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第3節 原稿用紙の使い方


 アルテルフの報告によって、街は騒然となった。
 圧倒的な力を持ったディーヴァが、アルテルフの家を吹き飛ばしたのである。一度は撃退したが、また現れるかもしれない。だが、どこに現れるか分からない。現れれば、百単位の死傷者がでるかもしれないのだ。
 その情報は他の街へも送られている。だが、どこの街の警備兵でもエイゲアは倒せないだろう。軍隊はそう簡単には動けない。つまり――
「奴が本格的な暴走を始める前に、俺たちで止めるしかない」
 中央科学研究所。その地下倉庫へ続く階段を下りながら、シギは言った。
 それは確かなのだが、その決意には欠点がある。
「しかし、ハドロの居場所が分からない」
 アルテルフが呟いた。新しい武器を手にして、ハドロとエイゲアに挑もうとしても、肝心の居場所が分からなければ、攻め込むこともできない。
「それについては、僕に考えがある」
 一矢はマントから原稿用紙を一枚取り出した。
 階段が終わる。
「それで、ハドロ所長の居場所を書くの?」
 暗い廊下を歩きながら、メモリアが訊いてきた。セイクの死の衝撃は残っているが、ある程度は立ち直っている。いつまでも、くよくよはしていられない。
「違う――」
 と言ったところで、廊下の奥にたどり着く。
 一矢は原稿用紙をマントにしまった。廊下の右側には、『武具類』と書かれた札の貼られた部屋がある。その部屋の扉には、『持ち出し厳禁』と書かれた札も貼ってあった。
 アルテルフがポケットから鍵束を取り出した。
「ここには、研究用に集められた武器や防具が収められている。普通の研究員がここの武具類を持ち出すには、市の警備課に書類を提出なければならないけど――。僕は自分の権限で持ち出せる」
「何でですか?」
「この街の公的機関には多大な貸しがあるからね。ふふ」
 怪しく微笑みながら、アルテルフが言った。何か、過去にあったのだろう。気になるが、怖いので訊かないことにしておく。
「ここにある装備は、研究用に集められたものだ。過度の期待はしないでほしい」
 言ってから、アルテルフは鍵を開けた。
「ライト・シフト」
 メモリアの魔法によって、部屋の中が白く照らされた。
 狭くはないが、広いとも言えない部屋。左右の壁は、棚で敷き詰められている。奥には、鎧や槍の類が並んでいた。長い間、開けていなかったのだろう。部屋に置いてあるものにはうっすらと埃が積もっている。
「帳簿によると、魔法武器が十七個、気術武器が二六個。その内、短剣を含めた剣が二十二。槍が九本。防具類は手前の棚に置いてあるよ」
 アルテルフの話を聞きながら、シギは武器の置いてある棚に向かっていった。棚に置いてある剣を手に取ると、鞘から抜いて刃を見つめる。が、不合格と判断したらしい。剣を鞘に収めて床に落とし、新しい剣を手に取った。
「僕たちは、どうする?」
 一矢はメモリアとアルテルフに声をかける。
「あの怪物は、シギ君に任せるとして」
 武器を選んでいるシギを見やってから、アルテルフは自分たちに目を戻した。
「僕たちは、ハドロから鋼の書を奪い返さなきゃならない。彼は呪符を媒介にした魔法を使うが、優れた戦士でもある。一筋縄ではいかない。けど――」
 と、懐からリボルバーを取り出す。魔法で具現化した弾丸を撃ち出す拳銃。人一人を殺傷するには、十二分な威力を持つだろう。
「僕たちは、彼を倒さなければならない」
「三対一で、数的には有利だけど」
「わたしたちで、ハドロ所長を倒せるかな……」
 不安げに、メモリアが呟く。ハドロと戦うといっても、敵はハドロだけではないのだ。エイゲアがいつ援護射撃を撃ってくるかは分からない。その一撃を食らえば、跡形もないだろう。
「だから、あの原稿用紙があるんでしょ!」
 全身で怒りを表しながら、テイルはぐっと拳を握る。
「原稿用紙は、残り四枚! それを駆使して、あの陰険野郎をぶっ倒すのよ! 鋼の書さえ取り戻せば、こっちのものなんだから!」
「三枚だ」
 一矢は言った。懐から原稿用紙を一枚取り出して、
「ハドロの居場所を突き止めるために、一枚使う。残りは三枚だ」
「さっきも言ってたけど、どうやってハドロ所長のいる場所を調べるの? その原稿用紙にハドロ所長のいる場所を書くの?」
 メモリアが訊いてくる。
 一矢は原稿用紙を示して、
「さっきの戦いで、この原稿用紙を使ったんだ。そしたら、書き終わった原稿用紙が僕の手から放れて、勢いよく飛んでいった――」
 メモリアが反射の力を使った時を思い出す。文章の書き込まれた原稿用紙は、一矢の手を離れ、まっすぐ前へと飛んでいった。その先には、ハドロがいる。ハドロは鋼の書を持っていたのだろう。
「この原稿用紙は、役目を果たすと、鋼の書の元に戻っていく。この原稿用紙に文章を書けば、鋼の書を持っているハドロの元へ戻っていく。それを追えばいい!」
 確証はないが、一矢は断言した。これが事実だろうと事実でなかろうと、関係ない。原稿用紙に書き込んで事実にする。
「考えたわね」
「敵の居場所を突き止めるのに、原稿用紙一枚……。背に腹は代えられないか」
 アルテルフが呻いた。
「でも、原稿用紙三枚で、ハドロ所長から鋼の書を取り返せる?」
「駄目だな」
 呟いたのは、シギである。
 見やると、部屋にある武器全部を調べ尽くしたらしい。足元には剣やら槍やらが散らばっている。しかし、シギの目に適ったものはなかったようだ。
「ここにある武器じゃ、気休めにしかならない。せめてオリハルコンかアダマンタイト製の武器くらいないと、あのディーヴァと戦えない――」
 苦渋の表情で、首を左右に振ってから。
 動きを止める。
 何かに気づいたらしい。一転して、真剣な面持ちで言ってきた。
「おい、イッシ――。例の原稿用紙、俺に一枚使わせてくれないか? あのバケモノディーヴァを倒す方法が見つかった」

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12/5/6