Index Top 終章 終わりの後始末

第2節 己との決着


「レイ!」
 ミストが驚いたように振り返ってくる。
「あいつら、全員倒したの! 無傷で――」
 言われて、レイは自分の身体を見下ろした。身体に傷は見られない。内部機構にも傷は見られない。両手も元通りに修復されている。結果だけ見れば、無傷で倒したように見えるかもしれない。
「ああ……」
 レイは頷いた。詳細を話している時間はない。
 アルミ棒の杖を突きながら、ミストが一安心したように言う。
「あたしたちの快勝とは言えないけれど、これでデウス社は終わりね……。不正データは公表したし、オメガは全部破壊できたし……」
「オメガは一体残ってる」
 レイは自分を指差した。
 唖然とする一同を見渡し、畳み掛けるように続ける。
「試作機である俺が残ってる。俺を破壊してくれ」
「どうしてですか?」
 訊いてくるクキィに、静かに告げる。
「ブラックボックスが開いた。今のところ何もないが、さっきの戦いで人格崩壊のきざしが現れた。放っておくのは、危険だ。今のうちに、破壊する」
「待てよ! あんた……オレたちに、復讐は無駄だとか、殺しは無意味だとか言ったよな。それなのに、何だよ! 俺を破壊してくれだと!」
 ノートゥングを振って、怒声を上げるシリック。自分が言っていることは、明らか矛盾している。怒るのも無理はないだろう。
 しかし、レイは左手を上げた。
「これを見ろ――破砕の砲撃・デグタス」
 その腕が半秒にして物々しい銃へと変形を遂げる。身体がナノマシンの集合体だとしても、この速度は構造的にありえない。未知の機能が働いているのだろう。
 レイはデグタスの銃口を手近なビルへと向け――
 轟音とともに、ビルが爆砕する。舞い上がる砂埃で見えないが、超比重金属の散弾はビル街の数区画を丸ごと吹き飛ばした。
「貫通の烈光・アイディート」
 銃の形が変形する。二枚の細長い板を向かい合わせたような銃身に。
 レイはアイディートを別のビルに向けた。板の間に稲妻が走り、圧縮プラズマ弾が撃ち出される。プラズマ弾は立ち並ぶビルを次々と貫いていった。後には大穴を開けられたビルだけが残る。穴は街を包む壁まで続いていた。
「白銀の聖剣・フィルガイン!」
 右腕が子供の背丈ほどの、細長い二等辺三角形の刃へと変形する。この変形速度も、構造的にはありえない。肉厚は〇・一ミリにも満たないだろう。刃先には極小チェーンブレードが仕込まれている。強度も斬れ味も、テンペストを遥かに凌ぐ。
 レイは無造作にフィルガインを振った。銀色の薄刃が何十メートルにも伸びて、左に並ぶビルを撫で斬る。半ばから斬られたビルが、砕音を上げて落下を始めた。
 舞うように閃くフィルガインの刃が、それらをさらに細かく斬り刻んでいく。抵抗は感じない。後には、きれいな断面を見せる瓦礫だけが道路に落ちた。
 レイは、フィルガインを元の長さに戻し、
「これでも……か?」
 変形した両腕を見つめ、全員が息を呑む。
 レイはシリック、クキィを見つめた。
「厄介なことに、俺は俺自身を破壊することができない。俺の身体を突き抜けるのは、君たちの持つ武器しかないからな。幸い、コアケースの破損は修復されていない」
「………」
「あなた、自殺する気……?」
 ようやくミストが言葉を発する。その声には、少なからぬ不安が含まれていた。
 微笑を浮かべて、レイは決然と言った。
「剣士たるもの、己との決着はつけなければならない――」
 しかし、誰も動かない。
 しばらくして、沈黙が破られる。
「なら、我々がやりましょう」
 言ったのは、アーディだった。それを合図にしたかのように、レジスタンスの全員が、持っている武器を構える。火力は十分そうであるが、
「一撃でしとめてくれ。攻撃を受けた時に、どんな反応をするか分からない」
 自分に向けられた銃口を見つめて、レイは言った。
「待て!」
 すると、レジスタンスを遮るように、シリックが手を横に出す。その瞳には、鋭い刃物のような意思が映っていた。覚悟を決めた口調で、
「オレがやる――」
 言って、ノートゥングを構えた。
 それと同調するように、クキィが走った。二本の光剣コルブランドとキャリバーンを構えて、斬りかかってくる。その動きは、以前見たものより数段速い。
「レイさん。ごめんなさい!」
 コルブランドが、レイの身体を斜めに斬った。斬られた組織は修復を始める。
 クキィは半歩退き、右手のキャリバーンを突き出した。その切先は胸を貫き、砕けたケースの突き抜けて、コアまで達する。コアに亀裂が走った。
「逃げろ、クキィ!」
 その言葉を聞いてか、それとも反射的にか、クキィは逃げるようにその場から離れる。意思とは関係なく、その空間をフィルガインが斬り裂いていた。逃げるのがほんの僅かでも遅れていたら、クキィの命はなかっただろう。
 その時には、シリックがノートゥングの照準を合わせている。
「これで、終わりだ」
 その呟きは誰のものか。
 撃ち出されたエネルギー弾が、クキィが開けた胸の穴へと吸い込まれた。一ミリの誤差もない。完璧に等しい精度。弾丸が、亀裂の入ったコアへと突き刺さる。
 極熱が、コアを構成する分子をプラズマ化させた。
 その爆発が、コアを粉々に砕く――
 胸から爆炎が噴出し、レイの意識は途絶えた。永遠に。


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13/11/3