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第7節 不確定要素


「鋼の書は、書き込む文章の重複を認めないのよ。今、書き込む文章を考えたら、本番で書いた文章に取り消し線が引かれるわ」
 それは文章の練習ができないということだ。ここで会話して、鋼の書に文章が書き込まれれば、その文章は原稿用紙に書き込めなくなる。ここで作った文章を、一部を変更して書き込んでも、大筋が変わらなければ取り消し線が引かれるだろう。
「つまり、ぶっつけ本番ということか」
 原稿用紙を一矢は呻いた。ハドロとの戦いでは、その場で起こったことに対して、即興で文章を組み上げなければならない。しかも、使えるのは二枚だけ。使い所を見極めなければならない。
 ハドロとの戦いは、おおむね見当がついた。
「なあ、シギ」
 一矢は原稿用紙を二枚、マントに収めた。残りの一枚をシギに向けて、荷台の中央に置いてある大剣を目で示す。長大すぎて到底使い物にならない大剣。
「あんたは、どうやってエイゲアを倒す気なんだ?」
 シギはこの大剣を使って、エイゲアを倒すと言っていた。しかし、この大剣を使っても、シギの力ではエイゲアには勝てないだろう。むしろ、この大剣を使えば、シギは不利になる。重すぎて身動きが取れない。
 だが。
「俺の素性を考えてみろ」
 シギは自分を指差した。
「俺は最初どこにいた? 北のララヌ氷洞で鎖でがんじがらめにされてたんだ。その鎖には気術でも魔法でもない力が込められていた。鎖を破壊するのにかかった時間は、十日。俺に施されていた封印の強度は分かるだろ?」
「ああ……」
 原稿用紙をマントに収め、一矢は頷く。
 次いで、シギは自分の胸元にある錠前を持ち上げた。いつも身につけている錠前の首飾り。寝る時も外さない。以前尋ねた時は、自分自身を戒める証と言っていたが……
「これは、俺に施された最後の封印だ――」
 シギは不敵に笑う。
「クオーツ研究所の連中の話じゃ、この錠前に込められた力は、俺を封じていた鎖の力よりも数段強いそうだ。この錠前も頑丈で、どんなことをしても傷をつけられない」
 その言葉を聞いて、一矢はようやくシギの考えを理解した。どうして、使えそうもない大剣をわざわざ持ってきたのかも。
「俺はこの十年間、一度もこの錠前を外したことがない。錠前を外したら何が起こるか、俺にも分からない……!」
 言って、シギは錠前から手を放す。錠前が胸元に落ちた。シギの本来の力を封じている錠前。外せば、何が起こるか分からない。
 錠前の封印がなされていても、シギは桁違いに強いのだ。その封印が解かれた時の強さは、どれほどのものになるだろうか。
「これは推測なんだが、俺は旧世界に存在した魔獣か何かなんだろ。記憶がないから詳しくは分からないが、何かがあって俺はあの洞窟に封印された。封印の強さから考えても、封印を解かれた俺の強さは、あのディーヴァを超える……」
 抑えた声音で続ける。
 誰も何も言わない。しかし、全員がシギの話を聞いていた。
「ハドロの所に着いて、あのディーヴァが現れたら、俺はこの錠前を外す――。あとは、お前に任せた」
「分かった」
 一矢は頷く。シギに施された封印が解かれたらどうなるか、誰も分からない。だから、干渉の余地があるのだ。鋼の書のページである原稿用紙を使い、シギを最強の魔獣へと変化させる。地下倉庫から持ち出した長大な剣を使いこなし、エイゲアをも上回る力を持つ最強の魔獣へと。
「って、待て――」
 一矢は制止するように手を上げた。
「それって、暴走の危険性ないか!」
 慌てて言う。封印された魔獣というのは、凶暴なものと相場が決まっているのだ。封印されていたということは、つまるところ倒せなかったということである。封印を解けば、暴走する可能性が高い。
「それは――」
 そう言ったのは、シギではなくテイルだった。
「あなたの文章力次第よ。シギが暴走しないように、原稿用紙に書き込めば、シギは理性を保ったまま戦えるわ。手を抜けば、何が起こるか保障はないけどね」
「ああ」
 一矢は神妙な声音で答える。物語は最終局面へと向かっていた。切り札である原稿用紙は三枚。それには渾身の力を込めて文章を書かなければならない。地下倉庫の時のような失敗は許されない。

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12/6/3