から勢いよく舞上がる白煙。ばさばさと激しく踊り狂う服と髪。 排気口が閉じ、髪や裾が大人しくなる。口から最後の蒸気を放出し、周囲の霞を払うように腕を一振り。思い切り拳を振り上げ、朗々と吼えた。 「ポンコツ学生どこ吹く風と、鋼の魂この身に宿す。友の頼みを引き受けて、疾風の如く街を往く! 人に言えない世界に生きて、他人の日常踏みにじる、そんなヤツらに天誅下す……! 超高性能メイドロイドとは、わたしのことだァ……って」 近くに停めてある車へと走る三人を見て、皐月は声を張り上げた。 「ヒトがせっかく大見得切ってるんだから、逃げるなアァ!」 追いかける。 元々相手は生身の人間、身体能力には雲泥の差があった。 「あたしに構わず行って!」 一番後ろにいた女が振り返る。悲壮な覚悟を瞳に映して拳銃を構えた。 が、左手の一振りで拳銃を弾き飛ばされる。一瞬注意が手元に行くが、その時には腹に右手が撃ち込まれている。見た目は軽く叩いただけだが、全ての関節がきれいに動いた理想的な打撃。足腰を砕かれ、上半身が落ちる。 右手で顎を跳ね上げ、終わり。 「ふざけるな! 俺たちは……こんな所で終れないんだ!」 男の手に構えられたのは、グレネードランチャー。密造品だろうか? ポンというどこか間の抜けた音と共に発射される40mm榴弾。 皐月は左手を突き出し、榴弾を掴み止めた。指に掛かる衝撃。そのまま川の真上へと放り投げる。回転しながら飛んで行った榴弾は空中で弾け、爆炎と衝撃波を撒き散らした。直撃しても大丈夫だろうが、服が吹き飛ぶのは嫌である。 男が次弾を装填するが、遅い。 裏拳で軽く顎を弾いて、気絶させる。 微かな電気エンジン音。ヒノを持った男を乗せて、車が走り出す。 「逃がさん!」 皐月は数歩助走を付けてから、跳び上がった。五メートルほどの高さまで飛び上がり、車を追い越しながら、身体を一回転させ…… 「仔牛肉ショットォ!」 ドガシャァン! ボンネットに右足が突き刺さった。砲撃のような蹴りが、エンジンを撃ち抜き、さらにフレームをへし折る。車体が折れ曲がり、後部車輪が跳ね上がった。 傍らに着地し、皐月はスクラップになった車体を眺める。 運転席で呆然としている男を見ながら、ドアを掴んで引き千切った。 「さあ、ヒノを返しなさい」 「あー、ははは……ササノ一家は終わりかな。あんた、ソラさんの兵隊か?」 ヤケクソめいた爽やかな表情で、男はヒノを差し出した。 「にゃおー」 気楽に前足でヒゲを撫でているヒノ。 それを左手で受け取り、皐月はウインクした。 「超高性能メイドロイド皐月よ。覚えておきなさい!」 中堅マフィアのササノ一家が、警察の一斉捜索によって事実上壊滅したのは。 三日後のことだっだ。 まあ、それはどうでもいいお話。 |
クローショット 直径10μm金属炭素繊維のワイヤーと長さ3cmの鈎爪からなる道具。ゼルダの伝説トワイライトプリンセスに登場するクローショットを想像すると分かりやすい。鈎爪は疑似引力によって物体にくっつく。 対装甲ハンドガン 12.5mmのハンドガン。装填数5発。弾丸は高出力火薬とタングステン徹甲弾で構成され、銃身及びフレームは強化セラミック。拳銃ながら対物ライフル並の破壊力を出せる。反動が凄まじく、人間ではよほどの体躯でないと扱えない。アンドロイド専用の銃。 グレネードランチャー ターミネーター2でT-800がぶっ放してたものと同型。密造品。 http://www.special-warfare.net/data_base/206_infantry_weapons/m79_grenade_01.html エンジン この世界ではほぼ全ての機械が電気で動いている。ガソリンエンジンはほとんど使われていない。プラスチックの材料や機械油、灯油などには使われているが。 |