Index Top 第4章 明かされた事実 |
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第5節 賽は投げられた |
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それより一時間ほど前になるが……。 「状況は――」 口の前で指を組み、バレイズは険悪に呻いた。 社長室の隣にある特別会議室。バレイズは一番奥の席に座って、机に着いている男女を見やった。全員が、デウス社の幹部である。 「ウイルスの直撃を受けて、中枢コンピューターは停止状態です。街の通信施設も停止し、外部との連絡は一切できません。現在動ける人間全員で機能回復に努めていますが、正常に動くまではあと二時間はかかるでしょう」 情報部副部長のロッドは苦い口調でそう答えた。 その口調をもう一段苦いものとして、付け加える。 「ただし……今、別のウイルスを食らえば、修復作業はやり直しです」 「さきほどの原因不明の爆発により、一般社員は緊急避難しています。現在、社内に残っているのは、我々と特殊作業員だけです」 社内警備部長である金髪の女カーラが後を続けた。陰鬱に。 「次に、二度目の爆発ですが、場所は武器格納庫です……」 武器格納庫。会社の地下にある、各種武器、戦闘用ロボットを格納した倉庫である。ここは、デウス社の戦力の中心と言えた。その総戦力は、小国の国家戦力に匹敵するだろう。この軍が動けば、この国も揺るがすことができる。が。 「銃火器及び戦闘用ロボットは、ほとんど破壊されています。動くものも残っているかもしれませんが、調べるには数日を要します」 「そうか」 バレイズは憎々しげに呻いた。 「ミスト・グリーンフィールド」 七年前に、この会社にやって来た天才科学者。当代最高の頭脳とまで噂される人材である。オメガ試作機を製作するために、登用した。 その五年後、国際連盟からのスパイであることが分かった。それから数週間して、オメガ試作機の脱走もミストが図ったものだと分かった。レジスタンスとも何かしらのつながりがあるかもしれないと疑われる。 その時、ミストをどうするか、極秘に話し合われた。結果、適当に権限を剥奪して、このまま泳がせておくということになる。ミストの知識と技術を失うのは惜しいし、会社から追放するにも抹殺するにも、危険があった。 そのおかげで、国際連盟やレジスタンスの情報を手にすることができた。 しかし。 「致命的なことを、こうも速やかにやってのけるとは、ミストを侮っていたな。若いくせに切れるとは思っていたが、これほど狡猾とは――」 思えば、スパイと分かった時点で抹殺しておくべきだったのだろう。このような事態になるならば、当時の危険など微々たるものだ。 「まったく、酷い状況だ」 呻いて、顔を上げる。 「街の方はどうなっている?」 「詳細は分かりませんが……」 と前置きして、市内警備部長であるハイトが言った。 「街の警備官は、緊急事態と告げられた上で情報を遮断され、混乱状態でしょう。中枢コンピューターとリンクしているイータは……機能停止に陥っているか、暴走しているかのどちらかです」 「レジスタンスが動くには、最高の機会か」 呟いて、バレイズは親指の爪を噛む。 「兄貴……」 ライン・ゴールドエッジ。十五年前に殺し損ねた実の兄。今はレジスタンスのマスターとなっている。これが運命というならば、皮肉なものだろう。 「社長、これからどうするつもりですか?」 ロッドが訊いてくる。 これは、デウス社最大の危機と言えるだろう。レジスタンスには、逃走したミストと、五年の月日を経て戻って来たオメガ試作機・レイが合流しているはずである。 この混乱に乗じて、レジスタンスは社の不正データを世界中に公表する。それを受けて、国際連盟のデウス社解体計画が始動する。デウス社は終わる。 順調に行けばそうなるのだが、通信施設は停止し、外に情報を送ることはできない。 「レジスタンスは、街の通信施設のどこかに向かうはずだ」 これは裏を返せば、レジスタンスを潰す最大の好機と言えた。今まで水面下に隠れていたレジスタンスが、表に出てくる。 「動かせる人間と機械を動かし、レジスタンスを消し去る。幸いにも……紙一重で、開発は間に合った。ちょうど――」 言いかけたところで。 扉が開く。 「準備できたよ。父さん」 会議室に入ってきたのは、灰色の髪の若い男だった。 情報部部長である、息子のスティル・ゴールドエッジ。今年で二十五になる。親の七光りなどと陰口を叩かれることもあるが、その手腕は文句なしに一級だ。次期社長にも適任だろう。しかし、社長の座を渡すには若すぎる。 「オメガ汎用機六体。全機、異常なし。いつでもいけるよ」 幹部たちの間から、感嘆の声が上がる。 オメガ汎用機。デウス社が総力を駆使して作り上げた、最強の戦闘用ロボット。たった一体で軍隊の一大隊を壊滅させるほどの戦闘能力を持つ。量産型なので、試作機であるレイほどの精密機構はないが、戦闘能力は同等。 それが、六体。 レジスタンスを壊滅させるには、十分だろう。 「ついに決着をつける時が来たか」 独りごちて、バレイズは椅子から立ち上がった。 |
13/4/28 |