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第2節 一枚目の消費


「―――!」
 周囲から音が消えた。青い輝きが、エイゲアを呑み込む。
 セイクが何をしようとしていたのか、一矢はようやく悟った。自爆。
 神気の輝きは巨大な柱となり、天を衝く。周囲の砂や土片が、螺旋を描くように天高く舞い上げられた。大地が鳴動している。全生命力を神気に変換し、それを暴走、爆発させたのだろう。その破壊力は想像に難くない。
 やがて光が消え……
 しかし、エイゲアは生きていた。
 セイクを貫いていた右腕と、上半身の右半分を失って。
 ハドロは咄嗟にエイゲアから離れたおかげで、無傷である。
 次は、どちらが早いか――
「炎剣――」
 シギが技を出すよりも早く、エイゲアが小規模な衝撃波を放っている。
 しかし、一矢もマントのポケットから、原稿用紙を一枚抜き取っていた。
《メモリアが表情を厳しくして、シギの前に飛び出す。シギがそれを止める間もなく、両手を突き出した。押し寄せる衝撃波に向けて。
「反射!」
 黒い衝撃波が、メモリアの手に弾き返される。クオーツ研究所で改造されて使えるようになった特異能力のひとつ、反射。それを使ったのだ。
 跳ね返された衝撃波が、エイゲアとハドロに襲いかかる。
 しかし、メモリアも無事ではすまなかった。
 反射した反動で、後ろへと弾き飛ばされる。それでもこれは、幸いと言えるだろう。メモリアは呆然と立っていたアルテルフにぶつかって、倒れた》
 書き込まれた原稿用紙が、突風に吹かれたように一矢の手から放れ、どこかへ飛んでいく。原稿用紙は一秒も経たずに見えなくなった。
 だが、今は原稿用紙を追っている時ではない。一矢はハドロたちのいた場所に目を向ける。ハドロとエイゲアの姿はない。
「やったか……?」
「逃げられた」
 炎の剣を消し、シギはハドロのいた場所を見つめる。そこには、地面を蹴ったような引っかき傷が残っていた。エイゲアがハドロを連れて逃げたのだろう。
「何にしろ、助かったね」
 倒れたメモリアを起こしながら、アルテルフが言った。
「セイクさん……」
 エイゲアが立っていた場所を見ながら、メモリアは涙をこぼす。目の前で、人が自殺まがいに死ぬのを見たのだ。メモリアにとってはそれは大きすぎる衝撃だろう。
「セイク君が来なければ、僕たちはあの怪物に殺されていただろう。彼は命を賭して、僕たちを助けてくれたんだ。彼に感謝しなければならないね」
 言いながら、アルテルフがメモリアの頭に手を置く。メモリアは何も言わない。アルテルフにしがみつき、肩を震わせていた。そっとしておいた方がいいだろう。
 一矢はシギの元へ歩いていく。
「イッシ――」
 気づいたシギが声をかけてきた。一度、心配そうにメモリアを見やってから、訊いてくる。その声は冷静で、動揺は感じられない。
「お前らは、大丈夫か?」
 一矢は苦い笑みを浮かべ、答えた。
「ああ。何とか……」
「あたしは、大丈夫よ」
 マントの襟元から抜け出し、テイルが気丈に言う。が、その声には少なからぬ動揺が含まれていた。一矢もテイルも、シギほど丈夫な精神を持っていない。
 シギは地面の爪痕を示し、
「今回はセイクの犠牲で助かったが、俺たちには後がない」
「原稿用紙も、一枚使っちゃったしね」
 テイルが付け足す。それを示すように、一矢は四枚の原稿用紙を取り出した。
「メモリアがあの衝撃波を跳ね返すのに、使った。残りは四枚だ……」
 見せられた四枚の原稿用紙を見つめ、シギは眉間に指を当てる。今は何とか危機を乗り越えたが、次の襲撃を乗り切れる保障はどこにもない。
 シギははっとしたように口を開いた。
「ハドロの奴、次も俺を狙ってくるか――!」
 自分の手を見つめ、呻いた。
「あのディーヴァが俺より強いことは分かったはずだ。だったら、二度も俺を襲う必要なんかない。あいつは、次に何をする――!」
「………」
 一矢は声を出さずに唸る。
 相変わらず物語の行方は分からない。

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12/4/29