Index Top 目が覚めたらキツネ

第7節 決行!


 半壊した建物を眺めながら、宗次郎は頭をかいた。
「まいったねぇ」
 鼓膜が破けるかと思うほどの爆音と衝撃風。周囲のガラスが砕け散り、街路樹も根こそぎ倒されていた。とっさに物陰に隠れたので助かったが、巻き込まれていたら生きていないだろう。大地震か台風の後のような光景に、背筋が凍る。
 音もなく降り積もる雪。
「がー。寒い」
 コート、手袋、マフラーを三重に着込み、カイロ代わりに熱の術を込めた術符を全身に張りまくっている。さながら南極調査隊のような格好であるが、寒さは上着を突き抜けて身体を冷やしていく。
「まったくあいつら、准教授を何だと思ってるんだ。先生だぞ、偉いんだぞ」
 空元気を出しながら、宗次郎はライフルを担ぎ直した。
 結奈に渡された対物狙撃銃。銃器類は何度か見たことはあるが、これほど大型の武器は初めてだった。射撃は競技用ライフルと同じだろう。反動が大きいだろうが、使いこなせないわけでもない。懐には予備のマガジン。
「おーい」
 聞き覚えのある声に、宗次郎は足を止めた。
 目の前に見慣れた女が着地する。
「ようやく見つけたぜ。おっさん」
「魔族の娘……左腕どうした?」
 名前はリリル――だったような気がする。露出の多い格好だが、寒さは気はにしていないようだった。淡褐色の肌の肉感的な身体。その左腕が根本からなくなっている。敵意は感じられない。
 リリルは疲れたように吐息した。
「おかしくなった結奈に吹っ飛ばされた」
 どうやら事態は妙な方向に進んでいるらしい。
「事態が飲み込めないんだが……」
「説明は抜きだ。アタシが説明するよりも見れば分かる。ライフルはあんたが持ってたからな。さくっと狙撃してくれ」
 返事も聞かずに宗次郎の腕を掴み、リリルは飛び上がった。
 足が地面から離れ、上昇する。唸りを上げる風。真下に見える風景が見る間に離れていった。文句を言おうと見上げるが、リリルは宗次郎を見ていない。
 仕方ないので進む先に視線を移し、冷や汗が出る。
「おいおい……」
 市の中心から直径三キロほどが丸ごと瓦礫になっていた。いくつか大きなビルが建っていたはずだが、残骸しか残っていない。さきほどの爆音はこれだったらしい。
 光が何度も瞬き、雷鳴のような音が響いている。
 左手を挙げて、遠眼鏡の術で中央を探った。
「これはエライことになっているな」
 白いドレスを纏った結奈が、白金色の槍を振り回している。槍が突き出されるたびに光が瞬き雷鳴が響いた。八百メートルほど離れたところから、慎一と空刹が攻撃を行っている。近づこうとしているが、近づく前に結奈の攻撃で後退させられている。
 誰もこちらには気づいていないようだった。
「それで、俺が狙撃で注意を引けってことか」
「そういうこと。頑張れ」
 リリルが魔力を放つと、近くに透明な足場が生まれる。
 宗次郎はそこに下ろされた。三メートル四方のガラスの板に見えるが、人一人支えるほどの強度はあるようである。滑るということもない。
「他人のためにタダ働きするなんて、お前らしくもないな」
 宗次郎はライフルの安全装置を外した。距離は九百メートル。狙撃としては遠すぎるが、何発か撃って当てるというのなら、ぎりぎりどうにかなるだろう。
 リリルがにっと口元に牙を見せた。
「アタシは根性あるヤツが好きだ。男でも女でもな」
 その言葉を聞きながら、宗次郎は伏せた。狙撃体勢を作りながら、一言。
「ツンデレ娘」
 ガシ、と背中を蹴られた。


 宗次郎が放ったライフル弾が、結奈の近くのコンクリート片を砕く。
 当りはしなかったものの、注意が逸れた。それが合図となる。
「行きます!」
 空刹は地面を蹴った。地面に足を触れさせず、空中を滑るように疾る。地面すれすれをスケートのように進む空歩と呼ばれる移動術。
 結奈の注意が自分に向く。あとは一瞬。
 法衣から伸びた百の刃が身体を串刺しにした。距離は四百メートル。
「あと四百メートル」
 分身による変わり身を用いて空刹は進む。串刺しにされる直前に、同位分身を使い本体を攻撃外へと弾き飛ばしたのだ。しかし、一秒程度の時間しか稼げない。
 光が瞬き。空刹は降り注ぐ光の中に消える。
 再び同位分身を利用して回避し、さらに突き進む。
「あと二百メートル」
 右手に持った大剣の腹に血で印を描き上げる。口寄せの印。
 空中に伸びる無数の刃。数はおよそ一千。回避できない規模での刃の雨を降らす。方法としては妥当だろう。一度に同位分身を作れるのが二体が限度。仮にもう一体作れても、これでは逃げられない。だが、距離としては十分である。
 空刹は大剣を投げつけた。飛雷の術による投擲。
「口寄せ・日暈慎一!」
 口寄せ発動と同時、刃の雨に呑まれる。

Back Top Next