Index Top 第1章 砂色の十字剣士

第8節 この星の歴史


 砂漠と言うものは、大雑把に三種類に分けられる。
 砂丘が幾重にも連なる砂砂漠、岩が立ち並ぶ岩砂漠、その中間に属する荒野。レイの運転するジープは三番目の荒野を進んでいた。白っぽい砂の地面には大小の石が転がり、視界のあちこちに風化した茶色い岩が見える。
 車の速度は時速六十キロ。車の構造上、時速三百キロまで出せるが、そこまで速く走らせることはない。悪路では、揺れがひどくなるのだ。
「AATとは――」
 肩越しにシリックとクキィを見やり、レイは口を開く。
「何だ、いきなり」
 銃弾をマガジンに込めながら、シリックが言い返してきた。傍らには、二十発入りの空のマガジン五つと、色違いの銃弾箱三つが転がっている。銃弾を選んでいるらしい。
「AATとはどういうものか。仮にも、AATハンターを名乗るなら、AATがどういうものか、知ってなきゃならない」
「AATは、アーティファクト・オブ・エンシェント・テクノロジーですよね。人間がこの星にたどり着いた当時の科学技術を使って作られた、道具や武器類」
 クキィが答えてくるが、レイは否定した。
「それは、表面的な意味でしかない。AATが具体的にどういったもので、どういった経緯で作られたものか、古代遺跡に挑むからには知っておかなければならない」
「何か、難しそうな話だな……」
 作業の手を休め、シリックが呻いてくる。面倒な話であると、本能的に悟ったらしい。その声には、嫌そうな感情がこもっていた。
「難しくても覚えろ。これはAATハンターとしての常識だ」
 告げてから、話を始める。
「まずこの星の歴史だ。人類がこの星にたどり着いたのは、約千四百年前。それ以前、人間は『地球』と言う星に住んでいた。だが、なぜ故郷である星を離れて、この星に来なければならなかったのか?」
「何だか、歴史の授業みたいですね」
 楽しそうに呟くクキィと、荒野の地平線を眺めるシリック。これは、半ば歴史の授業である。勉強嫌いのシリックには、辛いだろう。
「人口の爆発、環境の荒廃、世界規模の戦争。この三つが有力な説だが、何があったのか知る者はいない。理由はどうあれ、人間は地球を離れ、偶然か必然かこの星に漂着した。その時、この星には砂漠しかなかった。だが、人間はこの星に『アナスタシア』という名前をつけた。これは、理想郷を示す単語らしい。このことから、当時の人間がいかに追い詰められていたかが分かる」
 言いながら、レイは砂と岩しかない荒野を見渡した。砂漠しかなかったこの星を、理想郷と呼ぶには無理がありすぎる。人間には、後がなかったのだろう。
「それから、どうしたんですか?」
 好奇心満々の口調で、クキィが訊いてきた。この星の歴史について聞くのは、これが初めてらしい。シリックは目を閉じて、聞こえないふりをしている。
「人間たちは、持っていた科学技術を総動員してこの星の地球化――テラフォーミングを進めた。その努力は功を奏し、約百年をかけてこの星は、水と緑に満ち溢れた文字通りの『アナスタシア』に変わった……」
 と言ったところで口を止める。
 レイは砂色の眉を寄せた。バックミラーを見やると、クキィも自分と似たような様子で茶色い眉を寄せている。やはり、疑問に思ったのだろう。
「でも、何で?」
「……それは今でも謎だ」
 レイは告げた。言わずとも分かるだろうが。
「自らの手で理想郷に変えた星で、人間は大戦争を起こした――。歴史には、滅亡の五十年と記されている。その結末が、この砂漠だ。それは知っているだろ?」
「はい。本に載ってました」
 頷くクキィ。この頃から後のことは歴史書に書いてある。
 雲ひとつない空を見上げて、レイは続けた。
「その戦争は、明らかに異常なものだ。まるで……世界を滅ぼすことを目的にしたかのような戦争だった。戦争の原因もいまだに分かっていない。単純な理由でないことは確かだな。異星人の襲撃を受けたっていう、飛躍した説もあるくらいだ。それも、まんざら外れていないかもしれない……と」
 独り言に走っていたことに気づき、吐息する。
 しかし、クキィは楽しそうに聞いていた。
「AATは、その戦争中に作られた。聞いてるか、シリック?」
「あー……」
 シリックは生返事をする。いちいち訊くまでもないことだ。シリックは自分の話を聞いていない。最初から分かっていたことであるが。
 この先は聞いてもらわなければならない。
「ここからが本題だ」
 レイは語気を強めた。

Back Top Next

12/10/14