Index Top 第6章 鋼の書

第5節 怪物たちの咆哮


 振り下ろした大剣が、地面をえぐり飛ばす。
 エイゲアは紙一重で、斬撃を躱していた。斬撃とともに放たれた神気の衝撃波を、翼で受け止める。純白の爆発が起こり、土煙が舞い上がった。
 翼を広げて、エイゲアが飛び上がる。漆黒の両腕を突き出した。
 その掌から、赤い稲妻が放たれる。威力は超一流の魔道士が放つものの、何十倍にもなるだろう。人間程度の力では、絶対に防げない。
 それを、ディアデムは右腕の一振りで吹き散らした。
 細い稲妻が雨のように周囲に降り注ぎ、地面を焼き焦がす。
「こざかしい!」
 ディアデムは吼えた。
 大剣を振り上げ、エイゲアへと斬りかかる。
 度重なる攻防のせいで、一帯は焦土と化していた。砕かれえぐられ焼かれた地面を、描き換えるように何度となく砕きえぐり焼き尽くす。
 ドゥン!
 轟音を立てて、エイゲアが地面に叩きつけられた。
「死ね!」
 ディアデムは真上から、大剣を突き出した。
 しかし、エイゲアは右手で刃を掴む。切先が胸を刺しているが、気にしていない。掴んだディアデムごと大剣を横へと放り投げた。
 ディアデムは空中で一回転し、着地する。衝撃に、土埃が舞い上がった。
 そこへ、エイゲアが接近する。前腕から生えた剣が、ディアデムの首を狙い――
 大剣に受け止められた。
 しかし、それは囮だった。もう一方の腕から生えた剣が、ディアデムの右腕を肩口から斬り落とす。丸太のような腕が、地面に落ちた。神気の輝きが消え、腕は乾いた土のように崩れていく。
「貴様!」
 憤怒の呻きを発し、ディアデムは再生させた右腕でエイゲアを突き飛ばした。漆黒の巨体が宙を舞い、転がっていく。が、翼を広げて停止し、飛び上がった。
 突き出した手から、極低温の冷気が放たれる。その温度は、絶対零度に迫るだろう。純白の奔流は、焦土を白一色に染め、氷の霧を生み出した。
 全てを凍てつかせる冷気を全身に浴びながら。
 ディアデムは跳んだ。大剣を振り上げ、エイゲアめがけて袈裟懸けに振り下ろす。
 が、刃は空を斬った。
 エイゲアは空中で後退して、数百本の漆黒の矢を放つ。
 黒い連撃が、ディアデムごと周囲を吹き飛ばした。凍った大地が砕け、氷片と土砂が飛び散る。人間ならば、どんな防御を以てしても防げない。
 だが、ディアデムは大剣を杖にして何事もなく起き上がった。
「たかがディーヴァごときに、なぜこれほど手間取る!」
 苛立ちの声を発する。封印が解かれて間もないとはいえ、ディーヴァ程度の相手に苦戦するはずがない。現に、相手の攻撃は全く効いていない。
 そこで――。
「………?」
 ディアデムは自分の左手を見つめた。左手に持った、長大な剣を。
「我は……なぜこんなものを持っている? これか。これが、我を戒めているのか。なぜ気づかなかった? まあ、いい。我は我自身を最大の武器とする。惰弱な武器など――」
 言って、大剣を放り投げる。
「不要!」
 ディアデムは左手を大剣に叩きつけた。耳障りな音を響かせ、大剣がへし折れる。銀色の破片が散らばった。真っ二つになった大剣が落ちる。
 破片を踏みつけ、ディアデムは地面を蹴った。
 エイゲアが両腕を振るう。放たれた、数百本の魔力刃を――
「失せろ!」
 ディアデムは、気合の一閃で消し去った。
 エイゲアとの間合いが消える。その時には、左手が閃いていた。刃物のような爪が、防御しようとした左腕を斬り裂いた。
 間髪容れず繰り出された右腕が、エイゲアの胸をえぐる。
 そこから覗く、白い剣。
「―――!」
 ディアデムはそれを見て、飛び退いた。
 エイゲアの傷が再生する。左腕が生え、胸の傷も消えた。白い剣も見えなくなる。
「ククク……そういうことか」
 敵の姿を見ながら、ディアデムは笑った。心底面白いといった笑み。凶悪という言葉を絵に描いたような笑みである。
「どうりで、ディーヴァごときがここまで我に食い下がれるはずだ。まさか、こんな所で見つかるとはな。クククク……ハハハハハハ!」
 ディアデムは両腕を広げた。
「その剣は、我が命。返してもらおう!」


 轟音と地面の揺れに、メモリアは足を止めた。
 シギとエイゲアが戦っているのだろう。
 だが、そちらに気を取られている場合ではない。
 メモリアは草地に目を向けた。
「早く、呪符を見つけないと」
 この草地のどこかに、結界を作る呪符が置いてある。
 自分はそれを壊すために飛び出した。呪符を壊さないと、ハドロを倒すことができない。アルテルフの怪我を治すこともできない。暴走したシギを止めることもできない。
 それ以前に、早くしないと一矢の命が危ない。
「だけど……」
 メモリアは草地を見やった。
 明かりは、南の空に浮かぶ半月だけ。呪符は手の平ほどの大きさしかない。何枚置いてあるかも分からない。見つけるのは、難しい。
 しかし、見つけなければならない。
「でも、どうやって見つければ?」
 目を閉じて考え。
 メモリアは閃いた。
 見えない呪符を探すように、辺りに目を向ける。何らかの力が込められたものなら、自分の透視能力で見つけることができる。たとえ、光のない暗闇の中でも。
 だが、何も見えない。
「あ。そうか……」
 気づいて、メモリアは嘆息した。
 この結界が封じるのは、魔法や気術だけではない。特異能力まで封じられてしまう。アルテルフが言っていた。結界内では、自分は何もできない。
「あ」
 再び閃いて、メモリアは走り出した。
 一分ほど走っただろうか。
 廃城から三百メートルほど離れた所で足を止める。そこで、振り返ると。
 見えた。
 想像を絶する力を放つ、エイゲア。それをも上回る力を持つシギ――ディアデム。ふたつの力が、まばゆい光のように輝いている。
「うーん」
 だが、その力にかき消されて、呪符の力は見えない。
「そうだ!」
 三度閃き、メモリアは廃城の方へと走っていった。
 走り始めて、約五秒後――
 エイゲアとシギの力が、唐突に見えなくなる。ここが、結界の境界。
 目を凝らすように目蓋を下ろして、メモリアは左右を見やった。この境界面に沿って走っていけば、呪符を見つけられるはずだ。

Back Top Next

12/7/8