Index Top 第4章 明かされた事実

第6節 レオン・シルバー


「逃げろ、だと?」
 シリックはミストを睨んだ。
 敵の懐に飛び込んで、何もせぬまま逃げるわけにはいかない。それがシリックの心中だろう。復讐の相手は手の届くところにいるのだ。
 しかし、ミストはシリックに逃げろと告げた。
「あなた、誰に復讐するつもり?」
「オレの親父たちを殺した奴に決まってるだろ!」
 机を叩き、シリックは言い返す。ミストは復讐のことを知らないはずがない。無論、誰に復讐したいか、知らないはずがない。
 だが、尋ねた――確認するために。
 ミストはかぶりを振ると、
「それなら、無理よ……」
「何で……無理なんですか?」
 静かに、クキィが問いかける。穏やかな口調には、刺すような剣呑さが伺えた。もはや、隠そうとはしない。隠しきれないのだろう。
 ミストは二人から目を離し、
「復讐する相手がいないのよ。あなたたちの家を襲ったのは、情報部の第二班。だけど、去年……事故で、全員が死んだわ。嘘じゃない」
「…………」
 クキィは黙り込む。
「そいつらのボスは!」
 拳を握り締めるシリックに、ミストは続けた。
「情報部部長ドローヌ・ストーンリーは、三年半前に病気で死んだ。もうこの世にはいないわ。いない相手に、復讐はできない」
「じゃあ――」
「結局、そうなる」
 レイが呟いた一言に。
 シリックが言葉を発する間合いを外され、口を閉じる。
 椅子から立ち上がり、入り口の傍らに背を預け、レイは目蓋を下ろした。言葉が勝手にすべり出てくる。
「強い憎しみに駆られた復讐とは、そういうものだ。狂った獣のように、どこまでも獲物を追い求める。誰かを殺しても、次の相手を。そいつを殺しても、また次の相手を。終わらない、復讐の連鎖――」
 目を開き、シリックとクキィを見つめる。
 復讐の連鎖。誰が言ったのかは知らないが、憎しみに駆られひたすら復讐という名の殺戮を続けることをそう呼ぶ。この二人は、復讐の連鎖に入りかけていた。
「それが、最後に行き着くのは――自分だ。大事なものを、大事な人を守れなかった自分自身に憎しみの矛先を向け、破滅する」
「…………」
 シリックは拳を握り締める。
 ミストは机に置かれたディスクを掴んだ。
「今回の作戦の成功率は未知数。失敗したら、レジスタンスは壊滅する。だから、これを持って逃げて。このディスクには、デウス社の不正データが入ってるわ」
 二人を見つめて、言い聞かせるように、
「あなたたちの存在は、デウス社にも知られていない。この混乱の隙を突いて、街から脱出して。あたしの運転見てたから、車は動かせるでしょ。街を出たら、このデータを公表して。あとは、国際連盟が動いてくれる」
「…………」
 ディスクを差し出し、ミストは言った。
「選択肢はないわ。これを持って、逃げて」
「くっ」
 シリックが歯を食いしばり、目を閉じる。
 クキィは何も言わずに、ディスクを受け取った。しかし、その瞳には何かの決意が灯っている。何か言いたいことがあるらしい。
「分かりました。でも、その前に教えて下さい」
 ゆっくりと、だが厳しく、クキィは尋ねた。一言一言区切るように。
「デウス社が、わたしたちの家から、奪っていったものは、何なんですか?」
「それは……」
 ミストがためらいの眼差しを向けてくる。言うべきか、否か。迷っているのだろう。それは、この二人にとって、辛い事実となる。
「俺が話す――」
 そう言って、レイは二人に向き直り、
「話す前に訊いておく。これを知るのは君たちにとって辛いことだ。聞いたら後悔するかもしれない。聞く覚悟はあるか?」
 通告すると、姉弟は頷いた。このことを聞いたら、二人は何をするか分からない。しかし、二人には知る権利がある。聞く覚悟があるからには、話さねばならない。
 自分も覚悟を決めて、レイは口を開いた。
「君たちの家から奪われたものは、ふたつ。ひとつは、ある人物の人格データ」
「人格データ?」
「レオン・シルバーの話は覚えているな?」
「ええ」
 千人斬りの異名を持ち、剣聖と呼ばれ、剣鬼と畏れられた男。人間の持つイレギュラーの力を最大まで引き出した超人。その戦闘能力は、未知数である。
 頷いたクキィを見つめ、レイは慎重に言葉を紡いだ。
「最強の人間と呼ばれた彼も、三十七歳の時に病魔に襲われ、死んだ。だが、その前に彼は、自分の人格と記憶を大容量データボックスに記録しておいた。それは、彼の死後、相棒であったサザール・ホワイトフォックに渡された」

Back Top Next

13/5/5