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第8節 全てを懸けて |
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視界が一転し、大剣の上に転移された。 空刹が切り込み、口寄せの術で慎一を結奈の近くに移動させる。荒っぽいが、確実に間合いを詰める方法だった。狐神の身体だからこそ可能な方法である。 左手に鏡を持ち、刀の柄頭を口を咥え、矢のように進む。距離五十メートル弱。 「少し足りないかな?」 槍を構える結奈。 その側頭に、銃弾がめり込んだ。傷を付けることは出来なかったものの、頭が跳ねて槍の穂先が逸れる。放たれた光が慎一の左上方を貫いていた。 結奈の視線が泳ぐ。攻撃対象を慎一にするか、宗次郎にするか。 「結奈ァ!」 慎一の叫びに、結奈の視線が自分に向く。 突き出される槍。閃く光。両手で構えた鏡が、正面から光を受け止めた。腕にかかる重い反動に、鏡が弾き飛ばされる。跳ね返された光は結奈を直撃した。 封術の放った攻撃を自分で受け、仰け反るように吹っ飛ぶ。 間合いは十メートル。射程内。 「上手くいってくれよ」 慎一は剣から飛び降り、両手を伸ばした。向かい合わせた両手の人差し指と親指を四角形の砲口とし、両腕を砲身とする。許容量限界の剣気を発射する天壊砲の構え。 地面に足がついた瞬間に、咥えていた刀を両腕の間へと吐き出し―― 撃つ! 砲撃に乗せて発射された刀。衝撃砲ではなく実弾砲撃。鈍色の刃は、極限まで絞られた剣気の奔流に乗り、音速の数倍まで加速される。 「!」 避ける余裕はない。刀は結奈の胸に突き刺さった。ドレスに硝子が割れるような亀裂が走る。それも刹那の出来事。封術・法衣の防御が砕けた。 割れたドレスは白と黒の破片と散る。それらは空中で集まり、白い破片はイベリスに、黒い破片はカルミアに変化した。半分壊れた妖精人形。 最後に、胸板に風穴を開けて倒れる結奈。 「切り札その四!」 右手に刻んでおいた口寄せ印から、エリクシールを口寄せする。栓を口で抜き取り、中身の液体を結奈へと叩き付けた。蘇生の秘薬に、瀕死の身体が脈打つ。 だが、生身の人間がこの状態から再生させることは出来ない。 慎一は吼えた。 「動け、飛影!」 呼び声に答え、傷口から黒い影が吹き出す。 結奈が言ってた飛影という名前。影獣の名前と見当を付けたが、正解だった。影獣が失われた部分を埋めて、仮の体組織を作り上げる。エリクシルと影獣の治癒能力があれば、命は助かるだろう。 慎一は結奈を抱えて、地面に落下した。何度か転がってから瓦礫にぶつかり止まる。自分の痛みは置いておいて、結奈の状態を確認する。弱々しいものの息はしているようだった。助かったようである。 「あとは……。来い、マガツカミ」 手元に飛んできた刀を掴み止め、慎一は振り返った。 「結奈くんを助けて、封術も止める。お見事です」 視線の先には空刹。カルミアとイベリスを左手で抱え、右手に大剣を持っていた。全身傷だらけであるが、思いの外元気そうである。 「さておき、暴れすぎですね。箱庭の異界が壊れました。ほどなく現実世界に戻ります。壊れたものの上にいると、戻った時に貫かれますので気をつけて下さい」 「決着を付けよう……諸悪の根源」 慎一は歩き出した。距離は二十五メートル。 空刹は二人の妖精人形を瓦礫の上に置き、大剣を構え跳び上がった。雪の散る空を飛び、右方向に着地する。分身ではない。同位分身は非常に消費術力の大きな術。今の状態では使えない。 「いいでしょう。来なさい、慎一くん」 「これが最後の手札だ」 慎一は狐耳の先を弾いた。四重限界式の発動。痛みは感じない。削り取られる残力に視界が霞む。持続は数秒だろう。だが、十分だった。一撃を叩き込むには。 右足を引き、左足を突き出す。右手を引き絞り、左手を突き出した。大袈裟とも言える構え。全身から漏れる剣気に、銀髪と尻尾が踊っている。 「突き、ですか……」 空刹が感心したように目蓋を持ち上げ。 パッ―― 空気を叩いたような破裂音。その音は思いの外小さかった。 音速を超えた突進からの、無駄のない突き。真っ直ぐに伸ばされた右腕。小細工も仕掛けもない、ただ全身全霊を乗せた右手の刺突。銀色の髪の毛が大きく舞上がる。 しかし、切先は空を衝いていた。 「残念でした」 空刹の声。そして、伸ばされた左腕。握り締められた大剣は慎一の心臓を貫いていた。カウンターでの一撃。死にはしないものの、心臓への命断の式は致命打となる。 「僕の勝ちですね。諦めて下さい」 「諦めるわけないだろ……」 慎一の左腕に剣気が燃える。前腕の骨を杭として撃ち出す、獣術・骨杭。 空刹が左手に握った鏡を構える。四重限開式からの骨のパイルバンカーでも、恐らくは防ぐだろう。レプリカとはいえ、三種の神器は飾りではないのだ。 「消し飛べ――!」 骨の杭を、数十本の骨の針へと変化させ。 剣気を爆発させる。発射と言うよりも暴発。左腕を粉々に粉砕し、骨針の散弾が撃ち出される。数発は鏡に防がれたが、残りが空刹を飲み込む。 声は聞こえない。 気がつくと…… 慎一は地面に突っ伏していた。 意識は辛うじて残っている。身体は動かない。全身の組織に無数の損傷が入っているのだ。それでも寝ては居られない。歯を食いしばって残った右手を動かす。感覚のない腕に、入らない力を込め、上体を起こした。 「まだ、やるというのですか……。本当に死んでしまいますよ?」 霞んだ視界に映る、空刹を睨み付ける。こちらも生きているのが不思議な身体。なぜか元気そうな微笑みを見せていた。不死身なのかもしれない。空元気かもしれない。 慎一は地面に右手を突き、十秒近くかけて立ち上がった。 「まだ……だ。まだ戦……える!」 動くはずのない身体で、前へと進んでいく。足を踏み出すたびに、骨に軋むような感触が走った。既に限界を超えている。だが、止まらない。 「君の意思は十分理解しました。それでは折半と言うことで了解して下さい」 空刹の拳が顔面にめり込み。 慎一の意識は引き千切られていた。 |