Index Top 第1章 砂色の十字剣士 |
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第9節 過去の遺産 |
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「AATに使われた科学技術は、現代のもより遥かに優れている。それだけに、危険性も高い。代表的なものは、クリスタル電池だ」 「クリスタル電池……?」 「何ですか、それ?」 シリックとクキィが順番に訊いてくる。AATとしてはありふれたものだが、やはり知らないらしい。一般人が知る機会はない。 ハンドルから右手を放し、レイは懐から透明な筒を取り出した。 「これが、クリスタル電池だ」 二人が興味深げに筒を見つめてくる。直径二センチ、長さ十センチの淡い青色を帯びた透明な筒。両端には金色の覆いがついていた。重さは約五百グラム。 「陽電子と電子で構成された、特殊な水素の結晶だ。内部で緩慢に対消滅を起こし、そのエネルギーを五万ヘルツの交流電流に変換して出力する。君たちの持っているノートゥングとコルブランドの動力源でもある」 「そうなのか?」 シリックがノートゥングを見つめた。ノートゥングは銃身の根元に、コルブランドは柄に、それぞれクリスタル電池が組み込まれている。分解すれば見せられるが、あえて見せることもないだろう。 「他にも――中規模までの街の電力供給源にも使われているし、この車の動力もクリスタル電池だ。超長寿命かつ高出力な動力源として、使い道は多い」 「危険性っていうのは、どういうことですか?」 クキィが訊いてきた。 「この結晶を構成している特殊な水素――ポジトロニウムは、常態では直径が数百億光年ないと存在できない。通常の原子の大きさだと、瞬時に対消滅を起こす。つまり、電池内では未知の力によって電子と陽電子を固定してある。それが破られれば――」 レイはクリスタル電池を見つめた。どう見ても、危険な物体には見えないが。 「全質量五百グラムが対消滅を起こし、エネルギーに変換される」 「それって、危ないのか?」 シリックが訊いてきた。勉強嫌いというだけあって、質量エネルギー保存の法則を知らないらしい。これは相対性理論から導き出される答え。 クキィは両手の指を動かし、 「一グラムの質量がエネルギーに変換されると……? 質量に、光速の二乗をかけて」 「約九十兆ジュール。単純計算して、五百グラムの質量がエネルギーに変換されると、約四京五千兆ジュールのエネルギーとなる。立派な破壊兵器だ」 「……おい!」 ぞっとしたように、シリックがノートゥングを見つめる。自分の武器に核兵器に匹敵する危険物が仕込まれているとは、思いもしなかっただろう。 肩越しにシリックを見ながら、レイは肩をすくめた。 「安心しろ――。世の中にクリスタル電池は一万四千本くらい出回ってるが、暴発したことは、俺が知る限り……一回しかない」 「あるのかッ!」 シリックが焦ったように叫んでくる。 レイは持っていたクリスタル電池をポケットにしまい、 「二百年前、とある科学研究所が、クリスタル電池の原理を解明しようとして起こした事故だ。都市七個が消滅して、死者は十九万人。異常気象まで起こった。以来、クリスタル電池の原理を解明しようとする人間はいない」 「…………」 ごくりと喉を鳴らすシリック。言葉は出てこない。 肩越しにそれを見つめて、レイは言った。 「そんなに心配することはない。クリスタル電池は極めて安定している。叩こうが折ろうが砕こうが熱しようが冷やそうが、暴発することはない。多分」 「多分……って!」 「とりあえず、AATの危険性は理解できたか?」 振り返り、尋ねる。 「ああ……」 「分かりました」 恐怖を含んだ声音のシリックと、いつもと変わらない口調のクキィ。シリックは感覚としてAATの危険性を理解したはずだ。クキィも理解してくれただろう。 数秒の沈黙。砂色の前髪が風に揺れる。 レイは目を細めて、地平線を見つめた。明るい茶色と青の境界。この先に目的の遺跡があるが、ここからその姿を捉えることはできない。 「遺跡そのものの危険性については、遺跡に着いてから教える」 ミストは壁にかけられたカレンダーを見やった。 「あと一週間……」 ひっそりと呟く。が、唇を曖昧に動かすだけで、声は出さない。 「もしかして、忘れてるのかしら?」 縁のない丸眼鏡を動かし、ミストは続ける。 ありえない、と言い切れないところが怖い。 |
12/10/21 |