Index Top 目が覚めたらキツネ

第6節 忘れていたこと


 慎一は口をつぐんだ。
 何でも食べられる。慎一は好き嫌いなく食べると解釈していた。そうではない。どんな物質でも食べられるという意味らしい。
「どういう原理なんだ?」
 箱を食べ終わり、カルミアは袋に手を伸ばした。十秒ほどで食べ終わると、紙のケースを掴む。これも十秒ほどで食べ切ってしまった。
 お腹を撫でながら、満足げに笑う。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「失礼」
 断ってから、慎一はカルミアを掴みあげた。
 食べたクッキーの重さを加えれば、二百グラム以上でなければおかしい。しかし、カルミアの重さはゼンマイも加えて、三十グラム程度。最初から増えていない。食べたものはどこに消えてるのだろうか? 異次元に消えたとでもいうのか? 分解解剖すれば調べられるだろうが、実行するわけにもいかない。
「よし。理解不能」
 詮索を諦める。
 慎一はカルミアを卓袱台に下ろし、
「これからカルミアはどうするんだ? 僕の所にいるのか?」
「はい」
 カルミアは頷いた。立ち上がって、胸に手を当てる。
「わたしは、わたしを動かしてくれた人の所にずっといます。身体は小さいですけど、魔術も使えますし、力持ちですから荷物持ちとかのお手伝いもできますよ」
「うーん。妖精を外に連れ出すわけにもいかないからなぁ」
 狐耳を撫でつつ、慎一は尻尾を動かした。
 人ならざる者が見えないように、妖精は一般人には見えない。だが、カルミアは人形なので見えてしまう。妖精を連れて往来を歩く勇気はない。
「うぅぅ」
 両手を胸の前で握り締め、泣きそうな顔で見つめてくる。
「家の手伝いはしてもらうよ」
「分かりました。頑張ります!」
 慎一の言葉に、カルミアは元気よく挙手をした。
 手を下ろし、おずおずと言ってくる。
「あの、シンイチさん?」
「尻尾か?」
 カルミアの視線は、何度も慎一の尻尾に注がれていた。本人は盗み見ているつもりだったのだろう。戦闘訓練を受けた退魔師相手に隠しきれるものでもない。
 慎一は横を向き、尻尾をカルミアに向けた。誘うように先端を動かしてみる。
「触るだけなら構わないぞ」
「ありがとうございます!」
 カルミアは満面の笑顔で尻尾に抱きついた。銀色の毛並みに頬摺りしながら、うっとりと頬を緩ませる。高級羽毛布団に埋もれているようなものだろう。
「シンイチさんの尻尾、気持ちいいです」
「狐耳と尻尾は狐族の証、手入れは欠かすな、って言われてるから。風呂入るたびに、髪と尻尾洗うのに二十分もかかるから大変だけど……ん?」
 慎一は玄関に顔を向けた。
 ドバン!
 派手な音とともにドアが開く。
「木野崎?」
 呟いた時には、結奈が宙に舞っていた。破鉄の術をかけた跳び蹴り。狙いは顔面。
 慎一は右腕を振り上げた。鉄硬の術をかけた前腕で、蹴りを防ぐ。骨が折れるかと思うほどの重さに、歯を食い縛った。術を使わなければ折れていただろう。
 腕を蹴り、空中で一回転して着地する結奈。腕組みをして唸った。
「あんたねぇ。何で勝手に動かしてるのよ」
 カルミアを見つめ、口の端を上げている。大声は上げていない。だが、怒っているのが一目で知れた。額に血管が浮かび、禍々しい殺気が身体を包み込んでいる。
 尻尾しがみついて怯えるカルミア。
「あー。うー」
 勝手に動かすなと言っていたような気もする。
 慎一は素直に謝った。
「ごめん」
 だが、それで怒りが収まるわけでもない。結奈は慎一に詰め寄り、胸倉を掴み上げた。瞳に怒りの炎を灯しながら、怒濤の涙を流す。物凄い形相。
「ごめんで済んだら、司法制度はいらないっての! 図書館入り浸って、資料調べまくって、十万単位でお金かけて、週末ごとに日本中駆け回って、講義さぼって五つも単位落として! あたしの一年半の苦労は何だったっていうのよ……」
 手を放し、その場に崩れた。外れた眼鏡が畳に転がる。
 慎一はカルミアと顔を見合わせた。
「なあ、この子一体何なんだ? 自分のこと覚えてないみたいだし、自分の身体よりも沢山食べるし、えらく高度な魔術が使われてるみたいだし」
「……江戸時代にヨーロッパから流れてきた魔術人形よ。妖精サイズに高度な魔術機構を組み込んだもので、当時としては奇跡的な完成度。現代でも十分通じるわ。動かした人間の知識を自分に写し取り、その人間を主人とする。そう作られてあるのよ」
 ぶつぶつと答えてから、畳に頭を押しつける。
「一度主人が確定したら、主人を殺して人形の機構を停止させるしか、リセットする方法はないのよ。可愛い妖精の相棒って夢だったのに……」
「本当にすまん」
 慎一は再び頭を下げた。
 結奈はむくりと顔を上げ、眼鏡を拾い上げる。表情からは失望も怒りも消えていた。畳を叩いて身体を起こし、立ち上がる。いつもの自信に満ちた態度で眼鏡をかけた。
「いいわ」
 いつもの如く立ち直るのは早い。
「妖精人形はこの子と対で、もうひとつあるらしいのよ。ソレ探すの手伝いなさい。あんたの力が必要になった時はあたしの方から呼ぶから、地の果てからでも駆けつけなさいよ。あんたに拒否権はないから」
 慎一は立ち上がり、結奈の前に移った。
「何?」
 答えずに、人差し指を上に向ける。
 指の先から五センチほどの白い針が飛び出した。白い磁器のような質感、セラミックにも見えるが、容易に骨だと想像出来る。錬身の術。草眞の十八番。
 骨の針を引っ込め、慎一は告げた。
「手伝いはするけど、僕は便利屋じゃない」
 結奈は不敵に微笑む。
「じゃあ、そういうことで」
 すたすたと玄関に移動し、ドアを開けて出て行った。足音か遠ざかり、聞こえなくなる。後悔は敗者の寝言と断言するだけあり、頭の切り替えが早い。
 慎一は尻尾に捕まっているカルミアに目をやった。尻尾を上下に動かす。
「そろそろ離れてくれない?」
「嫌です」
 カルミアは不満そうに声を上げた。

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