Index Top 第1章 砂色の十字剣士

第1節 ハンター


 惑星アナスタシア。
 海は地表の三割しかない。地表の約七割が陸地である。陸地の九十六パーセントは荒涼とした砂漠で、おせじにも人間が住むのに適しているとはいえない。だが、人間はそこに住むしかなかった。住むしかなかったからこそ、死に物狂いで環境の改善に努めた。そのおかげで、ある程度は人間の住める環境が調えられ、文明も発達していった。しかし、人間が住める土地はごく僅かで、陸地の大半が砂漠であることに変わりはない。

 街の規模は、井戸の規模によって決まる。
 アナスタシアの表面は砂に覆われているが、地下深くには何百本もの豊富な水脈が走っているのだ。人々は井戸を掘り、水をくみ上げ、そこから街が生まれる。
 そうして生まれた街のひとつ、トレント。
 街の中心に井戸があり、そこから広がるように石造りの建物が建てられていた。人口は約一万人。大きさは平均的と言える。街の外側は直に砂漠になっていて、農耕地帯はない。食料の類は、別の街から輸送されてくる。おおむね平和な街だった。
 街の中央通り。車が数台並べられるほどの広い道で、その両側には様々な店や露店が並んでいる。そこにいる人も様々だ。買い物をする人、数人で雑談をしている人、何かを探すように辺りを見回す人――などなど。日の光は強く、服の露出は少ない。
 そこを、周りから浮いた格好の少年が歩いていた。
「まずは、仲間を探さないとな」
 少年――シリックは、拳を握り締め呟く。
 年は十五。有体に言って背は低い。短い黒髪に黒い瞳、幼さの残る顔立ち。頭に赤いバンダナを巻き、赤いコートを着て、灰色のズボンを穿いていた。左手に旅行用のカバンを持っている。それだけではない。右肩には大型のライフルを担いでいた。浮いて見えるのは、そのせいである。
「シリック、そんなに急がないでよ」
 後ろから、のんびりとした声が聞こえてきた。
「姉ちゃん、遅い!」
 シリックは足を止めて、振り返る。
 立ち止まったシリックに追いつくように、姉のクキィが早足に歩いてきた。
 年は十七。姉弟とはいえ似ていない。弟とは対照的に身長は百七十センチを超える。背中まで伸びた茶色の髪と、端正な顔立ち。一目で分かる美少女だが、おっとりした茶色の瞳がそれを隠している。簡素な草色の服と白いズボンという格好で、その上に白いマントを羽織っている。右手に、四角いカバンを持っていた。
「あなたが速いのよ。わたしたちは誰かを追いかけてるわけじゃないから」
「そうだけど……」
 姉の意見に、シリックは頭をかき。
 何かを振り払うように、腕を振った。
「オレたちには目的がある。何年かかるか何十年かかるか分からないけど、やるって決めたんだ。そのためには、こんな所でもたついてるわけにはいかない!」
「だからって、いきなりA級遺跡に挑まなくてもいいと思うけど」
「……B級やC級でちまちまやってる暇はないだろ」
 言い合いながら、シリックはクキィと一緒に歩き出す。シリックの話し声は大きかったが、周りを歩いていた人間は、何をするでもなく通り過ぎていった。時々、一瞥を向けてくる人がいるだけである。
「オレのこの銃と姉ちゃんの剣があれば、大抵の奴は倒せる。だけど、オレたちは実践経験がない。だから、実践経験のある仲間を探すんだ。オレたちの武器を見れば、一発で仲間になってくれるって」
 自信たっぷりにシリックは言った。
「でも、仲間になってくれる人、見つかるかしら?」
 頬に手を当てて、クキィが呟く。仲間を探すと言うのはたやすいが、見つけるのは難しい。自分たちのような仕事をしている人間は、少ないのだ。
「見つかるって」
 シリックは立ち止まり、近くの酒場を指差す。
「ハンターってのは酒場で仲間を探すもんだ、って親父が言ってただろ!」
「それって……『ハンターってのは、昔は酒場で仲間を探したもんだ』じゃない?」
 クキィがやんわりと訂正してきた。
 酒場を指していた腕が下りる。意気がくじけそうになるのを、ぎりぎりの所で踏みとどまり、シリックは踏み出した。酒場の扉を開ける。
 それなりに広い店内。外の明るさがない分、暗く見える。四人かけの四角いテーブルが六つ置かれていて、十数人の客が雑談しながら酒を飲んでいる。左奥にはカウンターがあり、その奥で店の主人が黙ってグラスを磨いている。その後ろには酒瓶とグラスの並んだ棚が置いてあった。どこにでもある酒場だろう。
 中へ足を進めると――
「何だ? ここは子供の来る所じゃねえぞ」
 ろれつの回っていない声とともに、ひげ面の男が絡んでくる。入り口に一番近いテーブルの椅子に座っていた。手には酒瓶を持っている。顔は赤く、息も酒臭い。
「オレは子供じゃない! もう十五だ。それに、こいつが見えないのか!」
 シリックは男を睨み返し、担いでいる銃を親指で示すが、
「十五ぉ? 十五なんて立派なガキじゃねえか。その銃もオモチャだろ」
「こいつは紛れもない本物だ! 弾も入ってる――! それよりも、お前みたいな酔払いに、ガキとか言われる筋合いはない!」
「何騒いでるの? シリック」
 遅れて入ってきたクキィの言葉に、シリックは我に返る。酔払いに構っている暇はない。男から目を離し、店内に向き直った。騒いだせいだろう。大半の客は、自分たちに目を向けている。
 その全員に聞こえるほどの声で、シリックは尋ねた。
「オレはハンターだ。今、仲間を探してる! ここにいる奴で一番強いのは誰だ!」

Back Top Next

12/8/26